「…え?」
 状況を理解できないレンが、思わず聞き返した。
 それも仕方がない、といった顔でカイトが説明をした。
「相手の方が、当代の社長の死期が近づいているということで、娘の晴れ姿を見ておきたい、と。社長さんが死ぬと、結婚の話も危うくなるからって。いや、王子様は大変だね」
「絶対同情なんてしてないだろ。別にされたくもないけどさ。…その話、俺は受けるつもりはないよ」
「そうはいっても、もう決定しちゃったし…」
「知らないね、そんなこと。もしも無理やりそうさせる気なら、舌噛んで死んでやるよ」
「物騒だなぁ」
 苦笑いしたカイトは、椅子に座ったままのレンを見て表情を凍りつかせた。何故なら、レンはふざけわけでもふてくされた表情でもなく、大真面目な表情で笑ったカイトをにらみつけていたからだ。
 いつの間にそんな怖いにらみ方を身に着けていたのか、そんなことを考えながらカイトはただレンを見ていた。いきなりレンが立ち上がったかと思うと、本棚にあった本を適当に引っ張り出すと、床へと叩きつけるように投げ捨てた。
「俺は嫌だから」
 はき捨てるように言って、レンは部屋を出た。
「…レン…」
 ただ一人、カイトは部屋に取り残されてしまった。

 暖かな日差しが降り注ぐ。
 あちらの世界にはなかった、やはり清々しいような太陽の光を浴びて、リンは庭をはしゃぎまわった。
「リン、あまりはしゃぎまわると危ないわよ」
「子供じゃあるまいし!」
 後ろから聞こえたメイコの忠告を軽く受け流して、リンは走り回った。所々に咲いた鮮やかな花々、風に揺れる青々と茂った草木、絶えず歌い続ける小鳥たち、遠くに見える海も山も、何もかもが素晴らしく見える。世界が鮮明に写った。
 と、そこに――。
「…どちらさまか、いらっしゃいますか」
 少し低めで優しいやる気のない声。聞き覚えはない。門の近くに位置する庭だから、その声が聞こえたのだろう。門番の決まりきった質問の後、先ほどの声とよく似た、しかしやる気というよりか少しわがままなような口調の、少し低い優しげな女性の声がした。
「入れてくださいっ!ここのお姫様にお話があるんですわっ!!」
 お姫様というのは、リンのことだとして、リンにはこんなことを言われる覚えもなければ声にも覚えがない。そっと、庭の塀から身を乗り出して門の向こうをみた。
 強い風が吹いた。
 桃色の髪が揺れた。
 蒼く細い目がさらに細くなった。
 あの姿、何かで見たことがあるような――。そうだ、たしかレンが会談に行くときに相手のことを少し説明してくれたんだ。そのときに見せてくれた写真に出ていた姉弟だ。どうにかそれを思い出し、それぞれの名前を思い出そうとしていると、あちらもこちらに気がついたらしく、姉のほうは嬉しそうに尻尾を振ってリンのほうに近づいてきた。といっても、塀が高くて手は届かなかったが。
「貴方がここのお姫様ねっ」
 目を輝かせて、言う。たしか、彼女はルカといったはずだ。門番が驚いて走ってこようとしている間に、ルカは軽々と塀を登り、そして美しく着地――は失敗した。顔面から地面に落ち、見るも無残に着陸失敗を果たしたのである。
「…あーあ、ルカ、危ない。…馬鹿じゃないの」
 こちらは冷静にことを判断している。弟のルキだ。
(似ていない姉弟だな)
とおもった。
 こちらのルキも、そっと塀にのぼった。そして、ルカとは違って上手く降り立ち、ルカを心配するようにルカに近づいた――のも失敗したが。
 こちらも顔面から着地した。
(いや、これ以上ないくらいにそっくりな姉弟だ)
 ここまで似た姉弟はそういないだろう。
 いち早く立ち上がったのはルキのほうだった。服についた草をほろい、ルカに手を貸してやると、ルカの服についた草も払ってやる。それから、リンとメイコに向かって小さく会釈した。さっさと本題に入ろうとするルカの後頭部をがっしりとつかんで無理やり会釈をさせた。随分力がはいっているらしく、ルキの手には血管が浮き出ていた。
「貴方がここのお姫様ですわね?」
 いきなり本題に入るルカに、リンは圧倒されながらも頷いた。
「お、お、落ち着いてき、き、きいてください」
「…お前が最初に落ち着け」
「あの、それで?」
 催促したリンの声に、ルカは軽く襟元を正して耳の裏を引っかくと、静かな声で言った。
「ヴァンパイアの国の王子は来月、結婚することが決まりました」
「え…っ」
 意表を突かれ、リンは言葉を失った。
 相手は容易に想像できる。しかし、相手は記憶を無くしている。そんな中で結婚させると言うのは恐らく、計略結婚。あのレンが計略結婚など、喜んで受け入れるようなことはしないだろう。
「ら、来月…。謹慎期間が明けてすぐ…」
「謹慎期間?」
「い、いえ、なんでも」
「それを貴方に伝えてほしいと、ヴァンパイアの王子が」
「レンが?」
「ええ。それでは、私たちはこれで。行きましょう、ルキ?」
「それでは、お邪魔いたしました」
 もう一度頭を下げ、ルキはルカの後を追ってまた塀を越えて帰っていった。塀の向こうから二度、「ドスン」という音が聞こえたのは、言うまでもないことである。
「レン…。何で私に伝えようとしてくれたんだろう」
 一人で悩んでいる様子のリンにそっと近づき、メイコが言った。
「それは、彼も貴方と同じ思いだからでしょ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

遠い君 21

こんばんは、リオンです。
今回はアレです。ルカとルキがそろって顔面から堕ちているところを想像して、
一人でニヤニヤしていただけです。
可愛いですよね。顔面から。
本当はリンが思っていたことをレンに思ってもらいたかったって言うのはありますけど。
では、また明日!

閲覧数:308

投稿日:2009/12/22 23:07:28

文字数:2,221文字

カテゴリ:小説

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