≪スコシ、セイシンノ、ミダレガアルゾ。≫
「乱れ・・・・・・。」
不思議だ。何も無い場所で、何も見えないのに、電気が喋りかけてくる。
≪オマエノセイシンニ、ワズカナ、ヘンカガオトズレタ。イママデダレモナカッタコトダ。モチロン、アレモナ。≫
「私がどうかしたのか・・・・・・。」
≪ミョウニ、シミュレーションニシュウチュウデキテイナイヨウダ。ナニカ、オウモノガアレバ、イッテミナサイ。≫
「思うもの・・・・・・想うもの・・・・・・。」
≪ショクジハマズイカ? ン、ソレトモセイシンアンテイザイカ。アレハヒンノナイアジダカラナ。オマエカラハ、アルテイドノカンジョウハ、ハイジョシテアル。ダガ、ナニカヨッキュウグライハ、アルダロウ?≫
「欲求・・・・・・無い。」
≪デハナゼ? ナゼミダレテル? オマエノキオクニモナンラテガカリガナイ。コンナコトハ、イママデナカッタ。≫
「じゃあ・・・・・・あれは何。」
≪アレ?≫
「あの声・・・・・・聞いたこともない声・・・・・・・。」
≪ソウゾウモデキン。コエ、トハイッタイナンノコトナノカ≫
「分からない。それ以上は・・・・・・・もういい。」
≪イイノカ?≫
「次の・・・・・・任務を。」
≪ソウコナクテハ・・・・・・!≫
◆◇◆◇◆◇
鋼鉄に覆われた中を、無数の声や館内放送、金属音や電気ドリルのモーター音が慌ただしく反響している。明日の実験に向けて忙しなく作業が進められる兵器格納庫の中には、作業衣だけではなく、白衣や背広を纏った人間も紛れ、機材に直接触れる者、クリップボードにメモする者、カメラにその光景を納める者などがいるが、誰もが、始めて目の当たりにする「試作品」に対し、並々ならぬ関心を寄せていることは明白だった。
「そこにいたのか大佐。」
不意に、目の前にランスの顔が現れたが、私は驚きつつも、愛想よく微笑んだ。
「ついに明日だな。こっちの方は順調なんだが、俺はあの二人のことが気がかりでね。アレを見てくれ。俺達が特に力を注いでいるとこだ。」
ランスが視線で示した方向には、空軍が提案した新型兵装の試作品に身に付ける彼女の姿があった。それぞれの役目を持つ何人もの整備員達に囲まれながら、そして網走博士の気遣われながら、アーマーインナーと呼ばれる薄い皮膜を身につけたか細い肢体が、黒鉄の装甲に覆われていく。
「プロジェクト・ブラックエンジェルの要。が、よりにもよって一人の少女とはな。まあ、これも運命って奴か。」
ランスのその言葉で、私の目の前には、自分自身が彼女の運命を狂わせた、あの時の光景が彷彿とした。
「良いではありませんか。それはそれで、彼女は生を紡ぐことができたんですから。」
「結構なこった。あとはこの実験を成功させるだけか。」
「そうですね・・・・・・。」
儚げにつぶやいたその時、鉄の床の上を重厚な金属音が鳴り響き、視線のすぐ先に漆黒の巨大なアンドロイドが現れた。装甲に覆われ、アクチュエーターの駆動音と足音を響かせながら、一歩一歩歩む様は、一見、無機質な戦闘用アンドロイドそのものだが、紅いLEDが輝く頭部の後ろからは艶やかな黒髪が無重力を漂うように揺らいでいるのを見ると、何故か妙な笑いを誘われてしまう。脇で整備員と共に彼女の試運転を見守る父親、もとい開発者の網走博士の姿も、微笑ましく感じる。
「ミク、何か異常を感じたらすぐに言って。」
≪ああ、だいじょうぶ。≫
あれが、明日の実験にて飛行テストを行う予定の新型装甲強化服、AGFスーツ。音速域での超機動に耐えられる、アンドロイド専用に開発されたパワードスーツの一種であり、従来の空中戦の概念を覆す次世代の戦闘兵器だ。
歩くだけではなく、体操をするかのように柔軟な動きに加え、手先のマニピュレーターから細かな仕草まで、彼女の動きは完全にスーツがトレースしている。
次の瞬間、視線の先で漆黒の金属が空中高く舞い上がり、兵器庫の照明を鋭く反射した。着地と同時に発生した地響きが、胸の中にまで響く。
「想像以上の動きですね。」
「先に計測したアレの交感神経データを基に、AGFスーツのシナプス伝達調整をしておいた。神経直結だから遅延はほぼ無いし、駆動系はアレの体と同じ人工筋肉だから本当の意味で体の一部だろうな。」
私は感心を覚えた。彼の説明するスーツの事ではなく、そこまで流暢に説明ができるほど、事が進んでいることに。何もかもが順調かつ想定内なのはクリプトンのお約束か。そう、これから起こりうる、何もかもが・・・・・・。
