追憶の内、今思えば、あれは一夜の夢であったような気がしてならない。
だが、実際夢ではなかった。
あの夜の出来事は、確かに起こった事態だった。
空軍配備の軍用アンドロイドとして、俺は遥か異国の地、今は無き国、興国の森林部へと、XC-2と呼ばれる空軍輸送機からパラシュート降下し、興国にある核ミサイルを撤去するための陸軍部隊が発射施設へ突入するための侵入経路を確保する任務を実行に移した。
だが、施設に到着した俺を出迎えたのは、ミサイルではなく、鋼鉄の巨人。
それから間もなく、悪魔は舞い降りた。緑髪の少年の姿をした、悪魔が。
黒い翼を持つアンドロイド、そして鋼鉄の怪物が施設の天井を破り、味方であるはずの陸軍部隊を全滅させ、俺までもが命の危険にさらされた。
挙句の果てに大量のプラスチック爆弾で施設を丸ごと吹き飛ばし、満身創痍の状態で大爆発した施設からどうにか脱出したものの、全身に大火傷を負い、その場で気絶した。
その後意識を取り戻したのは、そして、状況を把握しきれたのは、一体何時ごろのことだっただろうか。
その時、俺は思ったのだ。
あれは夢では無かったのかと。
だが、夢ではなかった・・・・・・。
あらかた話し終えると、手摺りの向こうで静かに揺らぐ海面が跳ね上がり、儚かに水音を反響させた。
「どうして助かったんだ?」
俺の語る昔話に興味を引かれたのか、真っ先にデルが質問した。
「シクのおかげさ。」
俺は抱き寄せたキクの頭を撫でながら答える。
「シク?彼女はあの時、お前の命を奪うよう、ミクオに命令されたんじゃなかったのか?」
デルが当然そう思うだろう疑問を投げかける。
「シクは俺に助けられて、お礼に俺の命を助けることにしたそうだ。無線機で救難信号を発信し続けたら、どうやら陸軍に拾われた、と言うわけだ。」
「それで、また戦場に戻ってきた・・・・・・影の部隊として、自分の様々な情報を改竄して、政府特務機関の人間と偽った、ということか。」
「そうだ。」
デルは納得したように頷くと、短くなったタバコを、口から携帯灰皿へと投げ入れた。
「タイト。ワラとはどこで?」
それまで質問も無く、沈黙のまま俺の話を聞いていた神田少佐が訪ねた。
「政府の機関に潜入する部隊を結成したとき、俺の部下として、ワラと、そして行き場の無かったシクが割り当てられた。あの時は、涙が出るほど嬉しかった・・・・・・。」
今でも覚えている。
とある軍事施設の中で、俺はワラとの再会を果たした。
最初に俺の姿を目にした彼女は、そのまま硬直し、大きく目を見開き、その場で立ち尽くしているだけだった。
後で聞いたところ、再生産されたものだと思っていたらしい。
俺は、そんな状態の彼女の名を呼ぶと、ワラは突然口を押さえ、瞳から玉のように大きな涙を流し、次の瞬間、俺に飛びつき、胸の内で泣き叫んだ。
大げさだな、という俺に対して彼女は、だって、だってというばかりで、全身で俺の体を抱きしめた。
それからしばらくの間ワラは割と素直な性格をしていたが、今となっては、既に昔の暢気な性格に戻っている。まぁ、それはそれで悪くない。
「なるほど、とにかく皆、無事でよかった。」
少佐が俺の方を軽く叩き、俺を見つめる。
月明かりに照らされたその表情は、にこやかなものだ。
「そして今日、俺はキクとも再会することが出来た。一番俺が会いたくて、一秒でも早くこうしていたかったキクと・・・・・・。」
そう言いながら、俺は今一度、キクを強く抱きしめた。それに反応して、キクもまた、痛いほど俺を強く抱きしめる。
とはいえ、キクとの再会は余りにも衝撃的で、残酷だった。
ヘリの中からキクの姿を目にしたとき、何故テロリスト側にキクがいるのかを必死に考えた。
何故、あんな姿をしているのかも。
だが考える余裕も無く、隣にいたシクが携帯用地対空ミサイルを持ち出した。
俺はそれを凄まじく恐ろしい形相で制した。
今思えば、何も知らぬシクにあそこまで険悪な態度をすることも無かっただろうと、反省している。
だが、再びキクに視線を戻すと、今度はデルがキクに銃口を向けていたのだ・・・・・・。
「タイト・・・・・・まだ、俺のことを憎んでいるか。」
手摺りに寄りかかっていたデルは、いつの間にか俺の前に立っている。
「いや・・・・・・ああしなければ、キクはあのままだっただろう。あの時の俺にはとても冷静な判断は出来なかった・・・・・・お前の行動が、一番正しかった。それに、キクには全くの怪我が無かったことはお前に礼を言いたいぐらいだ。」
そう言い、俺はデル向けて笑みを浮かべた。
デルもまたほくそ笑み、それからキクへと視線を移した。
「そうか。その可愛い顔に、傷一つつかなくてよかった。」
何だと・・・・・・。
他人にキクのことを可愛いと言われるのは、別に悪い気はしない。
だがデルのような、自分に近しい存在に言われると、どこか腹立たしい気もする。
まぁ、どうでもいいことか。
「さて・・・・・・俺の昔話はこれで一通り済んだ。今度は、少佐の話を聞かせてくれないか。ミクオが起こした事件は知っている。その後のことが知りたい。当夜ってヤミと再会したかも。」
今度は、俺が少佐に訪ねた。
少佐は顎に手を当て、何か考えるような姿勢をとった。
「・・・・・・あの事件の後、ミクは軍を去った。」
「ふむ・・・・・・。」
俺があの夜受けた任務が成功した後に、ミクが軍を去り、どこか別の機関に配属されることは知っていた。それも、クリプトンが関係した。
だが任務を失敗し、約三ヶ月ほど意識を失っていた俺には、ミクがどうしていたかなど知り得るはずが無い。
あの後も、俺はミクに関する情報は得ることが出来なかった。
「それでも、事件から生還した者達はここにい続けたさ。だが突然、お前も知っている、あのソード隊の連中が、全員忽然と姿を消してしまった。」
「何だって?」
その言葉に驚きを隠せない俺は、無意識に声まで発してしまった。
忽然と、ということは、失踪・・・・・・?
「本当に突然の出来事だった。朝のミーティングにいるはずの、新人を含めた五人が、その日は現れなかったのだから。」
少佐の言う新人のことが気になったが、俺は黙って話を聞き続けることにした。
「親しい間柄であるはずの連中に訊いてみても、彼らの行方を知る者は誰一人としていかった。結局司令に訪ねてみたところ、深夜、クリプトンの連中が基地を訪れ、異動ということで彼らを連れて行ったとしか聞いていない。司令も多くは語らなかった。」
そんな馬鹿な・・・・・・。
少佐が俺の顔を見て、そんな心境を読み取ったような顔をした。
「そりゃあ、確かににわかには信じられない話さ。さっきブリーフィングルームに行く途中ミクに訪ねられたときには、俺がいない間に、と言っておいたがな。本当は、俺がまだここの空軍少佐として配属されているときに起こった出来事だ。」
少佐の声は静かに語るが、月明かりに照らされたその顔には、明らかに狼狽の表情が浮かんでいるのが見える。
「更にその後、司令も突然の異動を命じられた。司令までもがこの基地を去ると、今度は俺と同じく管理関係の役職を持つ空軍中佐がここに配属され、そのまま司令の権限を握ることになった。そして俺はお払い箱になり、他に転属せざるを得なくなったのだ。そうして陸軍に転属した俺は、当時設立されたばかりの、アンドロイドを使用した部隊に配属され、そこの司令官となった。そのとき、あるカテゴリのアドバイザーとして、俺と同時に配属されたのが、ヤミだったという訳だ。」
どうやらヤミもまた、俺やワラと同じように、誰かと再会し、戦場へ舞い戻ってきたというわけか。
どこか、運命的なものを感じる・・・・・・戦場が、戦いが、俺達を巡り合わせたのだろうか。例え、一度死にかけたとしても。
俺達は皆、そんな運命で再会を果たせたのだろうか。
俺とワラが再会したように、少佐がヤミと再会したように。
そして結局、全員が戦場に居合わせた。味方として、あるいは敵として。戦いの最中に。
戦いが、俺達を呼び戻した、とでも言うのだろうか。
キクとの、あの残酷な再会もまた然り。
戦いという運命が呼んだ必然なのだろうか?
ということは・・・・・・やはり・・・・・・。
いや・・・・・・あまり考えたくはないな・・・・・・。
「さて、俺の話もこれで終わりだが・・・・・・もうこんな時間だ。そろそろ指定の部屋で休んだほうがいいぞ。」
少佐が腕時計を覗き込み、デルと俺に呼びかけた。
そう言えば、今は何時なのだろうか。
部屋には博貴博士とセリカを待たせてある。戻る時間が遅ければ、心配をかけるかもしれない。
「そうだな・・・・・・俺はもうベッドに倒れたい気分だ。」
デルがため息混じりに暢気な声を漏らした。
「安心しろ。ちゃんとベッドもあるし、充電器も用意しておいた。明日に備え、ゆっくり休んでくれ。」
「そうさせてもらう・・・・・・タイト。いい話をどうも。おかげで少し気が楽になった。」
デルは踵を返しそう言い放つと、外周通路のドアの中に消えていった。
「俺達もそろそろいくか・・・・・・。」
「そうだな・・・・・・。」
俺はキクの手を取り、少佐と肩を並べ、月光が照らす外周通路を後にした。
明日に備えて、か・・・・・・。
だが、せめて・・・・・・今夜だけは・・・・・・。
例え戦いという運命が、俺とキクを再会させたとしても、俺は別に構わない。
キクとこうして触れ合っていられれば、それでいい。
たとえ、どんな宿命が、この体に憑り着いていようと・・・・・・・。
「たいと・・・・・・?」
「いや・・・・・・何でもないよ・・・・・・キク・・・・・・。」
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