朝、俺達を含む雪峰の全隊員がフライトデッキに集結していた。
隊員達は毎朝ここで徒手格闘訓練などをするらしく、俺達も参加することになった。勿論、ミクやタイト達も参加している。
「うわっ!」
そして今、隊員の一人を軽くあしらったところだ。
「さすが・・・・・・強いですね。」
「年季の違いさ。」
徒手格闘は日本拳法をベースとし、柔道や合気道の技を取り入れた旧自衛隊格闘術だ。もちろん現在でも日本の陸海空全ての軍で盛んに行われている。
戦闘機に乗って空で戦うパイロットに、徒手格闘、つまり素手で戦う訓練が必要かと問われると、格闘技自体の需要は小さい(ないわけではない)が体を鍛えるという意味では大きく需要がある、と答えるだろう。
もっとも、俺達は強化人間にされたときの副産物として身体能力が上昇したわけだが。
「い、いいででで!!あ、麻田中尉もういいです!自分の負けです!!」
「まだまだぁ!!!」
こういった訓練は水面基地でも行っていたがたまには違う相手とも組み合うのもよいと思った。
「シュッ!!!」
「ひぎゃっ!」
俺と新しく組もうとした隊員の間を人影が吹っ飛んでいった。
「でた~!!必殺呪音キックだ!!!」
「おいキク、蹴っちゃだめだよ。」
「ごめん・・・・・・。」
呪音キク。俺は昨日、彼女の戦闘能力を思い知らされた。
自分の身長以上もあるような大剣を両手に持ち、小枝を振るうかのように次々と敵アンドロイドをなぎ倒していった。
普段はタイトにくっ付いていて大人しくて控えめな少女かと思っていたが、戦闘時には修羅と化していた。
「ちょ、お前大丈夫か?!」
「完全に落ちてやがる。」
やはり、俺達やミクと同じか・・・・・・。
そのとき、このフライトデッキ中にただならぬ雰囲気を感じ取った。
それは皆も同じようで、あたりは急に静まり、隊員達が何かから後ずさりしていた。俺もとりあえず引いていく。
皆が円状に引いていくと、その中央に二人の男がいた。
タイトと、矢野和摩大尉だ。
二人は向き合ったまま、石像の如く不動だ。
二人の表情が読めない・・・・・・。見えるが、何にも例え難いのだ。
「では、よろしく頼むよ。」
「いいのか?俺と勝負して。」
「勿論だとも。まさか我がロンチ隊の部下をこうも簡単に倒すとは、恐れ入った。私も非常に興味が湧いたよ。」
「当たり前だ。俺は戦闘用アンドロイド。人間には負けん。」
「ほぉ・・・・・・だからこそ相手をしたくなる。」
「あんたも同じようになるぜ。後悔するぞ、おっさん?」
「失礼な・・・・・・私はまだ三十四だ。君こそ、先にデッキにキスしないようにね。包帯君。」
「ぁあ?俺はタイトだ。正式名称19式無人機械歩兵だ。」
「・・・・・・・・・。」(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ)
「・・・・・・・・・。」(ドドドドドドドドドドドドド)
やばい。二人の姿が、龍と虎に見えた・・・・・・錯覚だ。多分。
皆はそれをワクワクしながら見守っている。
「じゃ、いくぜ。おっさん。」
「お、おっさ・・・・・・わ、私はぁっ・・・・・・!!!」
タイトの言葉を聞いた瞬間、矢野大尉の下半身の像がぶれた。
「わしがロンチ隊隊長、矢野和摩大尉であるーーーーッ!!!!!」
「ふんっ!」
拳銃弾にも似た乾いた音が響き渡った。
いや、まさにそれは弾丸の如くだった。
大尉の左足がタイトのわき腹を捉え、タイトがそれを腕で受け止めている。
ローキックだ。あれは徒手格闘でありなのか?
というか、俺の両側から物凄い歓声が起こってるんだが。
「いいぞー矢野氏ーーー!!!」
「矢野大尉やっちゃってください!!!」
「矢・野・氏!矢・野・氏!矢・野・氏!」
なんなんだこの状況は・・・・・・まったく、海の上で暮らすやつにはどうしてこういう変わり者が多いんだ。
「がんばれタイトー!!」
「タイトさん!いてこましたれーーー!!!」
「たいとー。殺しちゃっていいよ。」
「・・・・・・。」
既に熾烈きわまる肉弾戦が始まっていた。
二人ともかなりの強さだ。
ほぼ一瞬で繰り出される一撃の数々。
大尉の両足が空を舞い、タイトに襲いかかる。
タイトもかすりさえすれば決定打といえる強烈な打撃を繰り出している。
もう二人は確実にコンバット・エキサイトだ。頭を狙っている。
速い。速過ぎる。なのに、一撃が重過ぎる!
まさに龍虎の戦いだ!!!
