俺はソード隊の出撃を確認した後、総合指令室へ入った。そして自分の席へ座る。
任務へ就く部隊の指揮は大体AWACSの仕事。俺はそれに指示を下すいわば作戦指揮官だ。
こうしてそれぞれ目の前のモニターに向かっているオペレーターや、部屋の中央に投影されているこの基地の周囲の空域の情報を表示しているホログラムモニターを見下ろし、作戦に向かった部隊を見守っている。
ふと、俺は自分の席の位置への階段を上ってくる足音に気付いた。
「世刻司令……何の御用でしょうか。」
世刻司令は滅多にこの部屋に来ることはない。
俺より忙しい事務仕事のせいかいつも個室から出ることはなく、俺もその姿を見ることは少ない。
そのため謎が多く、いつも口元にほのかに冷笑を浮かべていることも加えてかなりミステリアスな人物なのだ。そして、その口が静かに動いた。
「神田少佐。彼方に見せたいものがあります。ついて来なさい。」
「しかし、今はソード隊の……。」
「大丈夫です。指揮はゴッドアイに任せるようにしてあります。」
「分かりました。」
司令の言葉で俺は椅子から立ち上がると司令の後について行った。
◆◇◆◇◆◇
指先でタッチパネルの兵装コントロールを操作し、各ミサイルの弾数を確認した後セーフティを解除する。そしてAIM-240アムラームミサイルを選択する。これで後はレーダー射程内まで敵に接近してからロックオンし、発射ボタンを押すだけだ。
レーダーに表示された敵影は完全に俺達に背を向けていた。つまり俺達は敵の背後を取っている。しかしまだ敵は俺達の存在に気付いた気配はない。俺達の機体の速度ならすぐに目視できるところまで接近できる。
敵は見たところ二十四機。爆撃機編隊を護衛機が取り囲んだ形だ。
<<ゴッドアイからソード隊へ。前方に敵爆撃機編隊を確認したか>>
「レーダーでは確認した。もうすぐ最後尾の敵機にミサイルの射程が届く。」
<<護衛機には構わず、爆撃機の撃墜を優先せよ。以上だ>>
「ソード1了解。」
<<て言うか、何でいきなりあいつら俺達の基地に攻めてくるんだ! ま、そのおかげでまた撃てるんだけどな>>
「ソード2、私語は慎め。射程到達まで、残り三十秒。各機、攻撃準備。」
<<ソード3、了解。空対空モード準備>>
<<ソード4、交戦>>
<<ソード5、攻撃準備完了>>
<<おっと。ソード2交戦!>>
そしてミサイルの射程に敵機が入ると同時に、ロックオンを示すアラーム音が鳴り出した。
「攻撃開始!」
俺は発射ボタンを押した。ウェポンベイが開き、ミサイルが解き放たれた。
◆◇◆◇◆◇
司令につれてこられた部屋は基地のさらに地下深く、薄暗い廊下を一分近く歩いた後、カードキーが必要な警戒扉の中だった。
中はあまり広くなく、天井は低い。照明の類は小さなライトが二つ取り付けられているだけだった。
ただしそこには様々な電子機械類が部屋一面に置かれそれのモニターが部屋中を煌々と照らしていた。しかも総合指令室にあるものとは遥かに高性能のものと見られる。
「ここは……何のための部屋なんです? このような所があるとは私も知りませんでした。」
「まぁ、そう焦らずに。見ていれば分かりますよ。」
そう言うと司令はモニター手前にあるキーボードのキーを数回叩いた。するとモニターの前の壁一面が光りだし何かの映像が映し出された。それは今、ソード隊が飛行している空域の映像だった。
司令のキーボードの操作にあわせて映像が拡大された。するとそこにはソード小隊へ撃墜を命令した爆撃編隊とその護衛機が表示された。それだけではなく、その機体の詳細な情報、兵装から燃料まで手前のモニターに全て表示されている。しかもキーボードの横にあるインカムからは敵機の無線と思われる音声が流れていた。
「なかなか高画質でしょう。宇宙からでもこの美しさ……。」
「いつからこのような装置が……やはり例の企業の提供ですか。」
「その通り。この基地の建造と共に極秘裏に作らせたのです。」
「これも情報収集のためにですか。」
「そう。AWACSとのリアルタイムデータリンクで全てここに筒抜けです。ゴッドアイにもそのために特殊レドームを取り付けました。それに、敵の情報なんてオマケです。本題は……。」
そう言いかけると司令がまたキーボードを叩いた。
「これでしょう。」
今度はソード隊の映像を映し出された。
「これは!」
俺は驚きのあまり声を発した。
