10.
「違う! 俺が指示した訳じゃない! 俺のせいにされたんだよ。殺したかったわけでも、殺そうと思っていたわけでもない!」
窓のない、コンクリートで囲われた薄汚い部屋の中央で、全身を椅子に縛られて座らされている男が絶叫する。
少しまどろんでいたオレは、夢想を止めて舌打ちする。
口にしていたロリポップはいつの間にか溶けてなくなっていた。オレは仕方なく残った棒を噛む。
……忌々しい。
「本当かな。どうかな」
「うーん。まだわかんないね。確かめないと」
椅子の前に立つ、薄汚れた白衣の男女がそう言い合っている。中年の二人は恋人同士と聞いているが、どちらもかなりの肥満体だった。しかし、そのデップリとした腹や二の腕には見合わない程の技術を二人は持っている。
二人の脇にあるテーブルには、様々な道具が几帳面に並べられている。メス、注射器、ピンセットといった医療用の道具から、ペンチやスパナ、ハンマーといった工具類まで、その種類は多岐に渡る。
男の方がテーブルから電動ドリルを手に取る。キュイーン、というかん高い駆動音に椅子の男は顔を青ざめさせた。
「おやおやトンプソンったら、相変わらず気が早いねぇ。まだまだ時間はたっぷりあるし、お嬢には聞きたいことがたっぷりある。まだこれくらいでいいったら」
女がそう言ってペンチを手にする。
男の持つ電動ドリルも女の持つペンチもそれなりの大きさのはずなのだが、彼らが持つとまるで子供のおもちゃみたいに小さく見えてしまう。
「ジェファーソン。それこそいつも言ってるじゃないか。ペンチで爪を剥ぐくらいじゃ、大した痛みじゃない。誰だって我慢できる。僕だって耐えられたんだから、それじゃ嘘かどうかは見分けられないよ」
「何言ってんだい。あんたはたった一枚爪剥いだだけでギブアップしてたじゃないか。いいかい、人間にゃあ爪が二十枚もあるんだよ。一枚一枚剥いだら、剥いだとこに針を刺すんだ。わかるかい? そうすりゃ――」
「――わかった、わかったよ! もう沢山だ! いくらでも話す。そもそもさっきから嘘なんか一つもついていないんだ!」
騒々しい男の声にわたしは顔をしかめる。が、二人には慣れたことなんだろう。どこかキョトンと顔を見合わせ、うなずき合う。そして男の腕を押さえ、人差し指を出させる。男は必死に抵抗していたが、二人は手慣れた様子で作業を続ける。
「嘘つく奴らは皆そう言うんだ」
「そうさね。だからそんな手には乗らないよ。そおら。さ、一枚目だ」
「暴れないで。ちゃんと指を出すんだ」
「嘘じゃない。嘘じゃないんだ! だから――」
絶叫。
骨身に響きそうな程の。
そこまでしてようやく、ジェファーソンがわたしの方を向いてうなずいた。
彼らが、椅子の男が嘘はついていない、とようやく判断したということだ。
トンプソンとのやり取りの時とは打って変わって、視線は冷徹。
二人の一挙手一投足、その全てが演技だ。それは相手を脅し、怯えさせ、痛みで屈服させるための手段でしかない。
見ていて感服するほどの技術だ。今のわたしじゃああはいかない。
彼の拷問も目的の一つだけれど、彼らの技を目の当たりにするのは得るものが多い。これはどんな場面でも応用が効く技術だ。
わたしも早くできるようにならなければならない。
「嘘じゃない。嘘なんか初めからついていない! 俺は初めからアレックス・ニードルスピア男爵を殺す計画なんか立ててないんだ! あれは予定外の出来事だった!」
「うーん。どうかなぁ」
「そうだね。あんたがトップだったんだ。そんなのは信じがたい。もっと爪を剥がないと本当の事は言わな――」
「本当だ! 本当だよ。信じてくれ!」
ジェファーソンが再びこちらを向いてうなずく。
白々しい嘘に決まっていると思ったが、彼の“施術”を行っているトンプソンとジェファーソンの二人は、こいつの話が真実だと判断していた。
「の……ワリにゃ、否定しなかったよな。民衆の前で、テメーは既得権にしがみついた男を仕留めたと声高に叫んだ」
部屋の隅から声をかける。
――実際には、こいつが民衆の前で語った話は全く真実を突いてなどいなかった。
実際のところアレックスは、この都市の格差を是正し、富裕層の富を再分配するために奔走していたのだから。
……それももう、二重の意味で無駄になったわけだが。
椅子の男はビクッとこちらを向いて、救世主でも見るみたいな顔で懇願してきた。
「仲間は皆熱狂していた。俺にコントロールなんかできなかった。ヤツに脅されてそう言うしか無かったんだよ! 拒否なんか、できなかった……」
「……否定しないってのは、自分がやったって認めるってことだ」
まだ、この話し方にも慣れていない。
早く使い慣れなければ。
「それは……でも、本当なんだ……頼む。もうこんなこと止めてくれ……お願いだ。何でも話すから……」
涙や鼻水をだらだらと流しながら、男が必死に懇願する。トンプソンとジェファーソンがどうしますか、という視線をわたしに投げ掛けてきていた。
わたしはロリポップの棒を吐き捨てると……口角をつり上げ、憔悴しきった男に近づいて、耳元に口を寄せる。
「レオナルド・アロンソ。何でも話す程度じゃ……足りねぇな」
「ひっ――」
わたしは――オレは、レオナルドの右耳を噛む。全力の力で。
少し歯応えのあるものを噛みきる、どこか不快な感覚。
同時に男の絶叫。
さっきは不快だったが、今回の悲鳴は不思議と心地良い。
