6-2.

◇◇◇◇


「ミク。昨日のドキュメンタリー話題になってるみてーじゃねーか」
「え、そうなんですか?」
 役員会議の始まりの高松社長の言葉に、初音さんが目を丸くする。
 ドキュメンタリーというのは、アイドル卒業後、裏方に回りアイドルプロデュースとマネジメント業に専念していた初音未来の密着取材をまとめた番組だ。
 アイドル引退後、後進の育成に力を入れる初音さんの仕事ぶりにもそれなりに反響があった。……が、話題のメインとなったのは別のところだった。
「あの初音ミクが左手の薬指に指輪してるってよ。卒業から三年も経ってんのに、熱心なファンは細かいところをよく見てるもんだな」
「ああ……。やっぱり公式発表したほうがよかったんですかね」
「オメーはもう一般人だから、必要ないって思うなら必要はねーよ。でもま、ファンだった人たちに応えるべきって思うなら会社のSNSで公表してもいい。なんなら報道陣向けに電報を打ってもいいぞ。どうするかはオメーに任せる。……ホンモノのファンなら、初音ミクと結婚したのが執事長だって知ったら納得するとは思うけどな」
「うーん……それはどうですかね」
「あのな。当時からネタにされてたんだぜ。『執事長なら仕方がない』ってフレーズ、ミクと奏も覚えてんだろ」
「そういえば、そんなのありましたね……」
 苦笑する初音さんに、会議に出席していた他のみんなも笑う。
 僕も苦笑いをするしかない。
『執事長なら仕方がない』というのは、未来が現役の時に流行ったフレーズだ。
 初音ミクの隣に男が立っていたら?
 ーー執事長なら仕方がない(他の男は許されない)。
 初音ミクが男にハグしてたら?
 ーー執事長なら仕方がない(他の男は許されない)。
 初音ミクが最高の笑顔を向ける相手がいたら?
 ーー執事長なら仕方がない(他の男は許されない)。
 ……これはマイルドな方だ。このもっと過激なパターンでさえ、『執事長なら仕方がない』という、僕自身からすると意味不明な理屈が成立するらしい。意味がわからない。
 ……いや、初音未来と結婚した僕がそう言ってはいけないんだろうけれど。
「ま、それはいいわ。好きにしな。で……オレはさ、そろそろバンドを再開してぇなって思ってんだ」
 役員会議の席でポツリとこぼした高松社長の言葉に、初音さんーーもう未来と呼ばないといけないな、と何度も思うのだけれど、どうもクセが抜けないーー未来は少し考える。
「昔のメンバーが全員そろうのですか? それとも、新しいメンバーで?」
「いいや、昔のメンバーだよ。だけど、キーボードの矢島とベースの前田だけ。ドラムの木場は交通事故にあっていまは車椅子なんだと。だから代わりも探さなきゃなんねぇんだけど」
「まあ、五木さん管轄のバンドのメンバーから誘うこともできるでしょうし、普段アイドル部門のライブのときにお願いしている鹿島さんに依頼もできますし、そこはなんとかなるんじゃないですか? 社長はなんだかためらいがちですけど」
 未来の指摘に、高松社長は短髪にした金髪をかき上げる。
「いやまあ、なんていうかさ。ここまで会社の規模が大きくなっちまうと、オレもどうにも身動きがとりにくくなるしよ。実際のところ、当時のオレのバンドはそこまで売れてたわけでもねーし、正直、再結成なんて銘打ったところでウチに所属しているヤツらほどの集客力もねぇ。オレが練習に割ける時間もたかが知れてる。……ぶっちゃけていやあ赤字になるってわかってることだかんな」
 役員会議に出席しているのは、高松社長と未来と僕の三人の他には、ロックバンド部門の五木さんとタレント部門の伊勢さんだった。
 着服の一件以降、大きな金額が絡むことに対して高松社長はやや消極的だ。会社規模が大きくなったこともあって、赤字は自分が損をするというだけでなく、皆を路頭に迷わせるものだという責任もまた大きくなってしまったからだ。
「うーん、そうですねぇ。……じゃ、高松さん。この際、社長を辞めちゃいましょう」
 ミクは両手を合わせ、なんてことなさそうに爆弾発言をぶち込んできた。
 当然、本人以外は騒然とする。
「ちょっと、なんてことを言うんですか!」
「そうですよ。高松社長に対して失礼ですよ!」
「ミク。オメーも大それたことゆーよーになったもんだな」
「あれ、みなさん反対ですか?」
 みんなの当然の言葉の数々に、キョトンとして尋ね返す未来。僕は頭を抱える他ない。
「未来……もっとちゃんと説明してくれない?」
「え。説明があったほうがいいですか?」
