第三章 決起 パート6

 「いちご・・。」
 寂しそうにユキがそう言った。キヨテルが予想したとおり、この時期には苺を収穫できない。一応市場を、ルワール城の関係者を探すという目的も持って一回りしてみたが、結局のところ生の苺を手に入れることは出来なかったのである。そのユキの手には、止む無く購入した苺ジャムが載せられていた。数え切れない程の買い物客と、物販を勧める商人たちの呼び声が賑やかな市場には場違いという様子で、ユキはとても悲しそうにそのジャムを見つめると、キヨテルに訴えかけるように視線を上げた。
 「・・春になったらな。」
 少しばかり気まずい思いを味わいながら、キヨテルはそう言った。自身が耕作している農園では確か四月ごろに収穫のピークを迎えるはずだった。その時期を迎えたら好きなだけ食べさせてやろう。キヨテルがそう考えた時、前方に大騒ぎをしている年頃の少女たちの姿を目撃して、少しだけ嫌そうに眉を潜めた。箸が転がっても可笑しい年頃なのだろうが、いくらなんでも騒ぎすぎだ。こちらは今後のミルドガルドと苺に拗ねるユキの両方を賄わなければならないのに。キヨテルがそう考えて嫌悪する視線をその集団へと向けたとき、キヨテルは一瞬、自身の呼吸がつっと止まったことを自覚した。
 その中の一人、集団の中心となってはしゃぐ少女の髪。そして、その瞳。
 紛れも無い、金髪蒼眼の少女であった。まさかこんなところで、と信じられない思いを味わいながらも、キヨテルはまるで吸い込まれるようにその少女が持つサファイアのような輝く瞳を注視した。瞳孔までも蒼い、特徴のあるその瞳。間違いがない。黄の国王族の特徴である蒼眼であった。
 「ふにゅう・・。」
 自らへの注目を訴えかけるように、ユキはねだるようにそう言った。そのユキをちらりと一瞥して、さて、どうする、とキヨテルは考える。こんな雑踏の中で元とはいえ王族と巡り会えるとは予想だにしていなかったが、ここで出会えたのも何かの縁。リン女王とのコネクションが出来れば後はどのようにでもなる、とキヨテルが考えた時、ユキが我慢できなくなったようにこう叫んだ。
 「キヨテルぅ・・いちご!」
 「ああもう、静かにしなさい!」
 リンに対するアプローチ手段を思い巡らせていたキヨテルは思わず遠慮の無い声でユキを叱り付けた。そうするとユキはみるみる内に頬を真っ赤に染めて、瞳を潤ませると、唐突に泣き出した。泣きながら、それでも訴えるようにユキはこう言った。
 「だってキヨテルがいちご買ってくれるって言った!」
 「だから、いちごは春にならないとだな・・。」
 「キヨテルのうそつき!」
 しまった、とキヨテルが考えた時にはもう既に遅い。ユキは散々に泣き喚き始めたのである。こんな千載一遇のチャンスが訪れているというのに、まるで駄々っ子のように泣き喚かれるとは。いや、そもそも我侭盛りの幼子ではあるが。第一、ロックバード伯爵へのファーストアプローチの手段として子供がいれば有利かも知れぬと考えて連れて来たが、これならトローンにおいてきた方がマシだった、とキヨテルは苛立ちながらも、やむを得ずという様子で膝を屈めながらユキを宥めて半ば途方にくれた時、優しげな女性の声がキヨテルにかけられた。
 「どうなさいましたか?」
 その声に背中をぴくりと震わせながら、膝を曲げたままキヨテルは背後を振り返った。白銀のような長い、そして目を疑うほどに美しい女性であった。
 「どうしたの、ハク?」
 続けてキヨテルの視界に現れたのは金髪蒼眼の少女、リンであった。ハクの後ろから覗き込むようにキヨテルを見つめながら、リンは不思議そうに瞳を瞬かせる。まさか、リン女王の方から声をかけてくるとは。キヨテルは無意識に高鳴った鼓動を押さえつけるように軽く吐息を漏らすと、少しわざとらしい苦笑をしながら膝を伸ばして、そしてハクと言うらしい女性に向かってこう答えた。
 「申し訳ありません。実は、苺を探していまして。」
 「苺・・ですか?」
 その言葉を聴いて、ハクは少し考えるように首をかしげた。この時期に苺なんて、出回っていただろうか。そのように考えている表情だった。
 「うちの娘の大好物でして・・。」
 本当は自らの子供ではない、遠縁の娘だがこの際どうでもいい。とにかく、自然に会話を掘り下げてゆく。キヨテルはそう考えながらハクに向かってそう答える。
 「ねぇ、リン。苺ってこの時期に取れたかしら?」
 続けて、ハクは金髪蒼眼の少女に向かってそう訊ねた。その言葉を耳にして、キヨテルは無意識の内に息を呑む。やはり、この少女はリン女王らしい。
 「さあ?」
 そのリンは内心高まったキヨテルの様子に気付く気配もなく、ただ分からないという意味合いを込めてそう答えると、リンの隣にまるで衛兵のように控えている、小麦色をした髪を持つ少女に向かってこう訊ねた。
 「セリス、この時期に苺は収穫できたかしら?」
