21
「どうした。レティ」
レティシアが、信じられない、とばかりに、再び剣を振るう。
突きから袈裟懸けに切りにかかる、二段攻撃。続いて胴を払う三段攻撃。
なんと、アルタイルは、全ての攻撃を避けきった。
「いつのまに、私の攻撃を避けられるようになったの? 」
本当なら、相方の上達はうれしくてたまらないはずなのだが、レティは剣に違和感を覚えていた。
「ふたりで打ち合っているはずなのに」
まるで、誰かに邪魔をされているような、変な力のかかり方を感じる。
レティシアは息をつめた。見えない力を違和感ごと吹き飛ばすように、本気で斬りにかかった。まるで、ルディを相手にするときのように。
「ハーニィ!」
突如、アルタイルが叫んだ。
なぜに、ハーニィ? レティシアの疑問はすぐに解けた。
アルタイルが、レティシアに攻撃魔法を放つ。
レティシアが、あっさりと飛んできた風の道筋を避けて、アルタイルに木剣で切りかかる、その瞬間、
『踊れ! 汝は美しい』
魔法を発動させる言葉が響いた。
ハーニィは、光の旋律で正確に発声した。
突如として、激しいまぶしさが、レティシアの目をくらませた。
くらんだまま突き入れてきたレティシアの剣を、
『屋根となりわれを守れ!』
アルタイルが、風の旋律で唄い、半球の盾を出現させ、弾き返した。
「アルタイル! なんでハーニィが入ってくるの!」
「え、言っていなかったっけ?」
アルタイルが、のんびりとのたまう。
「ハーニィも行くんだとさ」
瞬間、レティシアは倒れこみそうになった。
「なんだよ。俺も行くならハーニィも連れて行くべきだろ? 何があるか、わからないんだから。
神殿での冒険に失敗したらもちろん、村を離れている間もきっと、無事に生きているか、自分たちがいない中で、先祖がえりを起こしていないか、気になって仕方がないだろう。
そんな気が散った状態で、ルディと戦えるわけがない。
だから、ハーニィが目の届くところにいれば安心だし、どうせなら自分のルーツを見せてあげたくないか?」
レティシアとアルタイルが倒れるときは、ハーニィも一緒だ。
「要は、レティの邪魔をせずに、自分の身が守れて、なおかつ攻撃の手段を持てばいいんだろ?」
レティシアはうなずいた。たしかに、その通りだ。
「そうだね。……じゃあ、二人で、これから私が行う攻撃をふせいでみて」
こうなってしまった以上、アルタイルの説得は不可能だと、レティシアは経験から知っている。それなら。
考えが甘いことを、完膚なきまでに倒して教える。
レティシアの職業人としての人格が、すらりと表情に浮かび上がった。
レティシアが斬りかかる。
『弾け! 汝が性は空にあり』
アルタイルが魔法の唄を発すると、風がアルタイルとハーニィの足元を支えて宙に浮かせた。レティシアの攻撃が、宙を抜ける。その瞬間と同時に、
『進め! 強き業のままに!』
ハーニィが攻撃の唄を、炎の旋律で唄った。
レティシアが、間一髪で、駆け抜けた炎を避けた。
「おどろいただろ」
アルタイルが、風の盾の中で、笑った。
「こいつ、唄の才能があるみたいだ。魔法の発動は、きっとそんじょそこらのゼルより正確だぜ」
ハーニィが、アルタイルにほめられて、うれしそうに笑う。
「アル! ハーニィに、攻撃魔法を教えたの!」
レティシアが、非難の口調で、剣を下ろして詰め寄った。
「攻撃の魔法は、免許がなきゃ使っちゃいけないことになっているんだよ!それに、もしものことがあったら、って言ってたのは、アルじゃない!」
もしものこと。ハーニィが、ルディの本性を表す可能性。
「そのときは。どうする。ハーニィ。言ってやれ」
アルタイルが、魔法を解いて、ハーニィとレティシアに向き合った。
ハーニィが、すっとレティシアの前に進み出る。
「そのときは、レティとアルがいる。そうでしょう?」
ハーニィが、レティシアを見て、静かに微笑んだ。レティシアは言葉を失った。
「アルタイル。……もしかして、」
