第六章 遊覧会 パート5
翌日、午前中の時間を使ってリン女王以下の黄の国の一行はオデッサ街道の支線であるパール湖街道を行進することになった。風光明媚なパール湖に到達する為に緑の国がパール湖周辺を覆う森を切り開いて造った街道であるから、その周りは深い森に覆われている。さんさんとその枝葉を伸ばす木々の合間から零れる夏の日差しをその額に受けていたリンは、その森の奥から唐突に現れた、立ち並ぶ白い木造の別荘群の屋根を発見した時思わずといった声を上げた。
「わあ、素敵な別荘ね。」
その言葉に反応して、家臣たちがそれぞれに微笑みを返す。その表情をざっと眺めたリンはようやく到着したか、という安堵を感じつつ、カイト王は既に到着されているのだろうか、とも考えた。パール湖までの距離は黄の国が一番遠いから、通常に考えればもう到着していてもおかしくはない。お会いしたらまず何を話そうか。出来るなら旅の埃を落としてからご挨拶したいけれど、と考えながらリンは今回の遊覧会の会場となっている別荘地帯へと足を踏み入れた。大小およそ二十近い別荘がそこには立ち並んでいる。例年なら暑さを逃れるために緑の国の王侯貴族の多くが訪れるその場所は、今回限りは各国の首脳陣が集う国際会議場としての様相を示していた。遊覧会という名は付いているが、実際は年に一度の外交会議である。すなわち、各国がそれぞれの国益を実現させる為に謀略を尽くす会議であるのだ。その緊迫した空気を僅かに感じたリンではあったが、リンの出迎えの為に待機していたらしいミク女王の姿を見つけて、形ばかりの愛想笑いをその瞳に浮かべながら、こう言った。
「お久しぶりね、ミク女王。」
「本日は長旅御苦労さまでございました。」
薄緑色のドレスに身を包んだミクはそう言って、馬上のリンに向かって丁寧に一礼をした。ミクの胸元にあるクリスタルがミクの一礼と共に僅かに揺れて、陽光に反射して虹色に光る。国際法上は全ての国は平等と謳われているが、実際はその国力に比例した上下関係が明確に存在していた。代々緑の国の国王はその国力を十分に自覚して、一歩下の立場と取ることが通例となっていた。
「カイト王はもうご到着されているのかしら。」
騎乗したまま、リンはミクに向かってそう訊ねた。それに対して、ミクがこう答える。
「カイト王でしたら先程ご到着されました。既に宿舎で休まれていらっしゃいます。」
「そう。」
リンはそう告げると、ミクに先導を促した。ミクは徒歩で、リンは騎乗したまま、用意された宿舎に向かって歩んでゆくことになった。その後ろを、黄の国の一行が続く。それから十分ほど歩くと、ひときわ巨大な三層立ての木造建築がリンの目の前に現れた。
「こちらの二階がリン女王の宿舎になりますわ。」
その木造建築の玄関口に到達すると、ミクはリンに向かってそう告げた。
「案内ありがとう、ミク女王。」
リンはそう告げると愛馬ジョセフィーヌから下馬し、軽快な着地音と一緒に地上に足を付けた。固い土の感触がリンの身体を包む。
「レン、ジョセフィーヌをお願い。」
リンが下馬した直後に同じように地面に降り立ったレンに向かって、リンはそう告げる。
「畏まりました。」
レンは二つ返事でそう告げると、ジョセフィーヌの手綱を握り締めた。その時、ミク女王の傍に先程から控えていた白髪の少女が一歩前に出てくる。
「それではレン殿、厩舎までご案内致しますわ。」
白い髪を一括りにしたその少女ははにかむような笑顔でそう言うと、レン達を先導して歩き出した。残されたのはリン、ロックバード伯爵、ガクポなど数名の人間である。
「では、屋敷にお入りください、リン女王。」
レンとハクの姿が消えると、ミクはそう言ってリン達を別荘へと招き入れた。
白髪の少女の案内を受けながら、レンは僅かに吐息を漏らした。少し、疲労がたまっている。長旅は初めての経験だったから、そのせいかも知れない。この度の最中にも睡眠はしっかりと取っていたつもりだったが、蓄積した疲労を回復するには休息が足りなかったのかもしれない、とレンは考えながら、ジョセフィーヌと自身の馬の手綱をもう一度握りしめた。
「どうなさいました?」
レンの吐息が聞こえたのだろう、白髪の少女は不意に振り向くと、レンに向かってそう言った。
「なんでもありません。ただ、少し旅の疲れが出たのかも知れません。」