オレはレオナルドから離れると、口内に残った不快な塊を吐き捨てる。が、口内の鉄錆の味は残ったままだ。
口端から血がたれ、ハンカチーフを取り出して口元をぬぐう。
……清潔を保つことは重要だ。
白いハンカチーフが、血で灰色に汚れていた。
……色はもうずっとモノクロのままだ。
「あんたの死刑執行はもう為されたんだ。あんたをどれだけ痛めつけても誰にも知られることはない。あんたはもう死んだ人間なんだからな」
「そんな――」
「テメェの死はもう変わらない確定事項だ。それでもまだ、テメェを脅したヤツの名を吐く気は無ェのか? 話すってんなら……まだ楽に死なせてやれるかも知れねぇけどな?」
オレの言葉に、それでもレオナルドは逡巡する。
対するトンプソンとジェファーソンの二人は、どちらかというと目を丸くしていた。
「おっどろいた。お嬢は脅しと脅迫の天才さね」
オレは肩をすくめる。
「二人の真似をしただけさ」
「……このままじゃ、お嬢はすぐに僕らなんか要らなくなるぞ」
「自分で話を聞き出せるようじゃ、そうなるね」
二人はそう言って真剣な顔をするけれど、過大評価だ。わたしじゃまだ……オレにゃまだそこまで出来ねぇ。
再度肩をすくめて、改めてレオナルドを見る。
怯えきった表情だが、何を言ったら良いかわからない様子でただ萎縮していた。
「……はぁ。お前の言う黒幕を言う気にならねぇなら仕方ねぇな。二人に任せるとすらぁ。トンプソン、ジェファーソン。この似非エコロジスト……好きにしろ」
「あらぁー。お嬢から許可をいただいちゃったわ」
「ありがたいねぇ。やってみたい拷問がいくつもあったんだよね」
大喜びでテーブルの器具を手に取る二人を見て、男がたまらず絶叫する。
「ギュスターヴ・ファン・デル・ローエ二世! 現市長の息子だ!」
「……」
「……」
「……なに?」
オレは凍りつく。
現市長の息子だと?
「アイツは俺のせいにしてテロを起こしまくり、それで政敵を殺しまくった! 俺も死刑になって実行犯は消え、残る政敵は自分の父親だけだ! アイツのことだ。なにか策があるだろうよ! だが、俺はそれには無関係だ。ただ良いように操られちまっただけなんだよ。だから……!」
「嘘はいけねぇなぁ、レオ。そんな見え透いた嘘で騙そうとするヤツは――」
「嘘なもんか! 俺とギュスターヴはハイスクールで一緒だった。この革命だって、その時に二人で冗談半分で作ったヤツが原案だ。あんたなら調べればすぐにわかることだろう? だから頼む。もうこれ以上は……」
必死に弁明と懇願をする男だったが、オレの笑みを見て恐怖に言葉が止まる。
「レーオ、レオ。なあ……レオナルド。アレックスは命乞いをする間もなく殺されたんだ。わかるかい?」
オレの機嫌を損ねたくないがために、男はガクガクと頭を振る。
「ならよぉ。懇願できるだけ、あんたの方がマシじゃねーか?」
再びうなずこうとして、男が硬直する。オレの言葉の意味を理解したのだ。
オレは男にわかるよう、わざと笑みを大きくする。
「よかったよなぁ。あんたはオレの夫を反論や弁明の余地無く殺した。だが、あんたには幸運なことに反論し、弁明する余地がある。……聞くかどうかはオレの気分次第だけどな?」
「頼む……どうか、お願いだ……」
オレは男の言葉を聞き流して二人を見る。
「トンプソン、ジェファーソン。こいつから、全てを聞き出せ。どんな手段を使ってもいい」
二人が爛々と目を輝かせ、同時に男が絶望の悲鳴を上げる。
「ただし……オレが戻ってくるまでは生かしておくんだ。会話が成立する状態でだ。いいな?」
「もっちろんですよ。ねえ?」
「そうだね。久しぶりだなぁ……生きてる人を好きなだけいじくれるのは」
男とは反対に生き生きとしだした二人に、オレは嘆息すると、部屋の扉を開ける。
「おい! 待ってくれよ。助けてくれ! なんでも、なんでもするから……!」
「……なんでも、ねぇ」
オレは扉に手をかけて、ゆっくりと振り返って男を視界の端に捉える。
「じゃあ、この場所で出来る限り長く苦しんでくれ。アレックスが……安らかに眠れるようにな」
「そんな――」
絶望に満ちた顔に笑いかけ、オレは返事を待たずに扉を閉める。
「……」
……。
笑みを消して、扉のすぐ横のフックにかけていたジャケットを羽織る。
アレックスの形見であり、死の間際にも着ていたこの服が……わたしの心のよりどころだった。血痕を残したままにしようかとも考えたが、普段からこれを着ていたいと思うと、そうもいかない。仕方がなく、血痕を丁寧に染み抜きしてもらった。
うつむきながら薄汚れたコンクリートの廊下を歩く。廊下にはよくわからない配管が沢山あり、それらはこの長くまっすぐに延びる廊下に沿ってずっと続いている。明かりは時折点灯している白熱電球だけだ。
ここは下水施設の使われていない区画を利用した、都市の地下にある拷問部屋だ。
あそこでどれだけ騒ごうと誰にも気付かれない。
笑顔。
自然にできなくなった表情の一つだ。
あれからしばらく、ひきつったような笑いしかできなくなったせいで、鏡の前で笑う練習をしなければならなかった。
挑発するような笑み。
優雅な微笑み。
狂気の笑み。
全てが……作りものだ。
もう二度と、本心で笑えることなど無いのだから。
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