ふと振り向くと、小部屋の扉が開け放たれ、そこには黒い人影が立っていた。
「動かないでよ!」
その人影は、まだ幼い少女の声で言った。
構わず俺は銃のライトで人影を照らすと、その人影が幾つかの光を反射した。
そこには前にも見た黒い戦闘服を着た何者かが、俺にアサルトライフルの銃口を突きつけている。
それをはじめ、戦闘服の金属部品が照明のない室内でライトの光を反射していた。
「ちょッ、何で?!ホントに撃つよ!!」
彼女は銃口を俺の目前まで近づけた。
互いの目線には差があり、やはり彼女も俺より十センチ以上小さい。
彼女もシックスの部下なのだろうか。二人目の。
やはり、ヘルメット、マスク、ゴーグルで顔は隠れている。
「あんた、人質を殺したのね。どうしてそんなことを!」
「・・・・・・。」
違う、と言おうとした。
だが到底弁解が通用する状況じゃない。
俺の足元には、たった今謎の死を遂げた人質の一人、鈴木流史の遺体が横たわっているのだから。
第三者の目には、俺が殺したとしか見えないだろう。
「違うと言ったら?」
「嘘よ。信用するわけないじゃない。」
彼女は完全に俺を警戒し、いつでも引き金が引ける状態だ。
この数十センチという距離では外すほうが難しい。
まして、彼女もアンドロイドであれば・・・・・・。
「とりあえず、銃を捨てて。」
俺は手にしているハンドガンを、傷つけないように足元に置いた。
相手から武器が手放されたことを確認すると、彼女は俺の体を疑わしそうに視線をめぐらせた。
「・・・・・・あんた・・・何者なの。他の敵とは違う。」
「陸軍の新設特殊部隊のアンドロイドソルジャーだ。この施設には、テロリストに拉致された人質数名とここの研究員の救出、及び極秘データ回収のために潜入した。」
「・・・・・・ホントに?」
「ああ。」
先程まで、信用する訳がないと言っていた割には、彼女はそれ以上俺に問い詰めようとはしなかった。
「じゃあ、何でこの人質は死んでいるの。」
「俺と接触し、事情徴収を行っていたら、突然胸を押さえ、椅子から転げ落ちた。」
「持病か何かの、発作ってワケ?」
「そういうことになる。」
彼女は一度口をつぐみ、何かを考えているようだった。
「あんたは本当に殺しちゃいないんだね。」
「指一本、触れてはいない。」
すると彼女は銃口を下に向け、鈴木流史の遺体を調べ始めた。
彼女は、首筋に締められた痕はないか、弾痕はないか等を見定めると、ふうとため息をつき、立ち上がった。
「分かった。あんたが殺したんじゃないってことは信じてあげる。」
どうやら信じてくれたようで俺は内心胸をなでおろした。
「銃を拾っていいか。」
「うん。」
その返事だけが、やけに少女らしく聞こえた。
何故こんな少女が特殊部隊の戦闘服に身を包み、銃を握っているのか。
思い当たる答えがある。これは、正確には少女ではないからだ。
「君も、アンドロイドだな。」
「・・・・・・そうだよ。」
はっとしたように、彼女は俺の顔を見上げた。
「政府直属の特殊部隊だろう。さっきシックスというコードネームの男から、二人の部下がいるという話を聞いたが、君の事なのか。」
「うん。あんたのこともさっき無線で聞いた。」
「それにしても、俺にも言えることだが、何故アンドロイドが戦場にいる。いや正確には感情を持ったアンドロイドが何故ここにいるんだ。シックスも知っているはずだ。感情を持ったアンドロイドは軍では既に廃止された筈ではなかったのか?」
「そんなの知らないよ。じゃ、早い話が感情を持たなきゃいいんでしょ。撃てと言われれば撃つ。それが・・・・・・あたし達だから。」
「・・・・・・最もだ・・・・・・。」
彼女は自嘲気味に呟き、俺はそれに同情した。
その響きはどこか退廃的で、切なささえ感じられた。
「あたしね、実は一度死んでるの。」
「死んでる?」
