第三章     

「すみません…折角作って頂いたのに…」隣人の手料理を食べきる事が出来ないまま、私は自分の部屋へと戻っていた。なんだか切ない話だったな…と考えに耽りながら煙草へと手を伸ばす。
…恋人を事故で失うってどんな気持ちだったんだろう…。私は涙を見せなかった隣人を思っていた。…どうして泣かなかったんだろう。いっその事と思った彼の気持ちとは…。
あぁ…もしかしたら、私と似た様な感じだったのだろうか。「生きてる事がどうでも良くなった…?」言葉を発した私は自身に驚いていた。こんな風に誰かの事を考えるのが久しぶりだったからだ。
明日にでも色々聞いてみようかな…でも、色々聞かれるのも辛いかな…私の頭の中は隣人の事で一杯になっていた。いつの間にか、「死のう」としていた自分を忘れる程には。時刻は既に深夜の1時を廻ろうとしていた。風呂へと入る時間にしては遅い時間だったが、明日も仕事がある事には変わりない事を考え、風呂へと入る事にした。温まって行く身体になんだかホッとしている自分が居た。
隣人に命を救われた、とふと我に返る。どうして私に声を掛けてくれたのだろう…。考え出すと止まらない私は長風呂にならない程度に風呂を出た。風呂で少しばかりすっきりした頭で、一人で考えても答えなんて出ないな、と思い直し髪を乾かし始めた。髪を乾かし終えた私は、リビングへと出るとベランダが空いていて、ひんやりと冷たい空気が入って来ていた。季節は3月、冬の残りをまだ残したままの空気感だ。そんな空気感すら今の私には居心地が良かった。
…私は今日死のうとしてたんだな…と既に過去になってしまった事を思いながら、カーテンの揺れるベランダを見つめる。冷たい空気を感じながらも何処か明日が私にある事に隣人への感謝を感じざるを得ない。…明日は何を一緒に食べようかな…そんな心の中にそっと灯った光の様なものを感じながらベランダを閉めた。スキンケアをしている鏡に映る私の眼に光は宿って居なかった。薬を飲みベッドへと潜り込みながら…明日の18時か…と何を作ろうかな、と考えていた。兎に角明日の仕事をこなさなきゃな、と少しづつ頭の中がぐちゃぐちゃになっていく様な時間を過ごしていた。…眠れる訳ないか…と潜り込んだはずのベッドから出て、煙草でも吸おう、そう思い立った私はリビングへと向かい、ベランダの窓を少し開け煙草へと手を伸ばした。自分自身を包み込む様に座り、いつの間にか止んでいた雨の音が恋しくなっていた。…そういえば、隣人の彼は「頼って下さい」なんて言葉を言わなかったな…と言うより、「頼らせて欲しい」とでも言っているかの様に感じた。…なんだか不思議な感覚だ…。そんな私なりの答えを見つける頃には朝日が昇り始めていた。…少しでも寝よう、そう思いベランダから入って来る冷たい空気に後ろ髪をひかれながらも窓を閉め、ベッドルームへと向かった。ほんのりと甘い香りの香水を纏い、大きく深呼吸する。ゆっくりと何度も深く呼吸を繰り返し、ベッドへと潜り込みながら、香水の香りだけに集中する。私は心に安心感を覚える様な香りにいつの間にか眠りに落ちてしまっていた事にも気が付かなかった。時刻は4時を廻る頃だった。

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深淵の中の蝶

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投稿日:2024/10/27 00:45:49

文字数:1,330文字

カテゴリ:小説

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