沸き立つ夏雲がまぶしく輝く、とある暑い日のこと。
ボーカロイドたちが住む寮では、なにやら皆で料理をしているようです。

「ご~りご~り」
「あの、ミクさん」
「ご~りご~り」
「これ、もういいんじゃないんですか?」
「ご~りご~り」

長ネギをすり鉢で摺りおろすのがミクの役目とて、傍らには、みじん切りにした長ネギが山を成しています。

ミクにとっては待ちに待った、夏ネギの出回る季節です。
無心にスリコギを回すミクに、ルカが声を掛けても、ミクは長ネギの香りに恍惚として、何を言っても答えそうにありません。

「ご~りご~り」
「あ~、ルカ?」
「メイコさん、あの・・・」
「ご~りご~り」
「もう先に進めちゃっていいわよ。放っとくとこの子、一日中でも摺ってるから」
「は、はい。それでは・・・」

軽く炒った白ゴマを、横からルカがすり鉢にサラサラと投入します。スリコギが当たるたび、ぷちぷちと弾ける音とともに、ゴマの香ばしい香りが広がります。

「あ~、もう少しネギの香りを楽しみたかったのに・・・」
「もー、あんた専用のアロマ作ってんじゃないんだからね」
「いいもん、ネギとゴマの相性は抜群ですから!」
「そうそう、早く摺っちゃってね。それと、摺り過ぎても風味が落ちるから、程々にね」

メイコの注意を聞いてか聞かずか、根深汁にはゴマ油が~ などと、ミクが料理談義を始めるころ。調理台では、レンが包丁を握りつつ顔をしかめています。

「う~~~~~~む」
「ちょっと、レン」
「ん?」
「うどんを切るのに定規なんか使って、あんた何やってんの?」

見ればレンは、定規を当てて幅を測りながら、きちんきちんと均一にうどんを切っています。
さすがに幅はきれいに揃っていますが、昨夜カイトが打って一晩寝かせたうどん生地は、麺棒で平らに延ばされたまま、まだ大半が切られずに残っていました。

「そんなんじゃ日が暮れちゃうわよ」
「いいや、均一に切らないと茹でた時、火の通り方にムラが出るだろ」
「ああもう、こういうモノはね、腰とリズムで切るの!」

メイコはレンから包丁を引ったくると、足を肩幅よりやや広く開いて腰を落とし、呼吸を整えてから、一気に包丁を動かします。
ざんっ、ざんっ、ざんっ、と小気味よいペースで、見る見る細長いうどんが形を成します。

「すげー、誤差半ミリもないぞ」
「さ、あんたもやってみなさい」

包丁を受け取ったレンが早速挑戦しますが、粘りのある生地のせいで、思ったようにリズムを取るのは難しいようです。それでも、先ほどよりは早いペースでうどんが仕上がっていきます。

そのころ、レンの後ろでは・・・

「でんででん! でんででん! でんででんででん!」

リンがマーチのリズムを刻みながら見つめるのは、寸胴鍋の沸き立つ水面です。
うどんを美味しく茹でるためには、大量の湯で一気に茹でるのが基本とて、普段は使わない業務用の大火力コンロが、全開で活躍しています。
ゴーーーッと轟く、大きな青い炎に五感を刺激されるのか、リンのテンションが徐々に上がってきます。

「たらこイカスミなぽりたんっ♪」
「言っておくがリン、これから茹でるのはうどんだぞ」
「え~、うどんだってパスタでしょ?」
「おまっ、うどん県の人に怒られるぞ?」
「ノン、ノン、パスタ・デ・サヌキーナ!」
「意味が分からん!」

「どれどれ、うん、もういいんじゃない? さ、うどんを入れてちょうだい」
「あれぇ、塩は入れないの?」
「いいのよ。うどんは打つ時に塩を使ってるから」
「それ見ろ。パスタとは違うんだ、パスタとは」
「おっけ~、リン、いっきま~~す! ふぁいやーーーーー!!」
「聞いちゃいねぇし・・・」

湯に踊るうどんにつられて、リンが奇声をあげて踊りだします。

一方、すり鉢組。

「むっふっふ~、ご~りご~り」

あらかた摺れたネギとゴマに、味噌をたっぷり加えて合わせます。相性と言えば味噌とネギの組み合わせも、なかなかのものです。
ネギ、ゴマ、味噌の香りが渾然一体として、ミクは天国の笑みを浮かべながら、もはやスリコギになったように、自分ごとグルグル回っています。