 「いいえ。あと二ヶ月ほど経たないと出回らないと思います。」
 丁寧な口調で、セリスと呼ばれた、他の三名に比べると幼く見える少女がそう答えたその時気付いたが、リンも、そしてセリスという少女も腰に体格に似合わぬ立派な剣を下げていた。その答えにハクは困ったような表情を瞬時に見せる。そのまま、未だぐずつくユキの表情を見つめると、ハクはどんなに意固地な人間でも安堵してしまうような優しげな笑顔を浮かべた。そのままハクはゆったりとした動作で膝を折り、ユキの泣き顔を見つめながら母性を感じる優しい口調でこう言った。
 「苺、食べたいの?」
 「うん・・。」
 小さく、ユキがそう答えた。そのユキに対して、ハクはもう一度笑顔を浮かべると、こう言った。
 「そっか。よしよし。」
 ハクはそう言いながらユキの髪を丁寧に撫でた。その行為にユキは少し恥ずかしそうな、それでも嬉しそうな複雑な表情を見せる。まるでとても愛おしい存在であるかのようにユキの髪を丁寧に撫で付けながら、ハクは言葉を続けた。
 「この時期に苺は取れないけれど、他にもおいしい果物はあるわ。」
 そう言うと、ハクは手にしていた手提げバックから何物かを取り出した。見ると、真っ赤に熟れた林檎である。
 「このあたりはとても美味しい林檎が取れるの。一つあげるね。」
 そう言って、ハクはその林檎をユキに向かって差し出した。その行為に対してユキは本当に貰っても良いのか、と不安がる様子でキヨテルを見上げる。キヨテルもまたハクの行動に驚きながら、本心から申し訳なさそうにこう答えた。
 「いえ、そこまでお世話になるわけには・・。」
 「構いませんわ。安いものですから。」
 キヨテルに対して、ハクは謙遜するように、それでも意思を通すような優しく、そして強い口調でそう言った。それに対してキヨテルはそれならば、とばかりにユキに向かって軽く頷く。その姿を見たユキは、そこで漸く本当に嬉しそうに表情を綻ばすと、ハクに向かってこう言った。
 「ありがとう、お姉ちゃん!」
 精一杯の感謝を込めた幼い子供の言葉に対してハクはもう一度ユキの髪を撫でながら笑顔を見せると、名残惜しむようにゆったりと立ち上がった。その時、先程グループの中心となって騒いでいた、快活そうな女性が待ちきれないという様子でこう言った。
 「終わった?じゃ、行きましょ。」
 そう言って、グループを先導するように歩き出す。
 「待ってよ、ミレア。」
 続けて、リンがそう言ってミレアの後に付いて立ち去ろうとした。まずい、このまま立ち去らせる訳には行かない。キヨテルは瞬時にそう考えると、半ば叫ぶようにこう言った。
 「お待ちください、リン様。」
 その言葉を受けて、リンはびくりと肩を震わせると、明らかな警戒をその表情に見せながら、キヨテルに向かってこう訊ねた。
 「・・何のことかしら?」
 そのリンに合わせるように、セリスが自然とリンの前に立ち、腰に佩いた剣の柄をさりげなく触れる。どうやらこの年端も行かぬ少女はリンの護衛らしい、とその様子を見て判断したキヨテルはしかし、抑えきれない欲望に包み込まれたかのような不敵な笑みを漏らしていることに気が付いた。間違いない。この少女は、黄の国最後の女王・・リンだ。キヨテルはそう考えながら、更に言葉を続けた。
 「私はトローンの地主、キヨテルと申します。折り入って、お話させていただきたいことがございます。リン様。」
 「申し訳ないけれど。」
 慎重な口調で、リンはそう答えた。そして、言葉を続ける。
 「私が聞けるような話は何一つないわ。」
 リンはそう告げると、まるで逃げるように立ち去ろうとした。そのリンに向かって、キヨテルは鋭く、こう告げる。
 「・・貴女の国家に関することでも?」
 含みを込めて告げたその言葉に、リンはもう一度振り返った。そして益々警戒するように無意識のうちに身構えながら、キヨテルに向かってこう言った。
 「・・一体、何を話すつもりなの?」
 「このような雑踏では少し、話にくい内容でございます。」
 今度は静かに、キヨテルはそう言った。その言葉を受けて、リンは少し悩むように視線を泳がせる。さて、どう出る。キヨテルが緊迫にも似た圧力を感じながらリンの返事を待つこと数秒、ややあってリンは決心した様子でキヨテルに向かってこう答えた。
 「何の話かは分からないけれど、貴方の言葉を聞いておきましょう。・・ルワール城でよろしくて?」
 そのリンの言葉に、キヨテルはその瞳に歓喜の色をありありと浮かべて見せた。何はともわれ、これでルワールの連中とも脈が取れる。この出会いは大きな第一歩だ、と考えながら、キヨテルはリンに向かって、慇懃にこう述べた。
 「仰せのままに。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハーツストーリー 46

