第二章 ルーシア遠征 パート5
ルーシア遠征軍が帝都を進発したのはそれから二週間後の六月三日のことであった。総勢十万という大軍を率いての戦はカイト皇帝であっても初めての出来事である。その軍容は第五軍を先陣とし、第三軍と第六軍が中核を担い、後陣にカイト皇帝率いる第一軍が続くという構成であった。ミルドガルド帝都から王都ルーシアへと至るに当たってはしかし、整備された街道は存在していない。その中でカイト皇帝がまず目指した場所は、ルーシア王国からの国境防衛を目的として昨年建設させた軍事都市ニーベルであった。街の中央にニーベル砦と呼ばれる要塞を備えた、一般人は立ち入りが禁じられている、ミルドガルド帝国の中でも異彩を放つ要塞都市である。帝都から北東五十キロ先に建設されたニーベルまではミルドガルド帝国により四頭立て馬車が余裕を持ってすれ違える程度の広さを持つ街道が整備されていた。ニーベル街道と名付けられた軍事用の街道である。街道を駆ければ、早馬であれば一日で到達する距離にあるニーベルにカイト皇帝が入場したのは進発の翌日の夕暮れを迎える頃であった。十万の大軍ともなれば、行軍する行列だけで二十キロの長さに及ぶことになる。帝都を最後に出発したカイト皇帝と、先陣を行くホルスとの差は徒歩で四時間程度の幅が開いてしまうのだ。
そのカイト皇帝が要人を集めての作戦会議に臨んだのはその翌日、六月六日のことであった。このニーベルを発つと、後は敵国が支配する大地が広がるばかりになる。事実上、最後の作戦会議と言って差し支えが無かった。何しろこれまでの戦争と勝手が異なり、同じ民族同士での戦争を続けてきたミルドガルド大陸内の戦争ではなく、文化も風俗も全く異なる異民族との戦闘になる。そして地理風土に明るいかというと、必ずしもそうではない。兵数では遥かに上回っていることが予測されているものの、その他の要素ではルーシア王国に有利と言う状態であった。
「敵の様子は?」
諸侯が一同に会している作戦室に、アクと共に最後に入室したカイト皇帝は、着席早々諸侯に向かってそう訊ねた。カイト皇帝の左隣には皇妃アクが腰を下ろす。
「現状、目立った動きはございません。」
一同を代表してそう答えたのはオズイン元帥であった。その言葉に対して、カイト皇帝はふむ、と小さな同意の声を漏らす。一体、敵はいつ仕掛けてくるのか。宣戦布告は既にルーシア王国に対して送りつけてある。或いはニーベル周辺で一度会戦があるかと考えていたが、その用意はされていないらしい。ここから先、軍事的に重要な都市は調べた限りでは存在していなかった。一直線に王都ルーシアを目指せばよいだけの話ではあるが。
「仮に襲撃があるとすれば、」
オズインはそう言いながら一礼の後に立ち上がり、作戦室の側壁に広げられた地図に近付くと、その中の一点を指差しながら言葉を続けた。
「このあたりになるのではないかと。」
カイト皇帝が地図に視線を向けて凝視し始めると、オズインが追加の解説を加えた。
「ネール川と呼ばれる大河でございます。」
「他の地点での襲撃も考えられるのではないか?」
カイト皇帝は、即座にオズインに対してこう訊ねた。ルーシア王国の地形図ならもう何度も目を通している。その度にカイト皇帝が唯一懸念したことは、予想以上に川が多いことであった。内陸国家であるために海岸線は存在していなかったが、南から北へと流れる河川が地図上で確認できただけでも、王都ルーシアまでの間に十本程度流れていたのである。そのカイト皇帝の質疑に対して、オズインは落ち着いた様子でこう答えた。
「無論、他の河川でも攻撃の可能性はございます。しかしながら陛下、このネール川はルーシア王国では最も大きな河川であり、また王都ルーシアから最も近い大河となります。最後の決戦をこのあたりで仕掛けてくるのはほぼ間違いないかと。」
オズインの主張が終わると、カイト皇帝は納得した様子で頷いた。敵の兵力は味方に比べれば相当に少ないという報告がもたらされている。そしてルーシア国王イングーシは相当の戦上手だという。ならば余計な戦闘は全て放棄し、一度の決戦に賭けると考えても不思議ではない。
ならば、我々もその決戦に全てを賭けようではないか。
カイト皇帝はその時、最終的にそのように判断した。しかし、数日後に、カイト皇帝はその判断が誤っていたことに気付くのであった。