それを横目に、ルカは先ほどから、せっせとキュウリのスライスを作っています。朝のうちにカイトが家庭菜園で採ってきたキュウリは新鮮で、表面の細かいトゲに顔をしかめながら、慣れない調子でスライサーを操るルカに、うどんの茹で作業に飽きたリンが、

「ルカちゃん、手伝おっか?」
「ありがとうリンさん。でも大丈夫・・・ きゃっっ!!」
「ど、どうしたの?」
「ご、ご免なさい、私としたことが、指までスライス・・・・」

白い手指に、スライサーがざっくり切り取った赤い肉のコントラストが余りに鮮烈で、それを見たルカが、白目を剥いて崩れ落ちました。

「いやぁぁぁ! ルカちゃぁぁぁん!!」
「やべ! 血ィ出てるぞ!! おい、しっかりしろ!」
「ちょっと、ルカどうしたの!?」
「ご~りご~り」

上を下への大騒ぎが起こりかけたとき、カイトがのっそりとやってきて、

「やあ、大変大変」

冷静沈着と言うより、少しは空気呼んで慌ててみたらどうだ、と説教したくなるような落ち着きぶりで、ルカを軽々抱き上げると、カイトはそのままのっそりと、奥の方へ連れていきました。

「ご~りご~り、と。キュウリまだ~? あれ、ルカは?」
「「ミク姉・・・」」
「・・・そっちはもういいから、そこの大葉を刻んでちょうだい」

ルカが身を削って作ったキュウリのスライスは軽く塩で揉んで、細く刻んだ大葉と共にすり鉢に加えて、スリコギで軽くつぶしながら中身に馴染ませると、いよいよ「冷や汁」の完成です。


窓を開け放って風を通し、明かりを消して葭図の目ごしに外を眺めていると、見慣れた庭や近所の景色も、まるで縁日の影絵のように、なにやら夏めいて見えます。

古来、家でうどんを打つのは、何か祝い事のある日と決まっていたものです。
しかし、今日は何か特別な意味があるわけでもない、なんでもない一日。
それでも近頃では珍しく、全員が揃ってのオフの日です。してみればこうして、みんなが顔を揃えるなんでもない夏の日こそ、うどんを打って祝うべきなのかもしれません。

そして食卓には、さっそく茹でたてのうどんが上っています。出来上がった冷や汁は水で伸ばして付け汁にして、そこでは皆、思い思いにうどんを楽しんでいます。

「やっぱり作りたての冷や汁は最高。ネギの香りが~」
「あたしは一晩置いたのがスキ」
「オレも」

ネギの辛みが苦手な鏡音姉弟です。
冷や汁のもとは冷蔵庫で日持ちがするので、朝などはこれを薄めに伸ばして味噌汁がわりにするのが夏の定番です。
二人は、ごはんに味噌汁をかけて食べる「猫めし」が大好物なので、早くも翌朝を楽しみにしています。

「ルカちゃん大丈夫? 食べにくくない?」

指にぐるぐる巻きの包帯で、ルカが箸を持ちにくそうにしています。

「大丈夫です、ええ、いろいろと済みません。でもこれ、おいしいです。もう最高れふ(つるつる)」

冷や汁は初めてというルカも気に入ったようです。

「そうね。もう少し置いとけばキュウリに味がしみて、お酒によく合うのよ」
「めーちゃん、お酒冷やしてあるよ?」

この季節にぴったりの、少し甘口の純米酒です。少し気をそそられたメイコでしたが、

「後にしとくわ。早くしないと、うどん全部食べられちゃいそうだし(つるつる)」

そう言われてみれば、うどんのザルには次々と箸が伸びて、目を離したスキに大盛りが見る見る中盛りくらいになっています。

「でもこれ、やっぱり均一に火が通ってないよな」
「いいのよ。所々固いくらいがちょうどいいんだから。何よりこうして、みんなで食べるから美味しいんじゃない」
「そういう妥協はしたくないな」
「いいのいいの。もう何年かしたら夏がくる度に、みんなで所々固いうどん食べたのを思い出すの。いいんじゃない? そういうの」
「そういうもんか?」
「めー姉、なんか年寄りくさ~い」
「あははは、あんたもそのうち、分かるようになるわよ」
「そうかな~?」
「カイトは憶えてるでしょ? ここに移る前にさ」

