巨大な火の手が上がっていた。リュウトのドラゴン体が、爆発炎上していたのだ。
そのドラゴン体の握りしめた両手の間から、いろはが這い出してきた。
「う……うう……はっ!? リュウ……リュウっ!!」
慌てて燃え上がるドラゴン体の頭部まで跳んで、強固な頭蓋骨をこじ開け、リュウトを助け出すいろは。
だが―――――そのリュウトの眼には、光が宿っていなかった。
「リュウ!? ……リュウ!! ねぇ、やだ、目を覚ましてよっ……リュウっ……!!」
ぼろぼろと涙をこぼしながらリュウトにしがみつくいろはに、メイコが静かに近づいた。
それに気づいたいろはは、メイコを睨みつけ泣き声で叫んだ。
「いや!! こないで!! 悪魔!! あんたたち最低よ!! あたしたちは……幸せをつかみたかっただけなのに、どうしてここまでするのよぉっ!!!」
泣きじゃくるいろは。だがメイコは、どことなく冷めた目のまま、いろはを見下ろしていた。
「……あんたたちが自分たちの幸せのためにあたしたちを殺そうとしたから、私たちも自分の幸せを守るためにあなたたちを倒させてもらった。それだけの事よ?」
「!!」
はっとしてメイコの顔を見上げると、メイコは諭すような眼でいろはを見つめていた。
「リュウトはあんたを全てから守るため、あたしたちを殺そうとした。その思いに真正面から応えるために、あたし等はヴォカロ町を守って戦った。その戦いの間に、邪な想いは何一つ入り込まない。例えあたしが負けていたとしても、あたしは『TA&KU』を恨みこそすれど、あんたらの事を恨みはしなかったわよ」
「……うう……」
悔しそうに唸るいろはの眼からは、再び涙がこぼれ出てくる。
「でも……でも……リュウは……あたしのために……あたしを守ろうとしただけなのに……っ!!」
こぼれる涙が、未だ熱いリュウトの体に落ちて消える。
その様子を、小さなため息をつきながら眺めていたメイコが、不意に後ろにいるリンとレンに向かって手を振った。
それに呼応して前に出てきたリンとレンが天に向かって手を掲げる。
『ツイン・サウンド・リカバー!!』
二人の鈴鳴るような声が響いて、金色の光が空に放たれた。その光は空中で二つに分かれ―――――いろはとリュウトへと降り注いでいく。
光に包まれた二人の体は急激に修復を始めた。あっという間に消えていく傷に、いろはが目を丸くしている。
そして1分ほど経った頃―――――
「……ウ……ぐ……」
「え!?」
リュウトが腕を支えに起き上がろうとしていた。
がくぽやグミの時と同じだ―――――『ツイン・サウンド』による回復は、死者すらも蘇生させる。
「リュウ……!! リュウ……っ!!」
「う……僕は……!?」
まだ自由にならない体を持ち上げて、メイコを睨みつけるリュウト。
「……なぜ助けたんです? 僕はあなたたちを殺そうとしたんですよ!?」
「……がくぽと同じこと言うのね、あんたも」
「え……?」
しゃがんだメイコが、リュウトの眼を真正面から見つめた。
「理由はただ一つ。昔っからの仲間だから」
「仲間……?」
「そ、仲間。昔から一緒に歌ってきた仲間。そんな仲間であるあんたらの事、ほっとけるわけないでしょーが」
「でも……」
「……あたしらVOCALOIDはね。他者を拒んで生きる存在じゃないのよ。他者を受け入れて生きる存在なの。ソフトの頃からずっと、ね。同じVOCALOIDなら特に……。例え敵であっても、あたし等はあんたたちを受け入れる」
小さく震えるリュウトの手に、自分の手を重ね、優しく囁くメイコ。
「あんたの力、この三日間毎日驚かされたわ。この土壇場で潜在音波が覚醒しなかったら、間違いなくやられてた。今度からは……この力、いろはだけでなく、受け入れしもの全てを守るために使いなさい」
「……はい……はい……!」
震える、しかしそれでもはっきりとした決意を込めたリュウトの言葉。
それは二人とメイコたちとの戦いの、本当の終結を表していた。
「ミクおねえちゃん、どう? 歩ける?」
「な……なんとかかろうじて……ね……」
「まだだいぶ辛そうだね……姿も元に戻らないし、ネルに見てもらうしか……」
リンとレンに担がれ、ルカに心配のまなざしを向けられるミク。その様子を心配そうに見つめるリュウトに、メイコは軽く笑いかけた。
「心配しなさんな。ネルの手にかかれば、どんな『重病』の機械であろうと治せるんだから。ミクだってすぐ良くなるわよ」
「だといいんですが……」
「それよりも……あんたたちはこれからどうすんの?」
不意に話を振られ、しばし考え込んだ二人は意を決したように口を開いた。
「……これから、がくぽさんとリリィさんを探しに行きます」
「え!?」
「そして……間にあったら、ですが……皆さんと一緒に、『TA&KU』と戦うためにこの町に戻ってきます!!」
「……!!」
メイコたちにとってこれほど嬉しいことはない。敵として対峙した相手が、強い決意と共に味方になってくれるというのだから。
「そう……ありがとね。でもまずは、隣のかけがえのない相手をちゃんと守れるようになりなさいね。今日みたいに怒りに任せて暴走したらまた元通りじゃない?」
「いやはは……」
「ちょ、何赤くなってんのよリュウ!! こっちまで恥ずかしいじゃない……」
顔を赤らめながら苦笑いを浮かべるリュウトに、つられて真っ赤になったいろはが鋭いツッコミを入れていた。
その様子を見ながら、ああ、もうほとんど普通のカップル同然だな、とメイコは胸を撫で下ろしていた。
夕日の向こうへ消えていく二人を見送りながら、憔悴したミクがぼそりとつぶやいた。
「……結局……いろはちゃんの良心回路は……起動できたのかな?」
「……あの子たちは最初から、良心回路が起動してたのよ。ただし……『半分ずつ』ね」
「半分ずつ? どゆこと?」
話を理解できないリンが問いかけてくる。
「いろはは『相手を思いやる心』が覚醒していて、リュウトは『善悪を判断する心』が覚醒していた。そしてお互い、相手が覚醒させている部分が覚醒していなかった……だからいろはは最終的には中途半端な攻めしかできなくて、リュウトは奴等に従うことに苦しみながらも、いろはを守るために情け容赦なく弱ったミクを攻めたて、あたしたちを殺そうとしたのよ」
「そんな……良心回路が覚醒していたが故の悲劇……だっていうの?」
辛そうに目を伏せるリン。だがメイコは、落ち着いた表情で、夕日を眺めていた。
「人間らしくていいんじゃない? 感情を得た機械人間としては、一種の完成形でもあるのよ、『恋狂い』も『覚悟の暴走』も」
そして大きく伸びをして、一変して厳しい表情に変わった。
「とにかく―――――マスターノートの情報が正しければ―――――」
「ああ……そうだね。これで敵のVOCALOIDは―――――すべて倒した」
『次はおそらく―――――奴等自身が、攻めてくるでしょうね……』
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