『初へ。
 今まで本当にありがとう。
 初と出会ったあの日、私を暗闇の中から救ってくれたことを今でも憶えています。
 生きていくのに必死で、歌うことを諦めていた私にもう一度歌をくれたのが初でした。ライブでの拍手も気持ち良かったけれど、初と一緒に曲を作っている時間の方が楽しかったです。
 闇の世界の私を照らしてくれた初は、私のおひさまでした。温かくて、優しくて、大きくて、なくてはならない存在でした。
 私はそれに応えられた自信がありません。もっと愛想をよくすればよかった。もっと素直になればよかった。もっとまじめに生きていればよかった。
 こんな私を見捨てないでいてくれて、感謝しています。
 きっとあなたは、最後の最後まで私のために頑張ってくれたのだと思います。そんな確信があります。だって初だから。

 歌を作るソフト、売れるといいですね。そうすれば、初とずっと音楽をやっていられる。あなたが飽きるまで、私はずっと歌い続けられる。
 でも、いつまでも引きずらないでください。
 初はプロになって、たくさんの人の太陽になってください。そしてまた愛する人を見つけて、その人を全力で愛してあげてください。
 私はもう過去の人間です。あなたの心を独り占めしてはいけない存在です。だから、いつか忘れてください。悲しみや後悔は置いて、未来へ目を向けてください。
 初が幸せになることが、私の最後の望みです。
 私が一日長く生きることよりも、今はあなたが一日でも長く生きることを願っています。そして充実した人生を送ってください。幸せになってください。

 それと最後に、謝らなければいけないことがあります。
 初は気付いていたでしょうか。私は初に「愛してる」と言ったことがありません。ただ照れくさくて、タイミングが掴めなくて、最後まで言うことができませんでした。
 自分の口で直接伝えられなかったことが残念です。でも、いつだって心の中では思っていました。あなたがいないときには呟いていました。
 だから、最後に一度だけ言わせてください。
 愛してます。
 初を好きになって本当に幸せでした。
 それでは、さようなら。ありがとう。十音』


 それから三年後、ついに音声合成ソフトが発売となった。二千本売れれば成功と言われるこの分野では異例の売り上げを記録した。
 完成品は試作品と異なり、元となる声にはプロの声優のものが使用された。十音の声が聞けるのは、試作段階までだった。
 それでも、完成品を俺たちの娘のように思いながら、日本中を駆け巡る彼女の歌声を毎日のように聴いていた。音楽番組、インターネット、有線放送。彼女の歌を聴かない日はないほどだった。
 売り上げの報酬で墓を買った。二人が過ごしたこの町で。
 十音と、彼女の両親の名が刻まれている。彼女の父親は交通事故死となっていて、母親は鬱病になって投身自殺を図った。
 親類関係も希薄だった小森家の墓を俺が管理している。
「今度また姉妹品が発売されるんだ。子供が増えたみたいだろ?」
 墓石に水をかけながら話しかける。
 今はまだ十音に未練がある。でも、以前に比べればだいぶ落ち着いてきた。早く彼女の望むように、未来に目を向けたいと思う。
 でも、十音を忘れることは一生ない。俺の人生で一番大切な時期に、本気で好きになった女性を忘れることなんてできやしない。
 きっと十音の真意は現実を受け入れた上で、俺が幸せになることにある。だから、少しずつ前を向いて歩いていこう。
 この世のどこかに確かにある、幸せを探しに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Ruined Princess #11



この物語はフィクションです。
実際の事象・時系列と異なる場合があります。

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投稿日:2010/05/10 23:09:16

文字数:1,482文字

カテゴリ:小説

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