あるところに、狼の住まう山がありました。


その山には数多くの狼が暮らし、

日々あらゆる動物たちを見定め捕獲しては

それらを食糧にして生きていました。



狼のセイムも、そんな群れの中の1人です。

セイムはちょっとだけ内向的な性格で、

他人と積極的に触れ合うことが苦手な狼でした。


ですが、群れのリーダーの指示に従い、

兄弟や一握りの友人達との他愛ない会話を楽しみ、

食糧捕獲の為の話し合いにも参加する、

そういう点ではごくごくありふれた、

"普通"の狼でした。



そんな彼には、ある秘密がありました。


それは、『動物の肉を食べることが出来ない』というものでした。

「そんなバカな」と思われるかもしれませんが、

事実彼は肉食動物でありながら

動物の肉を食べることが出来ませんでした。


ですから、群れが食事を取るときには肉を食べるフリをし、

本人は誰もいない場所で、

こっそり木の実や果実を食べて凌いでいました。


彼の仲間たちは、そのことに気が付いていません。

群れの仲間たちが率先して肉を食べている以上、

そのことを仲間たちに伝えてしまうと、

仲間外れにされてしまう危険があったからです。

肉を食べてこそ狼であるという風潮も手助けし、

彼は余計に言い出せなくなってしまいました。



そうして自らの味の好みを隠してきたセイムでしたが、

ある日、仲間の1人にこう尋ねられました。

「そういえば、セイムはいつも、殆ど肉を食べないな。
 何か食べにくい理由でもあるのかい?」

セイムはどきり、としました。

言葉にしてしまえば

『肉を食べられない』と

一呼吸で収まる程度の短い言葉でしたが、

彼はその言葉をぐっと飲み込み

「うん、僕は小食なんだ。
 あまり食べなくても平気だから、大丈夫だよ。」

と、簡単なウソをつきました。


そう言い返せば、相手は決まって

「そうか。」

の一言で済ませてしまいます。



彼にとってその対応は有難いものでしたが、

群れの気風はそうはいきません。

特に力の強いものになればなるほど、

「なぜ食べないのか」をしきりに尋ねてきます。


セイムはその度に熱心にウソをつき、

草食的な自身を蔑まれないよう努力しました。


そうしてウソをつき続けたセイムでしたが、

ある日ふと、

「どうして僕はウソをついているんだろう」

と思い立ち、自問自答してみました。


どうしてウソをつくのだろう。

草食であることを知られたくないからだ。

なぜ知られたくないのだろう。

馬鹿にされたくないからに決まってる。

なぜ馬鹿にされるのだろう。



「僕は木の実や果実が好きなのに、
 それを馬鹿にされるなんて間違ってる。
 話せばきっと、皆も分かってくれるはずだ。」



セイムはそう思い、自身の食性について、

勇気を出して仲間に打ち明けることにしました。

まず最初に選んだのは、

最も仲の良かった友人の一人でした。


友人もそのことに全く気付いておらず、

セイムの言葉を聞いた友人は唖然とし、

とても驚いた様子でした。


しかし友人はセイムの話を受け入れ、

「馬鹿になんてするはずがない」

と言いました。


その言葉にひどく感激したセイムは、

少しだけ時間をおいてから、

他の仲間達にも打ち明けることにしました。



1人、また1人と理解を示してくれる仲間が増える中、

彼が草食者であるという噂はやがて、

群れの強者やリーダーにまで届きました。

しかし彼らはセイムの食性を受け入れず、

「肉を食べられない者は狼ではない!」

と、罵声や批判の声を浴びせました。


事情を知っている仲間達も、

彼らには逆うことが出来ませんでした。


やがてセイムは彼らに追い立てられるように、

半ば追放されるような形で、

その山から姿を消しました。

セイムのことを理解していた仲間たちは

彼が追放されてしまった事実をひどく悲しみ、

何もできなかった自身にとても後悔をしました。


そして、もし今後このような事態が起きたとき、

その時こそは、自分たちが、

彼のような狼を守ろう。

そう決心しました。




一方山を追い出されてしまったセイムは、

あてもなくフラフラと山間の道を彷徨っていました。


自分のような狼と出会ったことのないセイムには

群れの仲間以上に頼れる存在がいなかったため、

すぐ孤独な状態に陥ってしまいました。



(もう誰も助けてはくれない。)

(信じていたリーダー達にも見限られてしまった。)

(きっと、肉を食べることが出来なかった僕が悪いんだ。)

(そうだ、きっとそうに違いない。)



考えれば考えるほどセイムの心は自棄を帯び、

暗くよどんでいきました。



山を追い出されてしばらくしたある日

生きる気力すら失いかけていたセイムは、

ある光景を目にしました。



草原の片隅にあった、小さな小さな狼の巣。


そこに住む狼達の姿や巣の形は山のそれと同じでしたが、

1つだけ、決定的に違うことがありました。


なんと、その草原に住む狼たちは、

木の実や果実を食べて生きていたのです。


セイムは我が目を疑いましたが、

彼らが食べているのは肉ではなく、

紛れもなく草食糧でした。


そのことに気が付いたセイムは

フラフラと彼らの巣に近づき、

自らも肉を食べない狼であることを告げ、

彼らが何者なのかを尋ねました。



彼らが何者かを尋ねることは、

セイム自身が、

自らの存在を証明することに繋がるからです。



セイムを見た群れの狼たちは

一瞬警戒の色を見せましたが、

彼が肉を食べない狼であることを知ると

先ほどまでとはうって変わって、

歓迎の色を見せました。



群れのリーダーの話によると、


その群れは肉を食べない狼で構成されていること、

皆、様々な事情でかつての群れを追い出されていること、

今も仲間を探して各地を転々としていること。



それらの話をセイムに伝え教えました。

セイムは、自分以外にも

肉を食べられない狼がいることに驚きましたが、

それよりも何より、嬉しさが全身を駆け巡っていました。


自分が1人ではなかったという安堵感、

そんな彼らを見つけることが出来た安心感、

自分はヘンじゃなかったという微かな自信。


それらがいっぺんに彼の頭を駆け抜け、

胸の奥にすとん、と降りたころには、

彼の悩みはすっかり消え失せていました。



そうして彼らと出会ったセイムは

彼らとともに、再び歩き出すことを決めました。


自分が悪いと決めつけて感情を押し殺したり、

自らを卑下して難を逃れている、

自身のような狼を探し出して救うために










彼のような狼は、

何百、何千、何万といるのです。






おわり

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

草食狼セイム(落書き)

どこにでもいる狼のお話



1時間程度で書いた落書きです。

何を思い浮かべるかはその人次第。


閲覧数:56

投稿日:2011/09/22 09:17:15

文字数:2,935文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました