彼女に導かれるまま、俺は板張りの床へ踏み込んだ。
コンクリートや鉄とは違う、素足で感じるのは初めての感触に新鮮味を覚える。
俺と、そしてタイトは縁側に近い、ガラス越しに竹藪が映える客間に通された。
こんな日本家屋でも洋室ぐらいはあるのか。
「ちょっと待ってて。すぐに着替えてくるから。」
俺達二人を席に座らせると、彼女、栄田道子は一度部屋を後にした。
一度、俺達は互いの視線を合わせる。
「お待たせ。」
数分もせぬうちに彼女が再び部屋を訪れ、俺達の眼前に座した。
彼女の姿は機動性に優れた服装だ。
もしかすると、すぐにでもここを立ち去らねばならない場合があるのだろうか。
いや、考えすぎか・・・・・・。
「急な話ですまないが、早速俺の質問に答えてほしい。」
単刀直入にタイトが切り出す。
交渉とは違うのだから、ここで相手の胸中を探る必要はない。
彼女は味方のはずだ。
「陸軍が所有する技術開発研究所を、クリプトンの支社、クリプトン・フューチャーウェポンズの私兵部隊が占拠した事件は知ってるな。」
「ええ。一昨日のことね。」
「では、私兵部隊の司令官および幹部の情報は?」
「こちらのことなら、全部心配はいらないわ。現状を知るための情報なら、休暇中の私でも手に入る。」
「ふむ。」
タイトが一度息をつく。
「では、本題のことだが、奴らはどこに消えた?」
今度は俺が彼女に質問した。
「・・・・・・西日本よ。」
「西日本?」
俺は驚嘆し、タイトと顔を見合わせた。
驚いたのは俺だけではないらしい。
西日本といえば、二十一年前の隕石衝突によってすべての生命体は絶滅し、一本の草も生えない不毛の大地となっているはずだ。
開発予定もなく、おそらく永遠に荒涼とした世界が続いていくだろう。
だが、そんなところになぜ?
「そんな、あんなところに何があるんだ?」
疑いを鎮めながらも、俺は彼女に訪ねた。
「彼らの本拠地、クリプトン宇宙兵器開発基地。」
「宇宙兵器開発基地・・・・・・。」
聞いたことのない名前だ。
視線でタイトに訪ねてみても、首を横に振るだけだつた。
「それは?」
「ウェポンズが、自社の極秘兵器を実際に製造して実際に試験運用をするために建造した基地。空軍の空中空母、ストラトスフィアを始めとする巨大兵器や極秘兵器の数々はここで製造されたの。」
「そこに奴らが。」
「ええ。根城であり、最後の砦。」
「・・・・・・Piaシステムが奴らに奪われた。その基地にはおそらく、システムを起動し、制御できる設備があるだろう。」
タイトが唸るように声をあげた。
「そうね・・・・・・。」
彼女の表情は深刻さを増した。
「未だに奴らはシステムを起動させていない。だが、頃合いを見計らっているという可能性は十分にある。もし起動させた場合・・・・・・奴らを追う手段は?」
「・・・・・・一般の交通機関では、西日本の境界に近づくことすらできない。運よくシステムの導入が遅れたある限りの装備をかき集めるしか方法がないの。そうでなくてもあなた達がまともに動ける状態にあるか、それすら疑わしいわ。」
「それの心配はない。」
タイトがコートの内ポケットから、例の注射器を取り出し、テーブルに置いた。
「それは・・・・・・。」
彼女がこれを知らないはずはなかった
「これは俺達のようなアンドロイド専用だ。こういう手筈は。」
「一応、錠剤タイプのものがあるわ。でも、そもそもこれは軍内でも一部の人間しか持つことを許されていない、極秘中の極秘。奴らがシステムを起動すさせれば、ナノマシンを持つ人間の殆どが身体に異常をきたし、銃火器や兵器、電子機器の一切が使用できなくなる。陸海空、警察機関までもが完全に沈黙するのは間違いないわ。生き残った戦力をかき集めただけでは、とても対抗できない。今のうちにシステム未導入の装備と、この薬のほうも集めないと。」
確かに、彼女の言うことは正論だ。
しかし、あんな小規模の集団相手に、一軍隊を必要とするだろうか。
いくら優秀な人材だからといって、数で圧されればどうだろうか
「ちょっと待ってくれ。」
彼女を呼び止めたのはタイトだった。
「例の私兵部隊だが、大した規模ではないんだろう?」
「そんなことないわ。あの部隊は想像を超えるほどの大部隊なの。今頃、あの基地に総戦力が集結しているはず。それに、あなた達がここに来る前、最悪の知らせを受けとったの。」
最悪の・・・・・・知らせ・・・・・・?
恐れていた言葉が、今まさに俺に突き付けられた。
タイトが息をのむ音が聞こえた。
「そ、それは?」
「現在日本にいる陸空軍に所属している、強化人間とゲノム兵士。そのすべてが、例の基地に召集されたらしいの。クリプトンの要望で。」
強化人間と、ゲノム兵士。
手術を受けることによって常識を超えた能力を身に付けた人間と、遺伝子操作によって常人よりも遥かに優れた身体能力を持つ、ゲノム兵士。
今日本の陸軍と空軍には、およそ数百名程度の強化人間と、ほんの僅かなゲノム兵士がいることを聞いたことがある。
俺は実際に目にしたことはないが、やはり身体から脳に及ぶまで、通常人間では出しえない成績を残しているらしい。
「なんだって・・・・・・ということは・・・・・・。」
彼らが?
「ええ。無論彼らの体には、特別システムに最適化されたナノマシンが導入されてる。その気になれば、意志のコントロールさえ可能だわ。敵に回る可能性は高い。」
「彼らが相手か・・・・・・。」
タイトが腕を組み、視線を落とす。
水面基地に所属していた頃、タイトは強化人間との面識があったらしい。
まさか、同期だった彼らと対峙することなど、考えてもいなかっただろう。
「そうとなると、俺達だけでは・・・・・・。」
「そう。軍が機能している内に手を打ったほうがいいわ。でもほかにも手段がある。きっと。」
そう言い切り、彼女が口をつぐむ。
話すべきことはすべて話した、ということだろう。
「・・・・・・話は分かった。」
タイトが顔を持ち上げた。
「俺達はこのことを上官に伝える。まさかと思うが、今までのことに、偽りはないな。」
「ええ。」
「うむ・・・・・・デル。」
タイトの意図は分かっている。
任務は果たした。後は去るのみだ。
「ああ。」
俺とタイトが同時に席から立ち上がり、彼女に敬礼した。
「情報提供感謝する。では我々はこれにて失礼する。」
「・・・・・・幸運を祈るわ。どんな思想かしらないけど奴らなんかに日本は渡せない。」
「そうだな。」
そう言い残し俺達は元来た道を戻ろうと踵を返した。
その時、無線のアラーム音が鳴り響いた。
博士でもセリカでもない。
彼女も受信しているらしく、戸惑った様子で俺達を見る。
『・・・・・・聞こえる?』
この声は・・・・・・!
『キクか?!』
タイトが彼女の声に応じる。
キクが俺達の周囲で気配を忍ばせていたのだろうか。
『・・・・・・うん。』
『今、どこにいるんだ。』
『みんなの・・・・・・すぐ近く。あのね、たいと・・・・・・すぐに、そこから逃げて。危ない・・・・・・危ないよ・・・・・・。』
「?!」
そんな・・・・・・まさか?!
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