「実に素晴らしい!」
そう、感嘆の声を上げて彼女達の元に歩み寄る人物がいた。無精髭を生やした顔にサングラスを掛けているが、肌の色と今の声の訛り、そしてこの場に相応しくない派手なセンスの背広から、日本人でないことをすぐに理解できた。脇にもう一人、フライトスーツを纏った体格のいい精悍な顔の男を連れているが、こちらは我々と視線を合わせる気もない、寡黙な男のようだ。しかし、何処かこの兵器庫の中で、異様な存在感を放っている気がした。
「これの開発責任者は誰かね? 現場監督でもいい、すこし話をしたいんだが――」
「二人まとめて居るぞ!」
その時には既に、私はランスとその男の横に現れていた。ランスの耳打ちによれば、どうやら、曰くお得意様の類らしい。
「クリプトンの派遣技術者、ランス・ウォーヘッドだ。アンドロイドと強化人間開発部長を務めている。」
男はサングラスを取り、にこやかな笑みと共にランスの差し出した手を握り返した。
「どうも。ミスターウォーヘッド。私はヨセフ・プリヴォイ。中東圏を中心に活動している軍事事業家だ。今回の件では宜しく。」
「私は現場の視察程度ですが、一応監督の肩書きを名乗らせてもらっています。世刻・エウシュリー・アイル、空軍大佐です。」
私も続いて、彼の手を握り、笑みを作る。
プリヴォイの名には聞き覚えがあった。確か本人の言う通り、中東を中心に軍隊やPMCは愚かテロリストグループまでに兵器類を提供し、更には政界や警察にまで経済的なコネクションを持つ、その道では知らぬ者はいないという兵器ディーラー「PATORIOT」の会長だ。
そんな大物が何故この場所にいるのかは言うまでもない。先日に実施した最初の実験前から、既に海外からも国防やらアンドロイド工学やら、様々な分野の専門家達が足を運んでいるのだ。このような挨拶を交わしたのも、これが始めてではない。
「先のアンドロイド実験でもずいぶん興奮されていましたな。プリヴォイ氏。」
ランスは得意げに言った。
「ああ、あの時、最初にあのアンドロイドを見たときはもう感動という言葉では言い表せん感覚を覚えたよ! 世紀の瞬間が起こった場所に居合わせたとな! あの美しい体にしなやかな動き、もはや人間以上だ。私は今まで拳銃から核弾頭まで様々な兵器を目にしてきたが、あんな物は初めて! もう革命というべきかな!!」
プリブォイ氏は、童心に還ったかのような眼差しで熱弁を振るった。
「お気に召して頂けたようで何より。ウチでもまだ試作段階の代物ですが、近いうちに実用化されるでしょう。そのうち貴方方のお国でも、ご覧になれるでしょう。」
「素晴らしい! 明日は、おたくらの開発している新型戦闘機と、さっきの、パワードスーツ。アレの試験飛行だそうじゃないか。こちらも期待させてもらうよ。」
「それはどうも。」
話が調子に乗ってきたランスとプリヴォイ氏をよそ目に、脇の男は、ただ無表情な顔を続けるだけだった。
二人の会話から外れた私が彼に視線を送ると、彼も視線だけを動かして私を見返した。
その時私は彼の顔を見て、何故彼の存在が異様に感じられたのか、その理由に気づいた。
明らかに私やプリブォイ氏とは異なる浅黒い褐色の肌。それに似合ぬ藍色の瞳。そこから、彼がどこからやってきたのか、絶対にありえないとしても導き出せる答えはひとつだけだった。
「どうした大佐? 呆然として。」
ランスの言葉が介入し、思考がかき乱された。
「そういえば、そちらの方はどなたでしょう。」
訊ねると、プリヴォイ氏は思い出したような顔をした。
「ああ、君は知らなかったのか? 彼はここの基地でテストパイロットをしていてな、彼の父とよく仕事で会っていたもんだから、つい立ち話と洒落こんでてね。大きい声じゃ言えんが、彼は興国の人間でな、最近祖国との関係が悪くなったせいで帰国できなくなっとるんだ。」
納得がついた。この浅黒い褐色肌は、数種類の人種が集まる興国の中でも、ネイティブ系のものだ。
「ふーん。」
ランスは彼のことに対しては、それほど興味を抱かなかったようだ。何事にも興味を向けず、他人との接触に消極的な人間ほど、ランスの興味を引かないものはない。だが私は、彼の存在が気がかりでならなかった。無表情な、まるで無機質のような人物にも関わらず、緊張感がにじみ出ている、という感じがする。
