UVーWARS
第三部「紫苑ヨワ編」
第一章「ヨワ、アイドルになる決意をする」
その13「みんなに聞いて欲しい」
わたしには「通して下さい」と「レンきゅーん」という声が重なって聞こえた時だった。
「危ないぞ」
「押すなよ」
太い男の声が聞こえた。
故意か、悪意か、声のする方から何かがステージに向かって飛んできた。
一瞬黒い石のようなものに見えたのは照明の加減で、実際には、チョコレートアイスのソフトクリームだった。
ゆっくりと傾くように回転するそれは、狙ったようにユフさんの胸の真ん中に着地した。
「あ」
ユフさんは思わず歌を止めて声を上げた。
わたしも息を呑んだ。
ソフトクリームはゆっくり下に数センチずれてからぽとりとステージの上に落ちた。
白いハーフコートは泥を擦り付けられたように見えた。
ユフさんは目を見開いて固まった。
さっきまで自信満々だったユフさんの表情はすっかり強ばってしまった。
「ユフ、こっち!」
マネージャーさんが声をかけた。もし、声がなかったら、ユフさんはずっと固まったままだったかもしれない。
ユフさんの音楽は止まった。
少しの悲しみとその何倍もの怒りがこみ上げてきた。
「誰、今、投げたの!」
ネルちゃんは堪らず声を張り上げた。
舞台の袖に立つマネージャーさんに促されて、ユフさんは一旦舞台を降りた。
ユフさんの歌が途切れると、止まっていた人々の足が再び外に向かい出した。
〔みんな、行かないで。ユフさんの歌、聞いてあげて〕
そう叫びたかったけど、わたしじゃ人の流れは変えられない。それは確信した。
わたしは親友を見た。ネルちゃんも同じ気持ちだったのだろう。わたしを見て黙って頷いた。
「どうする、ヨワ?」
「文化祭の時のは?」
「音合わせ無しの一発勝負になるわよ?」
「みんなの足を止められればいいわ」
わたしはつかつかとマネージャーさんのところに駆け寄った。
ユフさんは真っ青な顔でマネージャーさんと話していた。
わたしに気付いたユフさんは笑顔を向けてくれたけど、なんだか弱々しい笑顔だった。
何がユフさんをそうさせたのかは解らない。でも、ユフさんの歌はみんなに聞かせたい。
「ユフさん、そのままでいいから、歌ってください。無理なら、カラオケじゃなく歌を流してください。私たちでお客さんを集めます」
わたしとネルちゃんは制服を脱いだ。今日は学校終わってから、ネルちゃんとダンスの練習をするつもりだったから、最初から練習用の衣装を着ていた。あとはシュシュで髪をまとめて、レッグウォーマーを履けば、それっぽい格好になる。
自信があったわけじゃない。ただ、わたしは突き動かされたんだと思う、ユフさんの歌に。
「最初の二秒だけ、ボリュームを最大に」
ネルちゃんはそう言うとステージに上がった。わたしも遅れないように続いた。
ユフさんとマネージャーさんは若干戸惑っていた。無理もない。中学生が一度バックダンサーを務めたからって、もう一度ステージに上がるなんて、思い上がってるかも。
「わたし、ユフさんの歌、感動しました。だから、みんなにも、聞いてほしい!」
わたしはユフさんに言ったつもりだった。拍手はステージの前で起きた。
ユフさんは、わたしを見つめて頷いた。瞳の暗い影は消えていた。
ユフさんがマネージャーさんに合図をすると、スイッチが入った。
音楽が始まった。
ドラムとベースギターの音が、一瞬だけ大音量で流れた。
歩く人の視線がステージに集まった。
「はいっ!」
ステージの中央でわたしは腕を組んで立った。
「はっ!」
かけ声とともに、ネルちゃんは、わたしの背後から肩の上に飛び乗った。
わたしは両手を広げた。ネルちゃんはその上でステップを踏んで右左に動いて見せた。
家路を急ぐ人、駅を出る人たちの足が止まった。遠目には、ネルちゃんが空中でステップを踏んでいるように見えただろう。
ユフさんの唄が始まった。
ネルちゃんは肩から降りた。
私たちは文化祭で見せたダンスを披露した。テトさんと踊った時の感覚で生まれた私たちだけのオリジナルダンスだった。中学校では大ウケしたんだけど、普通の人は見てくれるだろうか。
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