アドレサンス1.Au revoir




「…え?」

ハンマ―で後頭部をなぐられたような衝激がむねを突く。体が動かない。まるで初耳の外国語を聞いたように、ただいま聞いた言葉の意味が理解できない。頭の回転が速くならない。
原因は先程、部屋に戻って来た相手が取り出した一言。

『寝に来たんじゃないよ。お休みと言いに来ただけ。』

今日はあたしたちが生まれたから14年目の誕生日だった。ベッドの上には、少女が誕生日プレゼントでもらった大きなクマのぬいぐるみがそのなごりを証明するように座って二人をじっと見ている。
それはあたしたちのためな日。祝福の日。毎年末たびに訪される最高で、幸せで、浮き立つの日。その余韻を抱いて、パーティーが終わったら二人の部屋に戻って、枕を抱いて誕生日を完全に過ごすまで二人で楽しくとりとめもない話をしてーそれから眠るのが毎年の誕生日にして来た二人だけの年中行事。
今度も当然そうだと思っていた。クマのぬいぐるみを抱きしめ、ベッドの上に座ってレンを待つまでにしても確かにそうするつもりで、ドキドキしながら待っていたはずなのに。そうだったのに、非常に当たり前の事だったのに。

いつもよりずっと遅く戻った分身が、パーティーの時とはあんまり違う冷たい顔で言い出した言葉はエンドルフィンをすっきり飛ばしてしまう。

「言葉とおり、だよ?かなり直說的に言ってると思うけど」

少女と同じ緑眼が見抜くように彼女を直視しながら、相変わらず平気な口ぶりで言っている。
狭い部屋の明かりはまだ消さなかったが、巨大な屋敷の廊下や他の部屋の明かりは全部消した先であった。部屋に入ったものでもないし、廊下に立っているのもないドアの合わせ境目に立ってる少年の瞳だけが背にしてる闇の中、猫のように光ってる気がした。

「下の階左側廊下、三番目の間。あそこが今日からオレの部屋になった。リンは誕生日プレゼントであの人形を、オレは自分の独立な空間をもらったってこと」

はっとこの間空き間一つを修理し、家具を入れる姿を何回見たことを思い出した。
が、ただ客室にすると思ってちょっとしたことで流していたのだ。

「父さん…と、母さんが、決めたの?」

駄駄をこねるとかイヤだと泣いてしまうとか枕を投げるとか。どんなことでもその気になれば今すぐでも出来たが、その前最後に確認する気持でリンは白いワンピースの裾をぎゅっと握りながら尋ねる。
少年の答えはすぐ来なかった。ただ何も言わず静かに、変わらない視線で彼女を見下ろすだけ。それを肯定だと受け入れた少女は歯を食いしばった。

「なんで?どうして?あたしたちの意見も聞かずに、勝手に…」
「ーオレが決めたよ。プレゼントで何が欲しいと聞かれたとき、オレだけの部屋がいるって」
「…!」

怒りの矢を親に回す少女に投げられる言葉に、胸の中なにかが凍りつく音がした。少女はあやうくかたずを呑んだ。
徐に少年の顔を見上げる顔が、先程聞こえた言葉がただ不安からの幻聴だと願うように彼を見ている。しかし口はつぐんでいるが本の少しの優しさも見せない冷たい顔が、ただいま彼女が聞き誤ったと望んでるその言葉を言い捨てた本人だと知らせてる。
闇を背いたまま彼女と同じ顔で同じ色の瞳がじろじろ彼女を眺めている。

どうしてだろう。

彼のことを一番よく知ってるのも、瞳だけで少年の考えを読めるのも、同じ感情を共有しているのも双子である自分ばかりの特権だといつも思ってた。そして当然、あたしのことを一番分かっている人はレンだと、彼女は今、この瞬間まで己惚れていた。その点についてはほんの少しの疑問も抱えたことがないのに。

なのに、いまは。
あの瞳越しにレンが一体何を考えてるのか、どうしても読めない。

私は一体何だと反応すればいいんだろう。凍りついた空気をあたため、いつもの雰囲気で"冗談がやりすぎ"と言おうか。だけど、決して冗談なんかを言ってるのではないあの顔に、そんな風に目をそらしても何も解決されない。多分少年はまっすぐに彼女を現実に連れて来るのだろう。
だったら?イヤだと泣いちゃおうか?状況把握が完全になった今、いつもと同じくわがままを言おうとするといくらでも出来る。レンは優しいから、誰よりもあたしに優しいから。あたしが泣きながら頼んだら拒否なんて出来ない。だけど優しいだけにレンは冷ややかな部分もあり、何か確実に決めた事があったら彼女がどう出しても決して叶えてくれない。特に、今のような状態なら、もっと。

かちかち、時計の秒針が躊躇う時間を嘲るように決まった音で動いてる音だけが寂寞な部屋の中に鳴らしていた。そんなに空しい時間を流してから投げる質問は、まことにあほらしいものだった。

「…レンは…あたしと、同じ部屋使うのが……。やなの?」

ぎゅっと、ワンピースの裾を握っている手に力がもっと強く入って行く。プレスをしたばかりで新しいもののようにしわ一つも寄っていないスカートが、一週間寝転びながら着たようにくちゃくちゃになって行く。
それを見られないわけがない少年だったが、彼女の反応に対する返事はもう用意している。今までどうやってこの言葉を少女に伝えるか何日を悩みながら、少女が見せるいろんな反応に対する対応も考えておいたから。

「オレたちももうこんな年だから一緒のベッドで寝るのはよくないし。むしろ遅れたとおもー」
「そんなの聞いてるんじゃないのっ!」

きゃっと大声を出しながら言葉を切ってしまうリンに、反射的に肩がはっと震えた。必死に涙を呑んでいる少年の分身が、光がこぼれる部屋のなかに立っている。
その表情に、何回も一人で練習し覚えてた、用意したせりふがよく出ない。
リン、今君がするコトが、僕にどんな意味で近付くのか知ってるー?

「一緒にいるのがやなの?あたしと話すのがやなの?一緒に寝るのがイヤなの?」

言わば、これは殺人的なルーレットのゲームなのだ。サーカスでピエロたちが繰り広げるのではなく、本当の闇の賭場で命をかけてする残酷なロシアンルーレットゲーム。
いま少女は、少年のいる筒の忍耐の穴を一つずつはっきりと短剣で突いている。あれがビンゴを抜く瞬間、忍耐は底を現わし割れてしまう。
だからお願い。これ以上はー

「リ……」
「あたしは今、」

少年がしばらく黙っていた間の意気込みで言葉を出していた少女が一度大きく息をした。それから屋敷で眠ってるのであろう人々を全部起してしまうんじゃないかという大声で力の限り叫ぶ。

「ーあたしが嫌いになったのか聞いてるのよ!!」

ー…これ以上は僕の忍耐を刺激しないでくれ。

かちかち, 時計が 11時 48分を示す。
大きい瞳のぬいぐるみがベッドの上の垂れ下げたカ―テン越しにこちらをじっと眺めている。
子供部屋らしくあれこれ種類別で揃ったおもちゃたちがフロアの上に散らかっている。

一度大声を出し終わったら言いたいことがこれ以上ないなのか、リンは緊張しそうな顔で呼吸しながら答えを待っているだけだった。

『14歳の誕生日プレゼント、何が欲しいんだい?』

涙が溜まるリンの瞳を見ると、何だろうか。ふと誕生日が近付く何週前に優しく尋ねてた父親の音声が聴こえてくる。

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アドレサンス1.Au revoir(上)

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投稿日:2009/04/11 14:01:11

文字数:2,997文字

カテゴリ:小説

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