「いや、未来の意図はまだ誰もわかってないよ」
「え、あれ?」
 未来はそれだけの説明で本当に伝わるものだと思っていたらしく、みんなのリアクションに驚きを隠せなかったらしい。
「ええと、高松さんにバンド活動を再開してもらうとして、そうすると社長としての業務が一番余計な仕事です。その煩わしさをなくすには、高松さんには社長職を辞していただいて、顧問か相談役か……とにかく、責務から開放されるのがベストだと思うんです。で、自由にバンド活動をしていただくとして、赤字を想定するのなら、高松さんのライブと、その練習に関わる費用を特別予算として組み込みましょう。特に問題にはならないはずです。高松さんのこなせる曲数にもよるかもしれませんが、合間に五木さんとこの子たちをゲスト出演させるとか……。集客がどうしてもネックになると言うなら、最終手段としてウチのオールスターみたいなライブにするっていう手もありますし」
「ああ……なるほど。そーゆー手もあるか。それならナシじゃねーかもな」
「高松さんがライブやるんなら自分も一緒に出たいっていう子、結構多いと思いますよ。それに……高松さんのライブがムダ金だって、そんな風に思う方がいるなら……残念ですがその方にはこの会社からは去っていただきましょう」
 未来はそう言って肩をすくめる。
 それを聞いていた社長を含めた全員が、未来の言葉に目を丸くする。
「……」
 高松社長に社長を辞めてもらうというのは、一にも二にも社長にバンド活動を真剣にしてもらうための方策だった。
「問題は誰が社長を継ぐかですよね。高松さんの意図をその都度汲むことができて、かつトータルでの赤字が出ないようにコントロールできる。そして業界内でもある程度は顔が利くであろう人物……。とはいえ、これは高松さんが信頼できる人を選んでもらうのが一番なので、この案を承認いただけるなら、高松さんに決めていただくのがいいでしょう」
「お、おう。そうだよな」
「あとは、会社を上げて高松さんのバンドの再結成をやるなら、ドラムの木場さんにも是非来ていただくべきです。車椅子でドラムセットの全てはできなかったとしても、スネアドラムだけでも参加していただくとか、なにか方法があるハズですよ。車椅子くらいで輝くチャンスをフイにするのはもったいないです」
「ミク、オメーはそこまで……」
「高松さんにはこれまでずっとお世話になりっぱなしですし、高松さんにやりたいことがあるなら、やれるようにボクもサポートしたいですよ。当たり前じゃないですか。実際にやるなら、もうちょっと詰めなきゃいけないこととか、ボクたち各部門の売上をもうちょっと上げなきゃとかあると思いますけど。でもまあ……そこは奏がなんとかしてくれるでしょ」
 急に投げやりな発言をする初音さんに、僕は思わず口を挟む。
「ちょっとちょっと。なんで大事なところで僕に丸投げするのさ」
「なんだかんだ言って、ボクたちはそれぞれの部門の仕事でいっぱいいっぱいだもん。追加で高松さんのマネージャーをやるなら、奏しかいないんじゃないのかなぁ。若手にやらせるわけにはいかない……てゆか、ウチで一番優秀な人をつけないと意味がない」
「そう言われたら確かに……いや、僕より優秀な人はいると思うけど」
「あっはは! 奏が一番だよ。決まってるじゃん。一番厄介だったボクが言うんだから間違いないって」
「……」
 パタパタと手を振りながらそう言う未来に、全員が黙り込む。みんなの顔にはありありと納得の表情が浮かんでいた。
「ちょっとみんな、やめてよ。自覚してるんだからせめて笑ってくれないと」
「はは……」
 ショックを受けた未来の言葉に、僕だけがかわいた笑い声をあげた。
 しかし、この雰囲気からして、僕が高松さんのマネージャーをやるのは確定になりそうだ。本格的な活動がいつからになるかはわからないけれど、そうなると早いところ今の自分の業務を任せられる人を用意しなくてはならないな。
「と、ゆーことでいかがでしょう。高松さん」
 未来は両手をぱちんと鳴らしてあっさりと切り替えると、未来はさっきの自虐ネタをなかったことにする。
「あ、ああ……。その、そりゃ願ったりな提案じゃあるけどよ……。お前らもわかってんだろ。ロックバンド一つを本格的に活動させようとしたらどんだけカネがかかるかーー」
「ーーひ、か、り、あ、れー!」
 未来は立ち上がりながらそう叫び、高松さんの言葉をさえぎる。