「ああ。……ハーニィに、全てを、教えた」
レティシアが凍りついた。ぼと、と、木剣が草の上に落ちた。
「……大丈夫。レティ。あたしも、大丈夫だから」
凍りつくレティシアに、ハーニィが、歩み寄って、きゅっ、と、その手を握った。
「アルから、全部聞いたよ。……ありがとう。レティが、あたしを、生かしてくれたのよね。あたしを生んだ本当のお父さんとお母さんは、役場に運ばれていなくなっちゃったけど……レティが、あたしをいつも守ってくれているの、知ってるよ。
……今度神殿に行くのも、あたしのためなのよね」
ハーニィは、本当に全てを知らされてしまったのだと、レティシアは震えた。
「レティは、どうせ、一生かかったって、いえないだろ。俺が、言っておいた。感謝しろよ」
アルタイルがいつものように憎まれ口を叩く。
レティシアのことだ、いつまでたっても真実をハーニィに言える訳が無い。なら、ハーニィが、事実の全てを受け止められる強さがある、と分かった時点で、全てを知らせておこう。
そう、アルタイルは、判断したのだ。剣の筋を読めないアルタイルは、人の心の筋を読める。
「神殿に行くということは、全てを知ることになる。もっとも危険な冒険になる。
そこで俺たちは、全てが、終わってしまう可能性がある。そうなる前に。知るべきことは、知っておいたほうが、いざとなったとき対処できるかもしれないだろ」
レティシアの唇が動いた。
「なんだよ。当然のことをしたまでだろ?」
傲然と言い放ったアルタイルに、レティシアは、キッと顔を上げた。
「……勝手なことを」
顔を上げたレティシアは、はっきりと、アルタイルの見たことの無い表情を浮かべていた。
それは、怒り。
「勝手なことを! あんたたち、死ぬつもりで神殿にいくの?」
すらり、とレティシアは、木剣を拾って、構えた。
「私は、ちゃんと、生きて帰るつもりだったよ。死ぬことを考えて神殿に行くつもりなら、二人とも、村で待っていてもらう。そしたら、ハーニィがひとりぼっち、ということもなくなるよね? 私も、心置きなく戦えるわ」
レティシアが、ボソッと、言葉をつぶやいた。
「ち、地の魔法か! お前こそ、免許無いんじゃなかったのかよ!」
慌ててアルタイルがハーニィを抱え込み、風の盾を展開する。
「無いよ。でもこれは、攻撃魔法じゃないもの。ただ、木剣の強度を上げただけ。……アルタイルが教えてくれたことだよ。日常魔法でも、使い方しだいで、強力な攻撃になる」
レティシアの剣が、地の力をまとった。ハーニィが、ひっ、と悲鳴をあげる。
「怒ってる……? レティ?」
「あたりまえだよ……ハーニィ。アルタイル」
ゆらり、と剣を振りかぶるレティシア。
「魔法も、剣も、知識も、生きてこそ、意味があるのに、死ぬつもりで真実を探しにいこうとしていたなんてね。笑っちゃうな。……弱いくせに」
まずは言葉で切り込んだレティシア。
来た、とアルタイルの口が笑った。
レティシアが、本気で戦う。
レティシアは、ひとつ息を吸うと、アルタイルの風の盾に向かって、一気に剣を突き込んだ。
ガツーン、と、うなりをあげて、アルタイルの盾は砕け散った。
「いいよね? あたし、本気でアルを倒すよ」
レティシアは、魔法を砕かれたアルタイルに向かって告げた。
「最悪の事態を考えておくことは必要だと思う。でも、私は、死ぬつもりでいるような人に、サリになって欲しくない」
レティシアが、再び、剣を構えた。すばやく唱えた魔法の唄は、先ほどと同じ、地の魔法。
『大いなる全ての源よ。分解し吸収し汝の力と成せ』
今度は、アルタイルも正確に聞き取った。
万物を生み出す大地の旋律。相手の魔法を無力化することと、木剣の強度を上げること。
二つの効果を同時に行う二重の唄だった。確かに、攻撃魔法ではない。
しかし、レティシアは、その魔法を剣にまとわせることで、みごと攻撃に応用していた。
「これでも、トカゲ型のルディの尻尾の威力にはかなわないよ。どうする」
