UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その8「シスコンの兄」
入れ替わりに兄が入ってきた。
「ちょっと、いいか?」
いつものわたしに甘甘な雰囲気ではなかった。
少し緊張した空気が流れた。
「父さんと母さんにはまだ言ってないんだが…」
兄は自分のスマートフォンを差し出して見せた。
「これは、お前か?」
スマートフォンには兄が撮った写真が映っていた。中央にテトさん、その後方、右は、ネルちゃん、左はわたしだ。
「ち、ち…」
違うよ、と言いたかったが、兄が手で制した。
「母さんに黙ってアルバイトしたのか? おまえはそれをさっき夕ご飯の時、言わなかったな? 理由があるなら、黙っておいてやる」
「アルバイトじゃないよ。ボランティア(無料奉仕)」
兄は憮然として、口を引き結んだ。
「それに…」
「それに、なんだ?」
「うちで芸能界の事を話すの、気が引けて…」
兄はすっと息を吐いて、緊張を和らげた。
「まあな」
兄の表情が次第に柔らかくなっていった。
「ヨワが感じているなら、きっとそうなんだろうな」
「兄さん、なにか知ってるの?」
「うちが芸能界、避けてる理由か? どうなんだろうね…」
兄は考え込んだ表情になった。
しばらく黙っていた兄は口を開いた。
「それは何か分かったら、話そう。それより、可愛いかったぞ」
にやけた表情ですべてが台無しになった。これさえなければいい兄なのだが。
「なあ、この写真、ブ…」
「絶対! ダメ!!」
兄が言いたいことはなんとなく分かる。解りたくはないけど。
「まだ、何も言ってない…」
「言わなくても分かりますから、お兄様」
あとはにっこりと微笑むだけで、兄は一歩退いてくれる。
兄は昔見た映画がトラウマになっていた。
ブラコンの女の子が、兄に近付く女性を次々に惨殺していくホラー映画だった。
血塗れの女の子が振り向いて「お兄さま」と明るく笑うシーンが目に焼き付いたのか、それ以来兄は「お兄さま」と呼ばれる度に身体を震わせ挙動不審になる癖が付いた。
少しひきつった笑いで兄は応えた。
「そ、そうか。理解のある妹を持てて、俺は幸せだなぁ」
兄は、スマートフォンを仕舞うと、わたしの部屋を出ていった。
わたしは、兄に見せられた写真で、ステージに立った時の感覚が蘇ってきた。
寒くもないのに鳥肌が立った。
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