 彼女はこのフレーズが気に入っているらしい。デビュー前の子たちに発破をかけるときなんかに、よくそう叫ぶ。でも、目上の人にそれをやるのはこれが初めてだった。
「ボクはね、後輩だけにこれを言うつもりはないですからね。輝ける人をそのままにしておくのは、ボクの沽券に関わります」
「沽券の問題なのか」
「そーやってボクのせいにしとかないと、変な遠慮をして輝くことを避けようとする人もいますからね。ボクの沽券に関わるってことにしとくんです。……ついさっき予算を言い訳にした人がいたみたいなことが無いようにね」
「ぐっ。言うようになったじゃねーか、ミクよお」
 痛いところを突かれてうめく高松さん。
「……ボクらは、高松さんが居たからここにいるんですよ。高松さんに恩を返せないなら、この会社に在籍してる意味がない。ボクは、高松さんにこれまでの恩返しができるなら、なんだってやります。費用の問題なんかは、奏が考えればいいんです」
「おい」
 思わず突っ込む。
 いいセリフだったのに。最後の最後で台無しになったぞ。
 ……とはいえ、それでも十分、高松さんのハートに火を点ける力はあったみたいだ。
「じゃ……悪いがテメェ等全員、オレのやりたいことに巻き込ませてもらうぜ」
「ま、ミクさんの言うとおり、社長がやりたいことをやるための会社がCreatePrimeで、社長のやりたいことを実現するために我々がいるようなもんですしね。お金の問題は奏君に任せていいとなれば、反対する理由がありませんな」
「ちょっと五木さん!」
 両手を後頭部に回して、五木さんが気楽そうに笑う。
「確かに、会社規模が大きくなってからの社長は窮屈そうにしていらっしゃいましたし、やりたいことがあるならそれに越したことはないですね。社長は楽しそうにしているのが一番ですよ。色んな手配は奏さんがやってくれるわけですし」
「伊勢さんまで……ウッソだぁ」
 笑うみんなに囲まれて、僕はうなだれる。
「なんだ奏。テメーはオレと仕事すんのがヤだってんのか?」
「そーゆー話じゃないですよ。責任の大きいものを全部まとめて僕に押しつけてくるのがヤなんですよ。高松さんの仕事をするなら、今の業務は全部他の人に割り振りらせてもらいますからね」
「ンだよ、そんなことか。それくらいはどうとでもなるだろ。ええと……オメーが今抱えてる業務はなんだ?」
「アイドル統括の秘書と財務周りの承認と、マネージャー業務の統括です」
「財務か……」
「え、ボクの秘書は続けてもらわないと……」
 高松さんの声のトーンが下がり、未来も困ったように声を上げる。五木さんと伊勢さんも押し黙った。
 ……ほら見たことか。
「奏」
「はい」
「特別ボーナスを出す。だから……頑張れ」
 高松さんは苦虫を噛み潰しまくったような渋い顔で、鬼畜な宣告をした。
 それが意味するところは、言うまでもなく「今の仕事にプラスで高松さんのマネージャーをやれ」ということだ。
「奏君。よ、よかったね」
「奏さんは働き者ですね」
 そう言うものの、五木さんも伊勢さんも視線をそらしてどこか明後日の方を見ている。
 僕の目を見て答えなさいよ。
「奏。ボクは奏じゃないと本当に立ち行かなくなっちゃうから、お願いだよ」
 さっき高松さんのマネージャーをやれって言っておいて何を言ってるんだよ。
 みんな好き勝手言いやがって。
「もうやだこの会社……」
 僕は目の前のテーブルに突っ伏し、そう愚痴をこぼすことしかできなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Prhythmatic 6-2 ※二次創作

6.
今回のテーマは「幸せな話」でした。
「ハッピーエンドを劇的にするためにいったん絶望に突き落とす」ということを否定できないか(キャラクターが可哀想じゃね?)という考えのもと、感情曲線を無視するみたいな、常に上に振り切ってる物語を書けないかな、というのがスタートでした。

「針降る都市のモノクロ少女」でやり遂げた感覚が強すぎて、最後に書くならそんな幸せな話にできないかな、みたいな感覚があったので。

……これまで可哀想な話ばっかり書いていたから、贖罪の意味もなくはない(小声)。

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投稿日:2021/12/31 20:09:49

文字数:5,197文字

カテゴリ:小説

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