レンは苦笑するように白髪の少女に向かってそう言った。そう言えば、この少女の名前をまだ聞いていないな、と思い当たり、レンはそのまま言葉を続ける。
「そう言えば、貴女のお名前をまだお伺いしていません。」
自分よりも少し年上に見えるその少女はその言葉でまるで街娘の様に戸惑い、少し慌てたようにこう言った。
「ハクと申しますわ。」
「ハク殿。いいお名前ですね。」
レンはそう言って笑顔を見せた。その言葉を受けたハクは、僅かに頬を染めながらこう言った。
「不思議な方ですね。」
「僕が、ですか?」
真っ直ぐにレンを見つめるハクの透き通った瞳を受け止めながら、レンはそう答えた。
「リン女王とは初めてお会いしましたが、まるでそっくり。」
「良く言われます。まるで双子の様だって。でも、僕は孤児ですけれど。」
「孤児?」
不思議そうな表情で、ハクはそう訊ねた。蹄の音が心地よくレンの耳を打つ。
「はい。どのような理由で僕が孤児となったのかは分かりません。けれど、記憶の無い程度に幼いころに黄の国の先代国王に引き取られて、そしてリン女王の召使として仕える様になったのです。」
「悲しい運命ですね。」
ハクは同情するようにそう言った。いけない、余計な不安を与えてしまったか、とレンは考えてから、こう言った。
「確かに両親の顔も知らないことは悲しいことかもしれません。でも、僕は今の生活が気に入っています。だから、悲しいと思ったことはありませんよ。」
レンはそう言ってハクに向かって笑顔を見せた。その笑顔に合わせるように微笑みをこぼしたハクは、直後に、厩舎に着きましたわ、と言った。
一方、別荘に案内されたリンは、玄関ロビーで待ち構えていた人物の姿を見て思わずこう叫んだ。
「カイト王!」
リンにそう呼ばれたカイトは優しい会釈をリンに向けて放つと、こう言った。
「お久しぶりです、リン女王。最近は手紙を書く時間もなく、ご無沙汰しておりました。」
平然と、カイトはそう言ってのけた。その仕草にリンから一歩下がった所に場所を取っていたミクは気付かれない程度に眉をひそめる。芝居だけは一流の男ね。その様にミクの心理に映ったのである。
「本当に寂しい思いをしていたのです。まさかカイト王がお忘れになられたのかといつも不安に感じておりました。」
心から安堵するように、リンはそう告げた。ちゃんと迎えに来たことに対して、カイトの気持ちに変化が無いことを確信したかの様子で言葉を告げるリンの姿もミクの心を妙な具合に冷やして行った。リン女王はまだ幼すぎる。そして、素直すぎる。まだまともな恋愛すら経験していない夢見心地のこの娘に国際政治のなんたるかを理解させるにはまだ早すぎたし、仮にカイト王の腹に含まれている暗澹たる計画を今のリン女王に伝えれば発狂するか、それとも気絶するか、どちらかだろうとミクは思わずにはいられない。黄の国の内政状況が芳しくないという理由も、結局はリンの幼さに由来している部分が相当にあるのだろう。
『リン女王には暴政を行っているという自覚すらないでしょうけれど。』
以前カイト王が緑の国を訪れた時にミクに向かって述べた言葉をもう一度反芻する。確かに、この少女にその自覚はないだろう。ただ、素直に生きているだけだ。裏切ることが分かっているカイト王に対しても、表面上の態度だけで安堵してしまえる程度に、素直に。
「俺が君のことを忘れる訳が無いでしょう。なにしろ、俺の婚約者なのだから。」
カイトは優しくそう言った。その言葉だけで感激した様子で、リンは素直に頬を赤らめながら笑顔で頷いた。やはりカイト王はあたしのことをお忘れになられた訳ではなかったわ。リンはそう考え、もう一度カイト王の青みがかった黒眼を見つめようと視線を動かした時、リンはカイト王の傍に控える武人に気が付いた。白い髪をツインテールにした、褐色の肌を持つ少女である。彼女が持つ紫色の瞳が一つ、瞬きされた。
「カイト王、彼女は?」
リンは思わずそう訊ねた。この時代なら妾の一人でも控えさせていても奇妙しくはない。ただ、たとえ妾であったとしてもカイト王の近くに別の女性がいることに対して好ましい感覚を与える訳が無かった。
「彼女はアク。俺の護衛だ。」
カイトは何事も無かったかのようにリンに向かってそう言った。確かに良く見ると、腰にかなりのリーチを持つ長剣を装備している。それよりも、アクと言う名前、どこかで聞いたとリンが記憶のページを一つ捲ろうとした時、リンの傍に控えていたこちらも護衛のガクポが上ずった声を上げた。
