秘蜜~黒の誓い~



第四章     「裁きの矢」


 馬車にゆられながら、僕は昨日の出来事を思い返していた。






 薄暗い路地裏に腕を引っ張られ、連れ込まれた。相手の顔も確認せずに

その手を振り払おうとした、その時。

「・・・リン・・・・・リンだろ・・・・・?もと天使だった・・・俺の相棒の・・・・・・・」

その青い髪を見て、僕はすぐ、その男がカイトだとわかった。

 だが、正体を明かすわけにはいかない。

「な、何言ってるんだ。人違いだろ。勝手に触るな」

僕は手を払いのき、彼から一歩あとずさる。

カイトは何か考えている様子だった。そして次の瞬間・・・・・・・




 「・・・なっ、ちょ、やめ・・・・」

彼は僕(男)の服を脱がし始めた。上半身だけだが、まさか彼にそのような

趣味があったとは・・・・・・・・

 が、違うようだった。

「・・・・・・・・やっぱり・・・お前、リンだろう・・・?」

ようやくわかった。彼は僕の背中に傷跡があるかどうか見たのだ。

それで違ったら恥ずかしい限りだが、その考えは正解だった。





 僕の背中には、羽の跡が残っている。それは、一生消えない傷だ。

もと天使だったという証の、傷跡・・・・・・・・・・・・・。
















 僕・・・いや、私は、彼に全てを話してしまった。






 きっと、その時何も言わないでおけば、あんなことにはならなかった・・・・・。



















 私が今現在のことを告白する前に、彼は私にこう言った。



 「ルカたちが嘘をついていたことが証明されたんだ。だからもう

こんな場所にいる必要はない。神から許しが出たんだからな。ほら、早く天界へ

戻ろう。皆待ってる。いやあ、にしても探すのには苦労したよ。なんたって

悪魔の所に、人間にしてください、なんて・・・・・・・」

だがそこで、彼の表情は硬くなった。

 当たり前だ。







 きっと、彼の頭は忘れていたんだと思う。






 悪魔と契約するということは、自分自身の心を悪魔にゆだねるということ・・・・・

・・・・・・・・つまり、黒に染まった私が、




 天界に出入りするということは、死を表しているのだ。















 「・・・・・・・・くそっ、なんでっ・・・・!!」

カイトは強く握りしめた拳を、壁に叩きつけた。鈍い音が響きわたる。

私は"あの日"押された刻印に手を当て、強く、強く力を込めた。




 「・・・・・・どうしてあなたは・・・・・そこまで・・・・・」

しばらくの沈黙のあと、カイトは言った。それはまるで、今にも泣いてしまいそうなのを

こらえようと、声をかみつぶしたような言い方だった。

「好きだからだよ・・・・・・俺の知らない間に、君はずっと遠いところへ・・・

行ってしまった」

どうしようもない怒りが込み上げてくる。



 「じゃあどうして!?どうしてあの日、あの時!!あなたは助けてくれなかったの!?

そんなのでまかせだって、言ってくれなかったの!?あの場にいなかったじゃない!

私は・・・・・・・・・っ!」

そこまで怒鳴ると、涙で視界がぼやけてきた。





 「私はカイトを・・・・・・・・・・・・信じてたのに・・・」



 こんなに取り乱したのは初めてだった。

「私はもう・・・カイトの事を信じてない。尊敬もしてない。

お願いだから私のことなんか忘れて、新しい人を探してよ・・・・・・・・・。

これ以上私にかまわないで・・・・っ!!!」







 カイトの顔が見られなかった。

でも、これだけは言っておかなければならない。



 「好きな人がいるの。もう恋人になれた。この身体だって、その人に愛して

もらうために手に入れたもの・・・天使になるくらいなら、死んだほうが

ましなくらいよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった・・・。もうお前を追うのはやめる。

それでいいだろ・・・?」

カイトも私も、それ以上は何も言わなかった。





 いや、言えなかったのかもしれない。










 長く、悲しい沈黙のあと、私は彼に別れを告げ、ゆっくりとその場から

立ち去った。



























 我に返った時には、もうすでに、日は沈み始めていた。

赤くとける太陽が山の向こうに輝き、僕は目を細めた。





 なぜだろう。





 さっきから、妙に・・・・・・・・・胸騒ぎがする。





 何かが、起きてしまうような気がして、僕は胸のあたりを必死におさえた。

なんだ・・・?この感じ・・・・・。











 頭の中が、真っ白になり、そして、真っ黒に変わった。



 自分が何に怯えているのか、わかった気がした。

「ちょ、ちょっとお客さん!?何して・・・・」

御者があわてていたが、僕はかまわず馬車を飛び降り走り出した。









 ・・・・・・・・・・・・・・・急がないと。



 急がないと、彼女が、







 彼女が危ない。



















 「・・・はあっ、はあっ、・・・はっ・・・・」

荒い呼吸をしながら、僕は人通りの少ない街なかを走った。

足が限界であることに気づき、すぐそこの家に寄り掛かろうとすると、

その次の瞬間、耳をつんざくような銃声が響いた。

 鳥たちがギャアギャアと叫びながら、真っ赤な空に飛び立っていく。



 あの銃声は間違いない、上級天使だけが持つことのできる、小型の銃だ。


 「そんな・・・・嘘だろ・・・・・!!」

そこから僕はもう全力で走った。道をかけぬけ、角をまがり、

その先に見えたのは・・・・・・・・・・・・






 血にまみれた、彼女だった。










 僕はしばらく何も言えずに突っ立っていた。

「・・・・・・・・・・ミク・・・?」

名前だけつぶやき、ゆっくりと歩み寄る。横たわっていた彼女を抱き上げると、

その身体は徐々に冷たくなっていく。風は彼女の頭から花の髪飾りを

ゆるやかに吹き飛ばした。花弁は血の海の中に点々と浮く。



 力なく垂れ下がった手。血のにじむ胸。冷えきった身体。声もない。

目も開けない。・・・・・・・・はじめて、死を実感した瞬間だった。

「・・・・・っ・・・嫌だ・・・・・ミク、お願いだよ・・・目を覚まして・・・・っ」

視界がぼやけてよく見えない。のどのあたりに熱いものがこみあげてくる。

僕は唇を強くかみしめた。ミクを支えるその手に力が入るのが自分でもわかった。




 僕が守ってやれなかった。守れなかった。よく一人にできたものだ。

こんなにも大事なひとを。僕のせいだ、僕のせいだ・・・・・・・・・・・。




 一人、泣き崩れた。涙は土に落ちて、じんわりとにじむ。

生き返らせることができたら・・・・・・・・・・・・・・そうしたら、また一緒に、

「それは無理だな」



 後ろで声がした。

「誰だ・・・・!?」

振り返ると、そこにはロンがいた。

「なんで・・・・・・ここに」

彼は前と全く変わらない静けさ、冷たい目をして、立っていた。

「・・・原則として、この世界では死んだ人間を生き返らすということは

まずできない。それは君もわかってるはずだ。・・・・・だが、誰か一人

犠牲になれば、その命はまた戻る」


 彼の声が、頭の中をぐるぐると回った。

「・・・・・まだ、ミクが、生きられると・・・・?」

ロンは小さくうなづいた。

「・・・・・・・・・・・ミク・・・・・・・・・・・・・」








 きれいな横顔だった。白い肌に、赤い血がついていたが、

その冷たく横たわる亡骸は、まるで眠っているようだ。




 彼女の魂は、生と死、・・・・・・どっちを望んでいるのか。






 だけど、彼女が生き返れるなら・・・・・・・・・それが例え自分のため

だったとしても・・・・・・・僕は・・・僕は。







 「・・・・・・彼女の魂を、もう一度生き返らせてくれ・・・・犠牲は、僕がなる」



















 第四章      「裁きの矢」おわり


               最終章につづく。




   











































































































































































































ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

秘蜜~黒の誓い~  第四章

ついに第四章です!

今回はラストにむけて、ずいぶんと

\(◎o◎)/!ドカーーーーン☆☆


と、いきました。


読んでくれた方、ありがとうございます!!

閲覧数:233

投稿日:2012/01/06 16:13:31

文字数:3,736文字

カテゴリ:小説

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