「がぁッ!」
「はっ!」
「ブェッ!」
「ふんっ!」
二人は一度距離を取ると、各々の拳に力をこめた。そして・・・・・・。
「新・帯人拳!!!」
「矢ぁー野ぉー烈波あぁッ!!!」
両者の必殺技らしき技がぶつかり合った。
「うおっ!!」
「ぐはッ!!」
同格の衝撃波でよろめき、二人は一度片膝をついた。だが休む暇もなく両者の腕が重なった。
まずい。単純な力の差だとタイトのほうが断然有利だ。
だが、驚くことに、二人はほぼ同じ姿勢を保っている。
そこから前進も後退もない。
「く、ぬうぅぅぅう・・・・・・人間が、何故俺に!!!」
「人類を無礼るな!!!」
緊迫した状況。空気がすら静止しているかのように思える。
そのとき、つかみ合った二人へ一人の人物が近づいていった。
「隊長。体操の時間です。」
麻田綺羅だ。
「あ、そうだな。」
大尉はするりとタイトから手を引いた。
タイトも状況を察して大尉から手を引いた。
「決着はお預けだ。」
「・・・・・・次は必ずブッ倒す!」
憎まれ口を叩きながらもタイトは自ら大尉と握手をした。
ファイターシップだ。
気が付くと周りの隊員が一定の方向を向いていた。俺もそちらを見る。
「!!!」
すると突然、大音量の音楽が流れてきた。ブリッジの上についているスピーカーからだ。テクノ?ポップ?な、何をするつもりなのか。
「さぁ、春瀬君。私が教えてあげよう。」
なぜか汗一つかいていない矢野大尉が俺の隣に来た。
「えっあ、何を・・・・・・ですか?」
「何って、体操だよ。ホラ。構えて。」
大尉に言われるがままに皆と同じポーズをとる。正直、恥ずかしい。
「皆の衆!いくぞー!!」
ブリッジの上に人影が見える。音楽に負けない大声だ。
か、艦長ぉ・・・・・・!!
「トゥルルットゥールーーーイェーイェイェイイェ~~~。」
!こ、この曲は、まさか!!!
皆一斉に踊りだした。もう体操ともいえない。しかも一糸乱れぬ動きだ。
だが俺も何故か体が同調して動いてしまう!
「ビーウンダラニリードアボラメ、アーイマナウプヌカニフォーシー。」
英語じゃない。何語だ?
とにかく意味が分からない。
しかし戸惑う者は俺以外ひとりもいない。
麻田や朝美は勿論、ミクも歌って踊る。だろうな・・・・・・。
うわわわ、気野まで一緒になって踊っている。しかもかなり楽しそうだ。
もう、俺もやるしかない。
俺は覚悟を決めた。
皆はさらに合唱を始めた。
「ダンサミオス、キャッパイラヘンデーヨォソヴィヨォタノーガスティガヴィンステ、リスナオラィ、ミッサインテクァンセンヌーアヴィハーミキャーラメルダンセン。」
終わった。三分近い俺の戦いがやっと終わった。
「よぉーしみんな!よくやった!」
艦長が拡声器よりでかそうな声で言った。俺としてはそんな危ないところでよく踊れたとアキレ果てるばかりだ。
「いくぞ!せぇーの・・・・・・!!」
「いくぞ春瀬君。」
「え?」
「ヴィクトリー!!!!!」
「ヴィクトリー!!!!!」(×251)
何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああッッッッッ!!!!!!
その後、矢野大尉や艦長に見送られ、俺達は雪峰を後にした。
「すーっごい楽しかったね、ウマウマ!」
「あーゆーことウチでもやってくれりゃいいのに。」
「あの人たちは特殊だ・・・・・・。」
エレベーターが機体を格納庫まで降ろしきった時、俺は違和感を感じた。
いつもの水面基地の格納庫ではない。
等間隔で並んでいるF-15改に混ざり、それはあった。
なんだ、あの機体は。
ライトグレーにブラック、翠のラインがある。塗装コンセプトが俺達の機体と同じだ。
さらに俺達のXF-49と似た、ブレンデッドウィングボディ。
F-22に類似した菱型翼。
エアインテイクもF-22と似ている。
エンジンは双発。推力変更ノズルがある。
特徴としては大型のカナード翼、垂直尾翼がないこと、そして、キャノピーがなく、装甲で覆われている。
よく見ると、そこには無数のセンサーらしきものが埋め込まれている。
まさか試作段階のコフィンシステムか。
一機だけではない。三機ある。
とにかく、これは見たこともない機体だ。試作機だろうか。
俺達が昨日居ない間に、ここに来たのだろうか。
だが、何故。
何故このような試作機がここにあるのだろうか。
既に俺達がいるにも関わらず。
今の俺が予想できること、それはあの機体は俺達の機体と同程度、或いは以上の性能を持っていること。
そして、搭乗するパイロットもまた、俺達と同じ強化人間であることだ。
キャノピーが上がり、ヘルメットを取ると俺は再び謎の機体を睨んだ。
そして、思った。もう少し、あの安息を味わっておけば良かったと。
昨夜の夕食も、今朝の体操も、素直に楽しめば良かったと。
つかの間の安息を、かみ締めれば良かった・・・・・・と。
あの機体を見ていると、そんな気がしてならないのだ。
また、戦いが始まる・・・・・・・・・。
Sky of Black Angel 第二十五話「つかの間の安息」
「なんだコリャ?」って人のために用語解説をさせていただきます。
「ブレンデッドウィングボディ」
胴体と翼の境目がない、つまり一体化した流線型のボディのこと。
「カナード翼」
主翼の前に取り付ける補助翼。機動性が向上する。
「推力変更ノズル」
エンジンの推力方向を自由に変えることができるノズル。機動性が大幅に向上する。
「コフィンシステム」
操縦桿などによる手動の操作ではなく、機体とパイロットを神経接続することで直感的な操作を実現したシステム。キャノピーは無く、コックピットを覆う装甲にあるセンサーが目の代わりになるので、肉眼とは比べ物にならないほど視野が広い。コフィンのとは棺桶(Coffin)の意で、パイロットが密閉されたコックピットへ寝るように座る様が棺桶に似ていることから。
※この用語は架空です。
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