「まぁ、彼自身は祖国に与えられた仕事だと、意気込んでいるようだがなぁ。」
その言葉に、ランスの視線が一気に鋭くなり、言葉よりも先に問いかけていた。
「どういう意味だ?」
次の瞬間、格納庫内にけたたましいサイレンが鳴り響き、驚きのあまり、誰もが手を止めて騒然とした。
「これは、スクランブルか?」
プリヴォイ氏も動揺を隠せず、上を見回しながら言った。
「そうですね・・・・・・興国の領空侵犯機でしょう。最近多いですからね。」
ふと、我に帰って周囲を見回すと、我々の中から一人、姿を消していることに気づいた。あの興国人である。我々に気付かれぬように、蒸発するかのように、その存在を消し去っていった。スクランブルの警報を受けて即座にこの場から立ち去ったようだが、彼はスクランブル要員だったのか、それとも・・・・・・。
◆◇◆◇◆◇
整備員の一人が、僕の目の前に紙コップを差し出した。そこから漂うのは香ばしくも甘い、コーヒーの匂いだ。ミクの方には、ジュースが渡された。
「どうぞ。お二人さん。」
「ありがとうございます。」
僕はミクと一礼して、彼からコーヒーを受け取った。暖かい。紙コップ越しに伝わるコーヒーの温度ではなく、ここに来て初めて、誰かに親切をしてもらったことに、人の温度を感じた気がした。
意志のない機械としてミクを扱うアンドロイド技術者とは正反対に、ここの人達はミクを人間の少女として扱ってくれる。自分の受け持つ戦闘機に愛着をもって、まるで仲間のように接し、丹念に整備をする彼らに取ってミクもまた、愛着を持って接するべき存在なのだろう。整備工の精神がとても寛大でおおらかなのは、そうして自分の仕事に満足感や達成感といったプラス思考を十分に得て、仲間との結束も強いからなのだと思う。
僕は紙コップの熱いコーヒーを少しずつ口に含みながら、パワードスーツの歩行テストに付き合ってくれた技術者や整備員の皆と適当なコンテナに腰を下ろした。彼らは先のスクランブルから話題を起こして、興国との外交など、政治的な内容で話を盛り上げていた。
あのサイレンから、既に一時間ほどが経過している。
領空侵犯措置、スクランブルと呼ばれる任務から、無事に帰還した機体のエンジン音が地下にある兵器格納庫まで伝わってくる。最近は、すぐ隣国の興国との関係が悪くなり、領空に侵入する軍用機も多いらしい。明日は安全な空域で実験を行うから大丈夫だと大佐もランスも口を揃えるが、危険度は否めない。
「ひろき、さっきのあれは、何だ?」
隣のミクが訪ねた。さっきのあれ、とは、スクランブルのサイレンのことを言っているのだろう。
「ああ、なんて言えばいいのかな、時々、ああいうのが鳴るみたいなんだ。」
「そうか・・・・・・。」
モチベーションを崩したことのないミクにしては、気のない返事だった。手にする紙コップの中身は、半分も減っていない。
「どうかしたの?」
「いや・・・・・・。」
ミクは何も語ること無く、椅子を寄せて僕の腕に体を摺り寄せた。これでもう、ミクが何を言いたいのか分かる。
「不安なの?」
「うん・・・・・・。」
「僕も不安だよ。今度の実験だって、何が起こるか分からない。もう君を二度と危険な目には遭わせたくないけど、今度で、今度で最後だから。これを乗り切って、家に帰ろう。」
自然に、僕はミクの肩を抱いていた。ミクも僕も、まだまだ小さい人間だ。僕がミクから希望を得たように、僕もミクが気弱なときは、励ましてやらないと。
「そうだね・・・・・・。」
ミクはため息とつくと、ジュースを一気に飲み干した。
約束通りなら、明日の実験を終えることで、僕達はこの基地から解放され、あとはクリプトンが引き受けてくれる。
今まで本当に長かったが、これでようやく自由になることができる。こんな経験でも終わりがすぐそこまで見えてくると、凡庸な僕の人生の中にも、誰も体験したことのない特別な思い出を残せたのかなと、懐かしさにも似た感情を抱いてしまう。
もう一息だ。
僕も人肌に冷めたコーヒーを一気に飲み干して、気分を切り替えた。明日が無事に終わることを願って。
Eye with you第二十八話「前日」
実は何気にパロディを盛り込みまくる私ですが、この中でもピンと来たようなワードがあるでしょうか?
そういえば、今年はかなりの暖冬ですね。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想