どれ程走っただろうか、屋敷が見えくなった辺りでグミナはふらつく足を止めた。
 共に屋敷を出た女達は皆思い思いの方向へ散って行った。愛しい人達の元へと帰っていったのだろう。

 「くっ…」
 グミナは頭を押さえて路地裏に座り込んだ。
 先程から頭が割れるように痛い。

 もうすぐ家に着くのに…

 肩で息をしながらグミナは家があるはずの方向へ目を向けた。
 その時、
 膨大な映像が彼女の脳裏を駆け抜けた。

 フラッシュバック。

 「いやぁあああ!」

 グミナは記憶の渦に巻き込まれ、そのまま意識を失った。




 グラスレッド邸の門の前に、見覚えのない豪奢な馬車が止まった。
 庭で薔薇摘みをしていたグミナは、訝しげにそれを一瞥したが、特に気にする事もなく作業を続けた。

 「グミナ!」
 しかし、いきなり名を呼ばれグミナは飛び上がった。
 振り返ると、仕立ての良い服に身を包んだ長身の男が立っていた。
 長い紫の髪が風に靡いている。

 「カムイ…?」
 グミナは目を丸くして、とんと疎遠となっていた幼馴染みの名を呟いた。
 確かに声も出で立ちも、男は彼にそっくりだ。
 しかし、彼女の知っている彼とはまるで別人だった。
 「久し振り。元気そうで何よりだ。」
 そう言って手の甲に口付けられるものだからグミナはまた面食らった。
 違う。この人は、誰…
 「あなた、本当にカムイなの…?」
 「勿論。」
 おどけて両手を広げる仕草もとても昔の彼とは別人のようで。

 「用事で近くに来たから久々に挨拶をと思ってね。ご両親に今会ってきたよ。」
 「あの馬車…あなたの?」
 「ああ。立派な車だろう?」
 ヴェノマニアは誇らしげに答えたが、グミナは俯いただけだった。
 カムイはあんな派手な物を好む質ではなかった…
 「カムイ…しばらく会わない間に何があったの?」
 地面を見つめたまま恐る恐る問いかける。
 「特に何も?…ああでも、ちょっとした心境の変化はあったけどね。」
 何てことないように答えてヴェノマニアは髪を撫でる。

 「それよりグミナ、僕と一緒に来てくれないか?」
 「え?」
 突然の言葉にびっくりして顔をあげる。
 「どういう事?」
 「どうもこうも、そのままの意味さ。勿論、良いよね?」
 優しく頬を包み込まれ、じっと見詰められれば、グミナはそれきり何も考えられなくなった。

  ◇

 グミナが再び目覚めた時、彼女はベッドの上にいた。
 今度こそ懐かしい、自分の部屋だった。

 彼女が目覚めるまで介抱してくれていたメイドが、街中で倒れていた彼女をたまたま通りがかった知り合いの老夫婦が家まで運んでくれたのだと教えてくれた。

 今まで何処にいたのか、巷での連続失踪事件や彼女が行方不明になる直前に屋敷を訪ねてきたヴェノマニア公爵とは関係あるのかなど、色んな人から質問攻めにあう前に人払いをして、丸一日一人自室に籠っていた。
 意識を失っている間に見た夢――もとい取り戻した記憶を、整理する時間が欲しかった。

 今頃、あの女達かその親しい者からの通報でヴェノマニア邸に足が踏み入れられ、彼の亡骸も見付かっている事だろう。

 あの時、どうしてあれが彼だと気付けなかったのだろう。
 せめて最期まで一緒にいてあげたかった…

 自室の窓からヴェノマニア邸の方を見やる。
 「カムイ…あなた馬鹿だわ…」
 ポツリと呟いたその大きな瞳からは光るものが溢れていた。

 自分の容姿に劣等感を感じ続けていた幼馴染み。
 自分は誰からも愛されないと、そう思ってた?
 そのせいでこんな事になるなら、周りの目なんか気にせずに、言ってやれば良かった。

 「あんな事しなくても、私はあなたの事…っ!」






 カムイと結婚?有り得ない話じゃないわね。




 もしそうなったら私、嬉しくて死んじゃうな。





―あの子が本当は優しい人だって、誰より綺麗な人だって、私だけがよく知ってるんだもの。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ヴェノマニア公の狂気ー3

ブクマ・コメントありがとうございます!!

閲覧数:444

投稿日:2011/09/08 00:10:43

文字数:1,667文字

カテゴリ:小説

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  • ちゃーちゃん

    ちゃーちゃん

    ご意見・ご感想

    こんにちは。
    この小説をすべて見ましたが、とてもおもしろかったです。
    あの終わり方には感動しました。(/_;)
    ハッピーエンドになれないのがこの曲の切ない、そしていいところだと思います。
    カムイ―!

    2011/09/09 16:10:12

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