それからミクは、ガウルに頼んでオレの車を街まで運んできてくれた。
 元はと言えば、奴がオレの車を横転させたんだから、持ってくるのが筋ってもんだが……まあ、ここはミクの顔に免じて不問にしておこう。いや、決して力じゃかなわないからそういう風に言ってるわけじゃない。ホントだぞ。

 幸いにしてエンジン部分は無事だった。助かった。オレには修理する技術はないからな。壊れてたらお手上げ状態だった。
 横転した影響でボディの歪みはかなり酷かったが、走る分には問題ない。他の部分も多少はダメージを受けていたが、オレの知識で何とかなるものばかりで助かった。代替えが利くパーツを見つけた事も大きかった。

 そんなこんなで、丸2日の点検で何とか動かせる形にはできた。応急修理だが、“施設”まで走る分には問題ないだろう。

 出発は次の日の朝に決まった。

 ミクは反対するかと思ったが、意外にもすんなりオレの提案を受け入れてくれた。
 その夜は特に何かあるわけでもなく、いつも通りに過ぎていった。ミクがオレの食べるところを見て、いつものようにたわいのない話をして過ごした。そう、いつものように……。

 オレもミクも、何となくしんみりするのが嫌だったんだろう。いつも通りに過ごして、明日に何か特別な事があるなんて思いたくもなかった。そんな風に思えるぐらい、オレとミクは一緒の時間を過ごしてきたんだ。お互いに、かけがえのないと思えるほどに。

 見送りは、ミクとガウルだけだった。ミライはいなかった。薄情な奴だ。ガウルは、相変わらずオレの事など眼中にないって感じで遠くを見ていたが。
 ミクは、何かを言いたそうにこっちを見ていた。口を開きかけては、言葉を飲み込むような仕草を何回かしていた。珍しく、不安そうな顔をしてやがる。

「じゃあまたな、ミク」

 ちょっと乱暴にミクの頭を撫でてやりながら言った。敢えて「さよなら」とは言わなかった。

「ちょ、ちょっとやめてよ! 恥ずかしいじゃない!」

 オレの手を振り払ってそう抗議した。不機嫌な顔でオレを睨みつけて。うん、そっちの方がお前らしい。

「良いだろ? オレにはお前の頭を撫でる権利があるんだし」
「そんな権利、私は認めないわよ!」
「じゃあ、許可してくれ」
「却下ね!」

 そんな風に、いつものようにジャレ合うオレたち。笑って、怒って、くだらない事を言い合って……。
 最後じゃない。そう、決して最後ではない。
 でも、少なくともしばらくはこういう事はできなくなる。
 それが悲しくて……寂しくて……。

 言葉には決して出さないが、オレたちはお互いにそう思っていた。だからこそ、いつものようにくだらないやりとりをやっている。

「……じゃあな、ミク」

 努めて笑顔でそう言ってやった。我ながら会心の笑顔でな。

「あ、待ってケイ」

 そう言うと、ミクは片方のリボンを解いた。
 絹のような滑らかさで、束ねられていた青髪が流れた。彼女のその細い肩に。その光景は、呆気にとられるほど美しくて……ミクがいつもより大人に見えるほど意外なものだった。
 呆気にとられているオレを無視して、ミクはオレの左手首に赤いリボンを巻き付ける。まるでこれじゃ包帯だな。

「……これは一体?」
「リボン、あなたに貸してあげる。貸すんだからね? 必ず返してよ。私に手渡しで、返すんだからね?」

 そういう事か。まったく、素直じゃないな。そんなミクを見ながらオレは苦笑した。

「わかった。必ずお前に返しに戻ってくる」
「絶対だからね」
「ああ、絶対返す」
「……でも、やっぱり信用できないわね。あなた、記憶力悪そうだし」

 余計なお世話だ。

「だから、そんなあなたでも覚えられるようにしてあげる」

 そう言うと、ミクはもう片方のリボンも解いた。
 サラサラとした青髪が、リボンの束縛から逃れて彼女の肩にかかった。彼女が髪をかき上げると、絹のように滑らかな青髪が宙を舞った。日差しを受けて、キラキラと光る。1本1本光を受けて輝いていた。

 ……正直見とれてしまった。

 ストレートの青髪。頭の両側で束ねていた時と違って、大人っぽく見える。いや、妖艶と言った方が良いのか? とにかく、綺麗だった……。
 それが隙になった。

「…………!?」

 彼女の顔が、一瞬だけ近づいた。
 オレの唇に、柔らかな感触が残った。ほんの一瞬だけだったが残った。

「うふふ……。これで、記憶力の悪い頭でも覚えられたでしょう?」

 頬を紅く染めながら、悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう言った。
 ま、まったく恥ずかしい事をしやがる……。

「ああ。覚えた。覚えたから、オレはもう行くからな」

 狼狽える姿をミクに見せたくなかった。恥ずかしいってのもあるし、悔しいってのもあった。せめてもの意地を見せたかった。
 だからオレはそのまま車へ向かって歩いた。大股で。

 その時だった。

「……ケイ」
「なんだ?」

 顔だけ振り返ってミクを見る。そこには悪戯っぽいミクの顔はなかった。穏やかな……とても穏やかな顔をしたミクが立っていた。

「今度来るときは、隠し事はなしだからね」
「……ああ。わかった」

 自然に、できるだけ自然に見えるように顔を前に向けて歩き出した。
 穏やかな顔をしていたが、その瞳は寂しそうに見えた。ミクのその瞳がオレの頭に焼き付いて離れなかった。胸が、ズキリと痛んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

この世界の果てで     第10章  その2

以前思いつきで書いた小説を投稿してみます。
初音ミクがヒロインのSFっぽい物語です。
でも地味です。
あまり盛り上がりがありません。
その上意味もなく長いです。
そこはかとなくギャルゲ風味なのは気のせいです。
そして文字制限のため、区切りが変になってます。
こんな駄文ですが、どうぞよろしくお願いします。

閲覧数:162

投稿日:2008/09/17 00:23:50

文字数:2,259文字

カテゴリ:その他

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