「この、“はっちゅーね”というのは、誰だ」
暦君はそう思った。

「おれ、寝ぼけて変な名前を登録したかな」
さっきの変な車内アナウンスといい、ほかの乗客が皆、ぐっすりと眠り込んでいることといい。
「変だなぁ」

そう思いながらも、どうも落ち着かない。

そろそろ、次の駅が近づいてくる。
彼が降りる駅は、あと3つ先だ。

さっきは変なアナウンスが聞こえたくせに、今度は次の駅名のアナウンスがない。

「この電車の車掌も、ねぼけてるのかな」
そんなことを思った。


●ここで降りたほうが...

電車はゆっくりと、次の駅にすべりこんだ。
ゆっくりとドアが開く。

そのとたん、不思議なことに、暦君は思った。
「あ、おれ、ここで降りたほうがいいな！」

なぜ、そう思ったのか。わからない。

「プシュ」と音を立てて、ドアが閉まりかけた。
彼は、はじかれたように席を立った。

ドアに向かってダッシュして、すんでのところでホームに飛び出した。

ホームにいる客たちは、驚いて彼を見る。
自分でも不思議な気持ちで、暦君は「ふぅ」　と息を吐いた。

ゆっくりと、いま降りた電車がホームから走り出していく。

彼はホームから、走っていく車内を見た。
「あれ？」
いままで寝ていた乗客たちが見える。
みな、普通に、起きてスマホをいじっていたり、外を見るともなく見たりして、いる。

その人たちの顔も、走りゆく電車とともに、遠く去ってしまった。


●メールの履歴が

「あれれ、おれの、気のせいだったのかな。みんなぐっすり、寝てるように見えたけど」
そう思って、ホームに立ちつくす。

彼が向かう、ミクさんたちのいる「ニコビレ」のある駅は、まだ先だ。
「なんで、ここで降りちゃったんだろう」

変な気持ちになりながら、でも、彼は確かにあることを思っていた。
...とにかく、この地下鉄の駅を出よう...

改札に向かい、そこを抜けて、地下鉄の階段を上がる。
出口の外の舗道に立った。
空は青く晴れている。

彼はスマホを取り出した。
着信履歴を見る。
でも、そこには。

「あれ？さっきの妙なメールの履歴が、ないなあ」(・・。)