手前のモニターにはソード隊の機体の詳細な情報だけでなく、各パイロットの心拍数、呼吸量、脳波をはじめとする様々な身体情報、さらには精神状態までもが表示されているのだ。しかしその中にはミクのものはなかった。
「ソード隊隊員の脳内にあるナノマシンは機体とのデータリンクのためだけにあるのではありません。本来はこうしてここに情報を送信するためにあるのです。AWACS経由ですがね。」
「彼らはそのことを知っているんですか?!」
「知っているわけないでしょう。彼らに違和感なく戦ってもらうには余計なことは教えないほうがいいものです。実際、彼方に伝えるかどうかも迷ったんですよ。」
「昨夜の戦闘、そして先のタンカー事件の時も……。」
「全てここで見させてもらいましたよ。一緒に情報収集もね。」
巨大な壁一面のスクリーンに少し視線をずらすと、敵の爆撃機編隊がその数を見る見るうちに減らしていくのが見て取れた。
「ここで得た情報は、やはり……。」
「まだサーバーに蓄積しておいて、すべての過程が終了したら向こうに渡します。いやぁ、しかしたったこれだけの事で我が軍に新装備を提供してくれるとは。」
「このスクリーンの映像も、あの企業から授与された新型衛星からですね。」
「まだまだ、頂いた物はいっぱいありますよ。他の軍にもね。とにかくこの計画が終了するころには我が軍は更なる軍備の拡大、そして日本に対する脅威は無くなっているわけです。」
「……興国の軍部はこの事を知っているのですか?」
「もちろん知りません。ただ日本に宣戦布告したりしないように扇動者がうまくやってくれているようですよ。おかげでこの計画を極秘に進められます。」
「その扇動者というのが……。」
「そう。我々にこの計画を依頼した、クリプトンの使者です。」
「これからどの程度やるおつもりですか。」
「期間はほんの一ヶ月。うまくいけば十月前には終わってくれます。」
「そう、ですか。」
「彼方には一応この部屋の存在を伝えておきたくてね。まぁ特に意味はありませんが。ここは一日中稼動していますからね。情報収集なんて機械が勝手にやってくれます。」
「……。」
「そうそう。ついでといっては何ですが、明日には兵器開発局から呪音キク、殺音ワラ、病音ヤミ、タイトの装備が届きます。明日中に飛べるようにしておいてください。」
「はい。」
「それともう一つ。三日後にここの警戒空域のCエリアに日本防衛海軍の空母艦隊が到着します。ここの空域の警戒を強化するために、例の新造艦のね。」
「雪峰、ですか。そこでもやはり……。」
「ふふ……ちょっとしたイベントがあるかもしれませんね。」
◆◇◆◇◆◇
レーダーからは敵影が全て消え去っていた。
不意を突かれ、背後から襲いかかったミサイルに為す術も無く火の玉となって海中に沈んだ爆撃機。
それを護る暇も反撃の暇もなく同じく火の玉となった護衛機。
いきなり背後から攻められた爆撃機編隊は俺達の手によって一瞬で海の藻屑と化した。
<<ずいぶんと簡単なもんだ。人殺しってのは>>
麻田が何気なくつぶやいた。確かに日本の軍が戦闘で敵機を撃墜したということはない。自衛隊時代にももちろんなかった。だが、俺達は昨日に続いて今日も人間の命を奪った。
<<何故興国はこんな行動に出たんだろうか……わざと犠牲を増やしているようにしか思えない>>
と、気野も呟く。
<<敵がいればみんな倒すんだ。敵はみんなそうやって死んでしまえばいい>>
<<ミクは血の気が多いな>>
<<ミクちゃん……?>>
時々ミクの発言は殺気じみたものがある。昨夜の戦闘もミクは司令部の指示を待たずに独断で勝手に敵機を撃墜した。
今の戦闘ではミクは敵機のコックピットにレールガンを撃ち込んでいた。ミクには敵に対する怨恨を持っているのだろうか。
いや、もしかしたら俺達と同じように戦闘時に何か特殊な興奮状態になるプログラムがあるかもしれない。
とにかく、興国がこのような行動に出てしまい、その上日本が武力を行使しそれを阻止したとすれば両国の衝突は免れない。もう、日本が宣戦布告を受けることは火を見るより明らかだ。そうなれば、またこのようなことが起こるだろう。何度でも。
<<ゴッドアイからソード1へ。敵機全機の撃墜を確認した。作戦終了。基地に帰投せよ>>
<<了解。ソード1……帰投する>>
俺は願った。もうこれっきりにしてくれと。
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