15.家族みたいだね?
――ミクは、あの事件以降、一言も言葉を発する事はなかった。
なかったはずだ……。
トラボルタの目は、耳は、はっきりとその光景を捉えていた。
部屋の中心で大きく口を開け、淀みない澄み切った歌声で歌っている少女の姿――。
その隣では、メイコが自分と同様に驚きのあまり絶句している様子が見てとれる。
しかし、この時メイコの中には、トラボルタとはまた違う感情も芽生えていた。
メイコの瞳から、一筋の涙がこぼれおちた。
「どうして……?」
いつの間にかトラボルタは、メイコの真横まで来ていた。
二人の目はあれからひと時も少女から離れる事はない。
理由など皆目見当はつかなかった。しかし、目の前の光景は確かに現実で――。
心に染みわたる、この歌声は確かに本物で――。
二人は合図したわけでもなく、わずかな狂いもなく同時にお互いの目を見合わせた。
大きな歓声と共に、互いに恥ずかしげもなく抱き合い、喜びを分かち合った。
ここでの二人の喜びが、同種の物かどうかは、知る由もないが、
少なくとも、その根源にあるモノは紛れもなく同じであっただろう。
「しーーーー!!」
抱き合ったのも、ほんのわずかな一瞬だけ。すぐに離れると、互いの顔を見合い、
人差し指を立てて、口を”い”の形にして、口から息を吹き出す。
ゆっくりと顔をミクの方に向けると、まだ彼女の歌が続いていることを、目と耳で確認した。
”い”の形から、”う”の形になった口からは、ゆっくりと静かに息が吐き出された。
それから二人は邪魔にならないように、部屋の隅にある椅子に腰を落とした。
「理由はどうあれ、この子の声が聞ける日が来るとはな……」
トラボルタの方が先に口を開いた。
「うん、歌……好きだったからなぁ、ミク……」
少し酔っ払いったような、うっとりとした表情でメイコがしゃべる。
二人の会話は微妙にかみ合っていないが、今は特にお互い気にもならない。
「私、あの日にあの子から預かったココロ……。
これからこうやって、ミクに返していこうと思うんだ。
ゆっくり、少しずつ…… どれだけ時間がかかるかわからないけど、大丈夫!
これからまだ時間はいっぱいあるんだから」
トラボルタには”あの日”がいつにあたるのか、よくわからなかったが、
ただ「そうか……」とだけ返事をしておいた。
「おい、おい、人ごとじゃないんだぜ? お前も預かってんだからな? ココロ――」
気のない返事に聞こえたのか、メイコは人差し指で相手を指しながら、強い口調で言った。
そんなことは身に覚えがないトラボルタは、
「わしもか?」
当然の反論をしてみせる。
「あたりまえだろ? きっちり利子まで返してもらうからなぁ」
小悪魔の様な小意地の悪い笑顔をトラボルタに見せつけた。
――願わくば、ミクがトラボルタ、お前のココロを……。
笑顔の裏で、メイコは心静かに祈るようにそう願った。
「なんだか、家族みたいだね?」
唐突にメイコがトラボルタに語りかける。
「だって、一緒に住んで、一緒にご飯食べて、一緒に笑ったり、一緒に泣いたり……。
この子の成長を近くで一緒になって喜んだり……」
そう語りかけるメイコに対して、トラボルタは特に否定はしない。ただ無言で聞いている。
「ミクがいて、私がお母さんで、お前はお父さんで…… いや、おじいちゃんだな?」
いつものとおり、メイコが愛情に溢れた悪態をついてみせる。
「なんでじゃ!? お前もそう歳は変わらんじゃろうが?」
トラボルタもいつものように、笑いながら反論をしてみせる。
「だって、さっきも私のこと、シンデレラって呼んでただろ?
ほんの少し前に指摘したばっかりだったのに……。このボケじじぃが!!」
小さな部屋は、歌に包まれて、まばゆいばかりの色とりどりのココロで溢れている。
三人にはその輝きは見る事はできないが、確かにその温もりは感じ取れていた。
「あぁっ、い、今、ミクが私の名前を呼んだよ?」
「どれ? じゃ、じゃあ、わしの名前はどうかの?」
「……と、と、とら…… とらぽるた……」
「あぁ、おっしい……」
「にひひひ……」
「なあ、お前、”恋”ってしたことあるか?」
「無いのぉ。研究が我が恋人じゃったしのぉ」
「私も無い……。どうしよう、これじゃミクに恋についての心を返せないよぉ」
「い、いや、いいんじゃないのか? この子はまだ子どもじゃし、まだ早いじゃろ?」
「そうかなぁ? 最近の子どもはそういうの早いって聞くし……」
「いいんじゃ、いいんじゃ。まだ、まだ、早い……。ふー」
「なんだぁ? もしかして、ミクが誰か他の男に盗られちゃうのが怖いのか?」
「そ、そんなんじゃねぇわい。それにあの子はいつまでもわしの娘じゃ」
「にししし……」
「なあ、ミクに友達ができたみたいだよ?」
「ほ、ほう……」
「ふふふ、またひとつ、私たちから離れていっちゃったかもね」
「うぅ……」
「ほら、落ち込むなよ。今夜は一杯付き合ってやるから、な? トラボルタ」
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