果てしなく広大で、果てしなく静寂な鋼鉄の空間、ハンガーに、彼のつぶやきが響き渡った。
ミクオが発した言葉は、間違いなく、俺のことを指していた。
意外すぎる出来事に思わず目を見開いた。
「ご覧になっていたんでしょう。大丈夫、攻撃したりはしません。」
クロークを起動し、気配すらも押し殺していたにも関わらず、ミクオは俺の存在を察知し、視線は完全に俺の姿をとらえていた。
俺もまた、ミクオから視線を離すことなく、そして右手にはハンドガンを持ち、静かに階段を下りていく。
彼の、攻撃したりはしない、という言葉を、俺はまだ信用していない。
構えてはいないものの、引き金には指がかかっている。
ハンガーの床に降り立ち、ミクオの二メートル程度で立ち止まる。
徒手格闘には遠過ぎ、銃撃には近過ぎる。相手が最も攻撃しにくい位置だ。
「警戒していますね。まぁ、無理もありません。」
俺を見つめるミクオの口元に、微かな笑みが浮かぶ。
彼の性格から見れば、今の状況は、楽しんですらいるのかもしれない。
最も、俺には理解に難しい思考だが。
「俺に全て話すと言っていたな。」
どこかにカメラがあるかもしれない。
警備の兵士が、どこかに隠れているかもしれない。
俺が発する警戒と緊張が、声色にまで現れていた。
「はい。」
「話し方は任せる・・・・・・だが、俺が質問したら、その場合は答えてもらうぞ。」
「ええ。」
それに反して、ミクオは口元の微かな笑みを湛えているものの、無表情極まりなく、物静かな返事だった。
やはり、この状況を楽しむことはできないようだ。
「先ず僕についてですが、僕はクリプトン上層部との繋がりを持っています。今回のテロにはウェポンズの状況を本社に報告するため、そしてそれが完了次第、内部からテロを制圧するため、彼らの仲間を装って参加しています。貴方達のことも、十分聞かされていました・・・・・・ご質問は?」
結局は裏切り行為であると、大方の想像は出来ていたが、まさかクリプトンと関係を持っていたのは意外だった。
「無い。続けろ。」
俺は無意識の内に、ハンドガンをホルスターに収めていた。
「次に彼らの目的です。新人類だの新天地だの言っていましたが、先ず彼らはピアシステムの掌握による軍部の支配、そして日本の政権を握ったのちに、私を含めたアンドロイド、強化人間、ゲノム兵を全てストラトスフィアに乗せ、地球を離れます。」
「何だと?どこへ向かうつもりだ。」
「月です。」
ミクオのあまりにも突拍子もない言葉に、俺は一瞬疑問を訴えることを忘れた。
「ストラトスフィアは地球上に存在する航空機の中で最も巨大で、かつ宙域飛行が可能ですから。ボスは我々を新人類と名づけ、ストラトスフィアで月へ向かいます。月には既にクリプトンの施設が建設されていますから、そこを制圧し、自らのものにしようと計画しています。」
テロリスト達が計画していた、とてつもない犯行。
聞いたばかりでは到底信じがたい話ではあるが、俺の視線を捉えて逸らさないミクオの瞳が、それらすべてが真実であると主張していた。
「何のためにそんなことを・・・・・・。」
「彼らは、クリプトンが支配する日本の未来を憂慮したのですよ。今の日本もクリプトンの半独裁政権ですし、クリプトンが完全に日本の政権を握る日も遠くないでしょう。もし、クリプトンが本格的に日本の政治を操作するとなれば、先ず、ピアステムとリンクしたナノマシンを、一般家庭にまで導入する予定です。」
「なんだと・・・・・・?!」
最後に発した言葉の意味が理解できず、思わず俺の口から、疑問の声が出た。
一般家庭に・・・・・・導入・・・・・・。
「家、土地、車といった財産から、家庭用コンピューター、携帯電話、家電などの、生活用品。それらのほとんどに、ナノマシンが内蔵され、状態は当然、いつ、どこで、誰が、どれほど、何に使用したかの情報までもがクリプトンに管理されるようになります。」
「ピアシステムで?」
「はい。ですが、これはまだいいほうです。なぜなら、機械類だけでなく食品まで、ナノマシンが混入されますから。」
「!」
その言葉に、俺は疑問の声すら出なくなった。
何かを言おうとしたのだが、言葉として発せられる前に、忘れていた。
「クリプトンは国民の管理までも考えています。こうすることで、統制を簡単にし、事故や事件が起こった場合でも、早急に対処できるようします。そしてその後には、高速道路、鉄道、新幹線、空港等の交通機関や、公衆電話、公衆トイレ等の公共施設、さらには他企業に居るまで、まさに日本中にピアシステムと繋がったナノマシンがバラ撒かれます。そうともなれば、もはや日本はクリプトンの意のまま。」
「それを嫌ったウェポンズが、ピアシステムを奪う目的で今回のテロを起こしたのか。」
「そうです。」
俺の問いに、ミクオは何の躊躇もなく頷いた。
「彼らはピアシステムを奪取したのち月に向かい、核を使ってこの施設を消滅させる予定です。後は、月にてクリプトンの指揮を、つまり日本の政権を握り、彼らなりのやり方で日本の指揮を執るつもりなのでしょう。『自由な世界』という、大義名分のもとに。」
そこまで言い切り、ミクオが一度口を紡いだ。
それでもなお、俺から視線を逸らすことはない。
それがミクオの、自分の言葉が真実であるという主張と、信じてほしいという懇願の意を表しているのだと、彼の瞳が語っているようにも思える。
「それで、全てか。」
「はい。ま、ボスの真意までは分りかねますけどね。では。」
ミクオの態度が一転、能天気な口調になり、次の瞬間俺に背を向けて歩き出した。
「コンピュータールームへお急ぎなんでしょう?そこでまたお会いしましょう。」
「待て、ミクオ。」
ミクオを呼びとめると、能天気に振った手は空中で停止し、ゆっくりと床に垂れた。
「ミクオ・・・・・・お前は、クリプトンとウェポンズ、どちらが正しいと思う。」
俺の問いかけに、ミクオは一言も答えようとしない。
「この国の全てを我が物にしようとするクリプトンか・・・・・・人命を犠牲にしてまでも、支配のない自由な世界を謳うウェポンズか。お前の眼には、どちらが正義と映る。」
そう問うた時、沈黙を続けていたミクオがゆっくりと振り向いた。
「特に、何も。僕はただ、与えられた使命を果たすことで、自分の存在意義が確かめられればそれでいいんです。でもこの世界が、この先どんな方向に向かうのかには興味があります。どちらが勝っても、僕は運命に身を任せますよ。」
そう答える彼は口元で微笑んでいるだけではなく、確かに笑っていた。
それは間違いなく、人の笑顔だった。
「そうか・・・・・・。」
「では。」
ミクオは再び、ハンガーの出口へと歩き出した。
与えられた使命を果たす、か・・・・・・。
彼もまた、俺と同じく、自分の存在に疑問を持つ者なのだろう。
彼もまたアンドロイドとして生まれ、人に使役されるという十分な役割を果たせているにもかかわらず、未だ充足を得られずに、葛藤を抱えているのか。
同じ葛藤を持つ、同じアンドロイド。
それを知っていたからこそ、俺に全てを話したのか。
いや、ただの気まぐれか、それともクリプトンの命令の一部だったのか。
そんなことを考えながら、俺はハンガーの奥に消えていくミクオの背を見送っていた。
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