「アク・・殿か?」
普段物静かで冷静なガクポにしては珍しい態度であったが、おかげでリンはガクポのその言葉でようやくアクという名前を思い出した。ガクポの友人の娘で、孤児だという話をつい先日に聞いたばかりであったはずだ。まさかこんなに早くに目的の人物を発見出来るとは思わなかったが。
「ガクポ?」
カイト王の傍に控えるアクもガクポの存在に気が付いたらしい。ただ無表情に、ガクポに向かってそう告げた。
「知り合いか?」
二人のやりとりを聞いていたカイトは不信に感じた様子で、その様に言葉を挟む。それに応えた人物はガクポであった。
「これは失礼つかまりました。アク殿は私の友人の娘に当たります。友人が戦死した後アク殿の消息が掴めなくなり、こうして探し求めておりました。」
「これは奇遇なものだ。ならばアク、そちらの武人と積もる話でもあるのではないか?」
目元を緩めて、カイトはアクに向かってそう言った。まるで大切な娘に向けるような表情で。
「いいの?」
感情の起伏が余りない少女なのかもしれない。無感動にカイトの瞳を見つめたアクはそう言った。
「ああ。」
「そうする。」
アクはそう言うと、ガクポに近付くと、こう言った。
「来て。」
「アク殿、私も貴女にお話ししたいことは沢山あるが、今はリン女王の警護中です。後ほど。」
ガクポは戸惑った様にそう言った。職務熱心であることはガクポの特筆すべき特徴である。そのガクポに向かって、リンはこう告げた。ガクポが長年探し求めていた人物である。旧交を温める時間を与えるべきだと考えたのであった。
「ガクポ、ここまで来れば警備も必要ないでしょう。アクと話してきても構わないわ。」
その言葉にガクポは思わず頭を下げ、そしてこう答えた。
「ご配慮ありがとうございます。では、一旦失礼致します。」
ガクポは感極まった様子でそう告げると、アクと二人、別荘の外へと歩き出した。二人の姿が消え、玄関ロビーの様子が一つ落ち着くと、ミクはその場にいた全員に向かってこう告げた。
「では、リン女王、お部屋にご案内致しますわ。本日は夕刻より晩餐会を予定しております。それまでご自由にお寛ぎください。」
ミクのその言葉に、最後とばかりにカイト王に向かって笑顔を見せたリンは、ミクに案内されて別荘の二階へと歩んで行った。
ハルジオン⑳ 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】
みのり「第二十弾だよ!」
満「ようやく本編復帰だ。」
みのり「まさか特別編を二つもやるとは思わなかったよね。」
満「しかし、今日の午前中に投稿すると豪語しながらこのありさまだ。」
みのり「起きたら昼だったからね。」
満「ということでご迷惑おかけしました。」
みのり「ごめんね。」
満「で、カイトだが。」
みのり「随分腹黒キャラになっているよね。」
満「バカイトの名が泣くぞ。」
みのり「ある意味キャラ壊してるけど、今後どうなるのかしら。」
満「さあ?大体の流れはもう決まっているけれど、書いている内に流れが変わっていくということはよくある。」
みのり「気長に待つしかないね。」
満「そうだな。」
みのり「そういうことで、次回投稿をお待ちください☆今日はもう何本か投稿出来るはずです!それでは!」
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だから、負けたらもうおしまい。
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ゆるりー
(Aメロ)
また今日も 気持ちウラハラ
帰りに 反省
その顔 前にしたなら
気持ちの逆 くちにしてる
なぜだろう? きみといるとね
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暗くて狭い。密閉された空間。逃げられない私は目に涙をためた。
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あー…蒸し暑い…
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