ごん、と、レティシアが踏み出し、激しくアルタイルに叩き込んだ。
『盾! 秘めたる強さを我が前に表せ!』
アルタイルがとっさに風の旋律で魔法を使う。
剣と盾の衝突した衝撃で、アルタイルの腕が、押し返された風の密度にしびれた。
『進め! 汝が流れはここにあり!』
ハーニィの声が響いた。地の魔法と抜群の相性を発揮する、水の魔法が、奔流となってレティシアの剣の衝撃を緩衝した。
瞬間、レティシアは剣を引いた。そして、唄った。
『駆けよ! 喜びの場を与えよう!』
レティシアが剣を薙ぐ。わずかな風圧に、魔法の力が乗った。
とたんに、全てを吹き飛ばそうとする風の力が、アルタイルの作った盾の風さえも巻き込んだ。
「これでも、大鷲型のルディの翼にはかなわないよ。どうする」
風を巻き取られたアルタイルは、無防備になったと思われた。
「ハーニィ! 『炎』で復唱しろ!」
『駆けよ! 喜びの場を与えよう!』
ハーニィは、レティシアと同じ唄を唱えた。ただし、炎の旋律で。
炎に変わったレティシアの風の波は、ハーニィの発動させていた水の魔法と相殺されて蒸発した。
大量の水蒸気が相対するレティシアの前に立ちこめる。
「なるほど。さすが、長く学んできただけあるね。アル。
『退け。ここは聖なる空の領域』」
レティシアが再び唱えた唄。乗せた旋律は『風』。立ち込めた水蒸気は、あっという間に取り払われる。その先に、呆然と立ちすくむアルタイルとハーニィがいた。
「せっかく蒸気に隠れたんだから、その隙にちゃんと何か仕掛けなよ? ぼーっとしてちゃ、やられるよ?」
レティシアは、木剣を構えて走りこんだ。
『貫け。邪魔は何も無い』
真剣にも近い強さをまとわせた、レティシアならではの単純な唄。
旋律は、鋼。
「あっ……! あ、『弾け! 汝が世界は相容れぬ』!」
アルタイルが、とっさに唄に、得意の風の旋律を乗せる。
見事防御に成功した。レティシアの剣と魔法の盾がぶちあたった。それでも勢いに押されて、じゃっ、と、アルタイルとハーニィが、弾かれて転がった。
レティシアの剣が、アルタイルの腕にかすり、傷ついた熱さを放っていた。
「これでも、大狼のルディの牙には、かなわないよ。どうする」
貫け。邪魔は何も無い。
レティシアが、もう一度、剣に狼の牙の強さをまとう唄を使った。
怖かった。
アルタイルの喉が、初めてルディと対峙したときのように、凍った。
……やられる。
「アル! もう一度だよ!」
そのとき、ハーニィの声が、遠くから響いた。
離れたところに弾き返されて倒れていたハーニィが、アルタイルに手を伸ばしていた。
「そうだ。ハーニィも、俺の、サリだ!」
『弾け風よ! 空渡る強さを我が前に示せ!』
アルタイルとハーニィの言葉。地の属性と確実に反する、風の旋律。
かぁん、と、高い音を響かせ、魔法同士がぶつかった。
飛ばされたのは、レティシアの剣だった。
つづく!
【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 21
オリジナルの21です。
【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 1
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↓ボカロ話への脱出口
☆「ココロ・キセキ」の二次小説
ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
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☆夢みることりを挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた 全5回
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