10.黄色の郵便飛行機

 島の空に双発機のプロペラ音が響いた。
 鮮やかな黄色に塗られた飛行機が、島の広場をぐるりと旋回した。
 広場で遊んでいた子供たちが空を見上げ、わあっとはしゃいだ声を上げた。
「レンカちゃーん! レンカちゃーん!! リントが帰ってきたよー!」
 広場の一角から狭い石段を駆け上がり、医者の店構えに向かって、子供たちが走る。白い石段はところどころすりへって丸くなっており、躓いて膝をぶつける子供もいるが、埃だらけの膝を払うこともなく、子供たちは医院を目指す。
「レンカちゃん!レンカちゃん!」
 医院の青い木の扉をどんどんと叩いたその時、扉が内側からそっと開けられた。治療を終えた老人を、レンカが見送りに出るところだったのだ。
「ユーリさん、気をつけて……」
 送り出された老人は、ゆっくりと石段を広場に向かって下っていく。老人の影がイチジクの木の向こうへ消えたころ、レンカはふっと視線をおろした。上気した顔の子供たちが、レンカを見上げている。
「レンカちゃん!」
 子供たちはうずうずと胸元で拳を握りしめ、足踏みをしている。すぐにでもレンカを引っ張って広場に駆け降りたいという勢いだ。
 レンカは、やわらかい笑みを向ける。
「聞こえたわよ」
 子供たちの顔がぱっと輝き、そのまま彼らはわあっと石段を駆け下りて行ってしまった。
「レンカちゃん!」
 石段の途中で、レンカが降りてこないことに気づき、子供の一人が振り向いて叫ぶ。
 レンカは医院の中を振り返った。医師のパウロが頷いた。
「私宛の郵便がないか、探してきてくれ」
 医師の気づかいに、レンカは礼を言い、ゆっくりと石段を降りはじめた。広場から、風が海の香りを伴ってザァッと石段を吹き抜けた。白い壁の家の角、緑のイチジクの木陰が、光をはらんでひらひらと揺れた。

         *         *

 小さな島に、飛行機は降りることはできない
 大陸から届く島への郵便は、パイロットがパラシュートをつけて広場に投げ落とすのだ。
「危ないから下がって!」
 月に二度ほど島にやってくる郵便飛行機は、子供たちにとっては憧れの存在である。興奮した様子で広場に駆けこもうとする子供たちを、追いついたレンカが腕に抱き止め引きとめた。
 5、6歳ともなれば、興奮した時の力も相当なものだ。レンカは腕に二人の子供を捕まえ、その子らの年下のきょうだいを招きよせ、じっと広場を見つめている。
 飛行機がちらっと翼を振った。それを合図に、広場の教会の鐘が鳴りだした。
 からんからから、からんから、と独特な節をつけて鳴らされるそれは「郵便飛行機到達」の合図である。
 どこからか集まり始めた人々が固唾を飲んで見守る中、真っ青な空に真白なパラシュートが放り出された。
「きたあっ!」
 子供たちの声に、レンカは腕に力を込める。確実に落下するまでは、無鉄砲なガキんちょ達を広場に駆けよらせるわけにはいけない。
 パラシュートは三つだった。袋がふたつ、木箱がひとつ。袋には郵便物などの書類、木箱は、パウロの医院で使用する薬品などだ。瓶入りの薬品はさすがに船で運ばれる。飛行機でやってくるのは粉末や原材料の状態の薬の素、そして大陸の医学書の類である。
 島の医師パウロは、最近往来が増えた郵便飛行機を利用して、大陸の最新の医療の情報を仕入れているのであった。
「医療は時間勝負だ。そして飛行機は速い。リントも荷物が手紙だけではつまらんだろう」
 そして、レンカは、郵便飛行機が来る日は必ず、空を見上げることが仕事となった。

 どさっと荷物が広場に着地し、パラシュートが石畳にふにゃりとたぐまった。
 レンカたち大人が近寄り、パラシュートを外し、荷物を取り出していく。小包の宛名がどんどん読み上げられ、目的の人の手に渡っていく。この場に居ない者の荷物は、近所の者が引き取って届けて行くのが習わしだ。
「医院の荷物、今回は重いな」
 レンカが抱えるだけ荷物を抱えると、その残りを手すきの男たちが拾い上げた。
「うん。いつもありがとうね」
 レンカが頷く。髪をひとつにくくった真白なリボンが、金色の髪の上で揺れた。これだけは幼いころから変わらない、レンカのトレードマークだ。
 レンカが両腕いっぱいに持てるだけの荷物を持ち、残りを男たちが持ち、かれらは医院への石段を登り始めた。
「レンカちゃん!」
 と、レンカの背中へ、幼い声がかけられた。
「おてがみがあるよ!」
 レンカの足が止まる。ふりむくと、子供たちが、葉書をひらめかせて石段を上がってきた。
「『元気か? 空はつながっている! リントより』だって!」
「タリム、字、読めるようになったんだね」
 両手のふさがったレンカのスカートのポケットに、タリムと呼ばれた子供がぐっとリントからのハガキを押し込んだ。
 そのままじゃあねと仲間を引き連れて遊びに戻っていく。
 レンカはふたたび石段を登り始めた。
「空は、つながっている、か」
 他の荷物を担いでいた男たちは医院にたどりつき、パウロに荷物を受け渡している。
 見上げる先の空に、黄色の双発機の姿はもう無く、真っ青な空に真白な雲が音もなく走るのみだった。

         *         *

 レンカが飛行機から受け取った荷物を医院で整理しているころ、同じく書類を受け取った島の役所は騒然としていた。
 近頃は確実性も増した郵便飛行機は、素早い情報のやりとりを必要とする場合にも使われる。島の国の中で、そして島の国と大陸の国において、郵便飛行機による書類のやりとりは、主な連絡手段となりつつあった。

「大陸の国と『奥の国』で戦争が始まる……」
 島の市長と重役たちが、市庁舎の一室に会し、本日届いた書類の内容に顔をしかめていた。
「ついては」
 市長が眉をひそめて言葉を吐きだした。
「『大陸の国』と『島の国』の同盟規約により、防衛拠点となる島の国の島々には、大陸の国の軍が駐留する。島の国には、部隊への宿舎と生活物資の提供が要請されている」
 この島をつかさどる一同が重く押し黙った。
「……この島にも、『大陸の国』の軍が駐留する。期限は未定」
 重い空気の中、市長が書類を読み進めた。
「……駐留部隊の到着は、二週間後」
 美しい翠の広がる島の夏。まぶしい日の光の中、石造りの庁舎の部屋は、暗く重く沈んでいった。


つづく!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

滄海のPygmalion 10.黄色の郵便飛行機

リントくんには飛行服と黄色の飛行機が似合うと思う。
青い海、白い雲、ちょっと昔の飛行機という萌。

発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp

空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion  http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^

閲覧数:167

投稿日:2011/06/12 13:53:02

文字数:2,656文字

カテゴリ:小説

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