軍議が散会となると、アクは手持ち無沙汰という様子でニーベル市内をゆったりと歩き始めた。出発は明日となったため、それまでの半日程度の時間が空いたためであった。一方カイトは諸侯と共に遠征の成功を願う宴会へと出席している。本来ならばアクも出席をしなければならないところではあったが、未だに宴会やら、儀式などといった華やかな行事は苦手であった。その為の時間を過ごすならば、時間のある内に一人でゆったりと過ごしたいと考えたのである。アクが国家行事に参加しないことは良くある出来事であったから、カイトも何も言わずにアクの意思を尊重してくれた。そのさりげない優しさに心から感謝しながら、アクは殺風景とも言うべきニーベルの町中を歩いた。久しぶりに着込んだ軍服に僅かの息苦しさを感じながらも、目的も無くただ歩く。歩くといっても、ニーベルの町には年頃の女性が楽しめるような景色はどこにも存在していない。そもそも軍事都市として建設されたニーベルには豪奢な装飾品など不要のものであった為である。それに加えて、一般人の立ち入りが基本的に禁止されているため、他の街には確実に存在している町民の喧騒など期待すべくもない。今アクの視界に映っている景色は、半日与えられた休日をせいぜい楽しもうとする兵士たちの姿か、或いは要塞としての頑強さだけを求めて設計された灰色の石畳や、ぼやけた赤色を持つ煉瓦造りの街並みが見えるだけであった。勿論、軍事都市といえども兵士達の慰安のための施設だけは用意されていたものだから、酒場や売春街は下手な宿場町よりも整っている。規定された最低限の守兵以外の兵士はそれぞれ、酒場や女を相手に遠征前の最後の娯楽を楽しんでいるのだろう。アクもまた少しばかり飲みすぎた様子の兵士と何人もすれ違うことになった。その度に兵士たちに酔いの覚めた様子で敬礼をさせてしまうことに心苦しくは感じたものの、アクがその歩みを止めることなく歩き続けた。
ニーベルのほうが落ち着く。
十万の大軍でも収容できるだけの広さを持つニーベルの町を一周しようとした頃に、アクはふとそのように考えた。ニーベルはかつての青の国王宮のような空気に包まれていた。無駄を排除し、戦という目的の為に徹底的な合理化が図られた街。表現を変えるなら、余計なものはなく、心地良いほどにシンプルに作られた街であるとも言えた。その雰囲気に懐かしさを感じると共に、きっちりと着こなした軍服と合わせて、自身の精神が引き締められるような感覚を覚えたのである。
今頃、ジョゼフは何をしているのだろう。
不意に、アクはそう考えた。ジョゼフは遠征には参加していない。当初ジョゼフから、遠征中であってもカイト皇帝の身の回りを世話したいという申し出はあったものの、カイト自らその申し出を却下したのである。まだ、あの少年に戦場を見せたくはない。カイトはそのように考えている様子であった。カイトのその通達にジョゼフは反発したものの、それ以上は何も述べることなく、ただ寂しそうな声で御武運を、とだけ告げたのであった。そのジョゼフの様子はアクから見ても哀れではあったが、ジョゼフを戦場に連れて行きたくないという心理はカイトと同じものを持ち合わせていた。むしろ、仮にカイトがジョゼフを連れてゆくと主張したなら、おそらく反対に回っていただろう。出来ればあの少年はあのまま成長して欲しいとアクは考えていた。人間の汚いところ、戦場で発散さえる人の心の荒んだ所を、出来る限りジョゼフには見せたくない。いつまで経っても。
遠征が終わったら、
アクはなんとなく、そう考えた。
一番にバラートとジョゼフの三人で、また美味しい紅茶を飲もう。
ハーツストーリー 28
みのり「第二十八弾です!」
満「さて、解説しようか。」
みのり「今回は何かな、満先生。」
満「先生?」
みのり「だってそんな感じ。」
満「・・まあいい。あれは今から・・。」
みのり「エル○ャダイネタはいいから。」
満「すまん。えっと、ナポレオンのロシア遠征の補足。あの時ナポレオンは80万近い大兵力を以ってロシアに進軍したんだが・・。(ウィキペディア『1812年ロシア戦役』参照)」
みのり「半数の45万はフランス兵なんだけど、他の兵士は他国からの寄せ集めなのよね。」
満「そう。元々忠誠心と士気の低い部隊だからすぐに脱落していったらしい。それだけではなくて、ナポレオンは強行軍でモスクワに迫ったものだから、モスクワに到達する頃には兵力は15万程度にまで激減していた。ここまで減少した理由の殆どが飢えや逃亡によるものだ。何しろ、モスクワに到達するまでにナポレオンは戦らしい戦を一度もしていないからな。」
みのり「80万が15万って・・五人の内四人が逃亡した計算になるわね。」
満「その通り。そして更に悲惨な状態にナポレオンは追い込まれるんだが・・その話はまた後日にしよう。」
みのり「そうね!では次回もお楽しみに♪」
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