UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その31「叔父さんと秋葉原、でもデートじゃないよ」
兄は小脇に発泡スチロールの箱を抱えていた。
中身は言うまでもない。肉だ。きっとA5か、A6か信じられないほど高級なお肉にちがいない。
そう言えば、友達の家でバーベキューをするとき、もう少し安いお肉を叔父さんからもらって持って行ったことがある。友達は涙を流さんばかりに「おいしい。おいしい」と言って喜んでくれたけど、もっとおいしいお肉もあったので恐縮してしまった。
「あら、帰ってたの?」
母の反応は素っ気なかった。
「今日は、焼肉だぞ」
兄は嬉しそうだった。
「ヨワ」
父が話しかけてきた。
「はい」
「叔父さんは行きたいところがあるそうだ。案内してあげなさい」
父も叔父さんの前で緊張しているのだろうか、言い方がぎこちなかった。
「はい!」
叔父さんと一緒にお出かけですか。これは、お小遣いの予感がします。期待してもいいですね。
「叔父さん、いらっしゃい! どこに行きます?」
「あ」
久しぶりに会った叔父さんは、わたしを見て絶句していた。
「こりゃまた、見ないうちに綺麗になったねぇ、ヨワちゃん」
みんなの前で誉められると照れる。
「秋葉原に行きたいんだが、乗り換えが少し自信なくてね」
東京に戻るのかと思ってしまった。午前中は新宿辺りにいたのよね。試験会場があったから。
いや、それより、叔父さんに付いて行くと何か買ってもらえるのを期待してしまうんだけど、いいのかな。
母は無反応だった。叔父さんとは打ち合わせ済みなのか。ということは、叔父さんも母の味方で、わたしがUTAU学園に行くのは反対なんだろう。
つまり、何かを叔父さんにねだるのは慎重になった方がいいということか。ちょっと、がっかり。
家からちょっと歩くと駅がある。そこから電車に乗って、池袋まで40分くらいかかる。池袋から秋葉原までは山の手線で、20分くらい。
秋葉原の駅を降りると、駅に貼ってあるポスターは、有名ブランドのカジュアルな服装だった。
三人並んだポスターの真中は、初音ミクだ。横の二人はボーカロイドかどうか分からなかった。ネルちゃんだったら答えられるのだろうけど。
駅を出て、叔父さんは辺りを軽く見回して、総武線の下を大通りに向かって・・・・。歩いた。
叔父さんは、さっきから無言で、脇目も振らず歩いていた。。
路地を何回か曲がって、少し細く、乗用車がやっと通れるくらいの道に入った。雑居ビルが並んだ、飲食店というより居酒屋やバー、アダルトな感じのお店の多い通りだった。
そんなビルのひとつの前で、叔父さんは立ち止まった。
見上げると5階建ての細いビルで、正面の入口の脇に下に降りる階段があった。しかし、バリケードのようなものが築かれ、中に入れそうになかった。
叔父さんは少し嬉しそうだった。
「まだ、残っていた、か」
そういうと、叔父さんまた歩き出して、大通りに戻った。
クリスマス一色に染まった人の多い通りだった。
空が夕焼けのオレンジを見せ始め、道路のイルミネーションのクリスマスカラーを引き立てていた。
叔父さんは人が多くても気にせず、ずんずん進んだ。とても、岐阜の山奥から出てきたとは思えない、洗練された動きだ。なんて、感心してる場合じゃない。
叔父さんを見失いそうになった。
追い付いたら、叔父さんは今度は、大きなファッションビルの前に立ち尽くしていた。
ホッとして、叔父さんの隣に立つと、叔父さんが語り始めた。
「ここは、昔、アパレル関係じゃなく、コンサートホールや音楽スタジオが入っていたんだ」
どれくらい昔なんだろう。
「ヨワちゃんが生まれる前の話さ」
心を読まれたようです。
「ここのコンサートホールを舞台に、男の子はみんな熱狂し、女の子は舞台に立つことを夢見て競い合っていた」
それって、アレですか。大量のアイドルを作って売った敏腕プロデューサーの廃墟ですか。
「ここは、大昔のアイドルの聖地なのさ」