「そう。一度戦闘で胴体をちょん切られちゃってね。もうボロボロだった。それなのにまた生き返させられて。キリがないったらありゃしない。あたしは死ぬことすら許されないの。せめて死ぬ時ぐらいは潔く死なせてくれてもいいのにさ。」
彼女の声は哀愁を感じさせ、俺は反論せずにはいられなかった。
「それは俺も同じだ・・・・・・自分の存在意義に疑問を持ったこともある。だが、俺達はそれだけじゃないはずだ。俺達は笑うことや、怒ることも出来る。人間と同じ味覚も嗅覚も持ってるし、五感もある。だから、俺は今日まで生きてこられた。」
「そういえば・・・・・・そうだね。」
「生きていれば、笑ったり、楽しんだり、幸せという感情を持つときが絶対に来るはずだ。俺は、それを感じたから、今日まで希望を持ち続けてこられた。」
「希望・・・・・・。」
「そうだ。生きるための、大切なエネルギー源だ。」
「あんた・・・・・・いいこと言うんだね。」
「だから、感情を持たなければいいなんてことは絶対にない。」
「そっか・・・・・・そうだよね。」
そんな言葉を交わしていたら、いつの間にか俺も彼女も言葉を失っていた。
言葉に出来ない雰囲気が、俺と彼女を包んでいるようだ。
「で、あんた、これからどうするの。」
一度目線をそらした彼女は、話を切り返した。
「残りの人質を救出する。このフロアにはもういないから、地下二階に下りてみる。」
「そっか・・・・・・。」
ふと、俺はあることを思い出し彼女に訪ねようと考えた。
「一つ、訪ねたいことがある。」
「ん?」
「君も知っているかも知れないが、シックスが赤い髪のアンドロイドを探しているようだ。心当たりはないか。」
「赤い髪・・・・・・そんなの聞いていないけど。」
彼女の声は、何か心当たりがあるように思える。
聞いていないならば、シックスは独断で例のアンドロイドの捜索を行っているということだろうか。
「赤くて長いらしい。」
「へぇ・・・・・じゃあ、まるであたしじゃん。」
「何?」
彼女はゴーグルに手をかけ、外し、ヘルメットも脱いだ。
そして、顔を覆い隠しているマスクを剥ぎ取っていく。
「こんなことがバレたら、あの人に怒られるけど・・・・・・。」
マスクが完全に剥ぎ取られると、真紅の長髪がふわりと宙を舞い、彼女の頭から垂れた。
「これは・・・・・・。」
剥ぎ取られたマスクの中から、戦闘服を着た赤髪の少女が現れた。
その目は、俺と同じ赤い瞳をしている。
彼女はポケットからあらかじめ結ばれた黒いリボンを取り出すと、後頭部に取り付けた。
「これでよしと。」
「どうして俺に顔を明かすんだ。」
「味方と分かったら、なんだかホッとしちゃって。ここに来てからずっと一人だったから。なんとなく自己紹介してみたいし。」
彼女は俺に向けて、柔らかい笑みを浮かべて見せた。
もはや初対面とは大違いで、すっかり俺に対する警戒心はどこかに吹っ飛んでしまったようだ。
「ふむ。で、名前は?」
俺も少し乗り気になり、訪ねてみる。
「ワラ、だよ。」
「そうか。いい名前だ。それと・・・・・・。」
「それと、何?」
「可愛いな。」
「あ・・・・・・。」
調子に乗った拍子に出た言葉だが、途端に彼女の頬は紅潮し、今度は得意げに笑って見せた。
やはり、年頃の少女と同じだな。
「へへ。ありがと・・・・・・じゃあ、あたしもそろそろ行くから。またね。」
彼女は再び銃を構えなおし、顔はそのままで俺の前を立ち去っていった。
長い赤髪が揺れる様はたおやかで、美しいと思った。
彼女の姿が完全に闇に消えたことを確認すると、俺は今までに起こった全ての出来事を少佐に連絡すべく、無線を入れた。
ワラ、か・・・・・・。
俺に可愛いなと、言われた瞬間の彼女の赤面した照れ顔が、俺にとっては印象的で、記憶の中に色濃く残っていた。
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