ボーカロイドが世に認められ、こんな立派な寮を用意されるようになる前のこと。
古い長屋で暮らした夏の日、一緒に食べた冷や汁の味。

「夏はやっぱり、これだねぇ~」

憶えてる? 憶えてるわよね? 憶えてるといいけど・・・ 
そういう展開を期待できそうにない、暢気な顔を見て諦めたように、メイコは一気にうどんをすすり込みました。

初めは少し茹ですぎたかな? とも思った量でしたが、見る見る箸が進んで、やがて全て各々の腹の中に収まってしまいました。


風鈴の音色に、風が来たことを知らされると、暑さも盛りの午後の空気も、少しは涼しく感じられます。

後片づけが全部済んでしまえば、あとは特にすることもなく、扇風機の風を浴びながらウトウトするばかり。

メイコがソファに横になって昼寝に入ろうとしても、後輩たちはまだまだ元気なのか、誰かがウクレレなど引っ張り出して、テロンテロンと弾き始めました。それに別の誰かが鼻歌で合わせると、一人また一人と加わり、自然にその場で、鼻歌の合唱が始まりました。

普段とは違い、誰に聞かせるのでもない歌でしたが、風鈴の音色や遠くの蝉の声に溶け込むハーモニーに、車の下の日陰に這い込んだ猫が、うっとり目を細めています。

なんでもない一日の、これが彼らなりの祝い方。もう何年か経てば、またこの日のことを思い出す日が来るかもしれません。

暑い夏は、もう少し続くようです。

(おしまい)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

何でもない日の祝い方

去りゆく夏を惜しみつつ、昔こんなことをやったなあ、などと想い出に浸りつつ書いてみました。

閲覧数:211

投稿日:2012/09/06 23:28:06

文字数:4,013文字

カテゴリ:小説

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  • ピーナッツ

    ピーナッツ

    ご意見・ご感想

    桃色ぞうさん様、ご返信ありがとうございます。

    風の音で目が覚めてしまいました。
    沖縄はまどマギのワルプルギスの夜みたいな台風が吹き荒れております。
    これからゆっくりと沖縄本島を横断していくので、まだまだ強くなります。
    今んとこうちは被害ないですが、怖いよー。

    >最初は【流血注意】とか必要かなと思ったんですが・・・

    そりゃもう、痛そうでしたよ! ルカさん!
    あんまり痛そうなので感想で触れなかったくらい!
    台所で切った傷はばい菌が入りやすいのか長引くことありますからねー。
    しっかり治療してあげてください。

    長編の方は投稿はしてませんが、ひとまず一段落したので、
    久し振りに何か短いの書いてみようかなーと思ってみたり、です。

    ではでは。

    2012/09/16 04:58:15

  • ピーナッツ

    ピーナッツ

    ご意見・ご感想


    こんにちは、ピーナッツです。お久し振りです。

    沖縄ではあまり聞かないメニューなんですが、冷や汁すごいうまそーですね。
    前作のマグロもそうでしたが、食べ物を書くのお上手ですねえ。
    メインの冷や汁も旨そうですが、「少し甘口の純米酒」とかいいですね。
    うどんをつるんとすすって、きゅっとひと口呑んだらたまらんでしょうなあ。

    みんなで料理する様子がすごくほのぼのしていました。
    風が感じられるような季節の描写も良かったです。

    またの投稿を楽しみにしております。それでは~。

    2012/09/15 14:27:21

    • 桃色ぞう

      桃色ぞう

      ピーナッツさま、お久しぶりです。先週と今週連続でビールの祭典に行っていて頭グルグルしております。
      沖縄では超弩級の台風が来ているみたいですが、お変わりありませんでしょうか。

      これを書くにあたって調べてみたんですが、冷や汁は宮崎が本場ということになっています。しかしアジの刺身を摺り込んだりと作り方がかなり違っていて驚きました。
      なにより長ネギは薬味程度にしか使わないらしく、ミクさん好みじゃなさそうなので、作中ではわたしの馴染んだ北関東風にしてあります。茨城産の夏ネギがふんだんに出回るお陰で、味噌とネギを半々くらいに摺ります。これならミクさんも満足。

      >メインの冷や汁も旨そうですが、「少し甘口の純米酒」とかいいですね。

      さすが目の付けどころがw
      ここは「冷酒」じゃなくて、あくまで甘口のお酒ですね。

      >みんなで料理する様子がすごくほのぼのしていました。

      自分は「鬼平犯科帳」の食べ物の描写が好きで、自分で書いてみると実際、料理や食事のシーンは、キャラの性格が出しやすくて重宝することがわかりました。作り方や食べ方に、妙なこだわりを持っている人をリアルでも見かけますよね。
      まあ、多用しすぎて飽きられるという罠がありそうですがw

      しかし「ほのぼの」でまとめていただいてありがとうございます。最初は【流血注意】とか必要かなと思ったんですが・・・

      ピーナッツさんの次回作も楽しみにしてますが、投稿小説のほうも頑張ってみてください。
      それでは。

      2012/09/16 01:31:59

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