ビックリした! まさか、叔父さんの口から「アイドル」という単語が出るとは思わなかった。
「叔父さんも、若い頃はよくここに通っていたのさ」
岐阜の山奥から、という言葉が思わず口から出そうになった。
よく考えたら叔父さんだって若い頃があったんだから、そういうライブやイベントを楽しんでいても不思議じゃない。
「時は流れて、アイドルは消え、代わりに、ボーカロイドが主流となった。そういう時代になった、と割り切れれば、いいんだがね」
叔父さんの顔は寂しげな翳に覆われていた。
「アイドルは消えるべくして消えていったんだ。わたしたちが託した夢や未来と一緒に」
叔父さんがわたしの肩にそっと手を置いた。その手は暖かかった。
「代わりに、失望を残して、ね。あの当時のみんなは、裏切られた思いで、自分たちのエネルギーをどこに向ければいいのか、分からなかった」
叔父さんの視線が降ってきた。
「今、大半の人は、アイドルは優しそうな振りをして、自分の大事なものを吸い取るシステムだと思っている。それなら、純粋に音楽を楽しませてくれるボーカロイドの方が、何十倍、何百倍もエネルギーを注ぎこめる、と思わないか」
叔父さんもそう思うのかと考えたら、少し悲しくなった。
「そうだな。あそこに行ってみるか」
ちょっと疲れたなあ、と思ってたら、叔父さんはわたしの手を引っ張って歩き出した。
人通りの少ない狭い路地に入ったところで、叔父さんは手を放した。
さっきとは別の路地だった。周りはゲームセンターや、オタクと呼ばれる人が喜びそうな本やマンガ、ビデオ、グッズを売っている店が沢山並んでいた。
アニメショップ、ゲームセンターの次に飲食店のビルの前に来た。
まだこの辺りは大通りからそんなに離れておらず、人通りが多かった。
そのビルの前にいた。メイド姿の女の子が、チラシを配っていた。。
〔お、もしかして?〕
見上げると「メイド喫茶」の看板があった。店の名前は「ご主人様の別荘」だが、もう少しファンシーな名前がいいんじゃないかと思った。
「おいで。こっちだよ」
足の止まったわたしを叔父さんが呼んだ。
少し路地が暗くなったところで、女性が立っていた。
路面にまだ雪が残っているというのに、女性の衣装は、水着だった。何かの罰ゲームかと思ったけど、違った。
わたしより年上に見えたから、「女性」と呼んでいるけど、その人は、さっきのメイド喫茶の女の子と一緒で、チラシを配っていた。
チラシには、「アイドル喫茶」の文字が、踊っていた。
水着の上はハーフコートだったから、そんなに寒くはないのかも、と思った。その人は元気そうに、歌うように、踊るように、そして、楽しそうに、チラシを配っていた。
叔父さんは女性に近づいてチラシを受け取り、小声で何か囁いた。
女性の視線がわたしを指した。
一瞬、わたしを見る目が冷たかった。
すぐに笑顔になって、叔父さんに向かって頷いた。
女性が叔父さんに何か言ったようだけど、聞き取れなかった。
叔父さんが手招きしていた。
わたしは叔父さんについてビルのエレベーターに乗った。
エレベーターで三階に上がって、その先はアイドル喫茶だった。
店の中は暖かかった。いや、少しムッとして、じとっとしていた。汗くさかった。中学校の野球部の部室を思い出した。
奥のテーブルに案内され、叔父さんと座った。
叔父さんは店員さんに飲みものを注文した。アイスコーヒーとオレンジジュース。おまけで小皿に包み紙に入ったマシュマロが五個、付いてきた。
お店はバスケットボールのコート一面くらいの大きさで、わたしの席はほんとに隅っこで、コートの反対側に簡単なステージがあった。
大音量で耳が悪くなりそうな案内放送が流れた。
よく聞き取れなかったが、お客さんを誘導しているようだった。
わたしは嫌な予感がした。帰りたくなった。
「ほら、始まるよ」
叔父さんはステージを指で差した。
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