みのり「ということで第四十六弾です!」
満「苺ねぇ・・。」
みのり「なあに?満苺嫌いなの?」
満「嫌いじゃないけど。」
みのり「丁度イチゴ狩りのシーズンよね!満、苺狩り行こうよ!」
満「そだな。どっか調べるか。」
みのり「やった☆ということで次回も宜しくね♪」

閲覧数:241

投稿日:2011/04/24 16:54:59

文字数:4,022文字

カテゴリ:小説

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  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんばんは~。更新お疲れ様です。
    まさかのリン達とキヨテルが会うということに驚きました。
    ユキは可愛いと思います(笑)。
    それでは、次の更新も頑張ってください。楽しみにしてま~す(≧▽≦)

    2011/04/25 21:29:56

    • レイジ

      レイジ

      コメントありがとうございます♪
      キヨテルとの出会いが後々重要になってくるので、他社ボカロのメンバーも応援して下さいね☆

      ユキ可愛いですね確かに^^

      それでは次回もよろしくお願いします!

      2011/04/25 22:49:57

  • matatab1

    matatab1

    ご意見・ご感想

     こんにちは。投稿お疲れ様です。
     以前メッセージのお返しの文であった、『資金援助をしてくれる人物』とはキヨテル達の事だったんですね。
     タグでリリィやミキの名前を見た時は「あ、このボカロメンバーも出るのか!」と言う感じで思わずにやけました。
     荒くれ者が多いであろう海の男を纏め上げる棟梁ミキ、男前すぎる(笑)


     イチゴジャム美味しいですよね。パンによし、ヨーグルトによしで。   

    2011/04/24 17:36:42

    • レイジ

      レイジ

      早速コメントありがとうございます♪

      そういうことです。その段階でキヨテルの構想はあったので、漸く登場させられた、という感じですねw
      これでボカロは一通り出演したことになるのかな・・?
      マイナーなものは出してないですけどw

      イチゴジャム美味しいですよねw
      カリカリに焼いたトーストにバターと一緒に塗りつけて食べるのが好きですねw
      そういや最近イチゴジャム食べてないなぁ・・。

      ではでは、次回も宜しくお願いします!

      2011/04/24 18:44:37

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