第十章 悪ノ娘ト召使 パート11

 「時間だ。」
 迎えに訪れたのは屈強な兵士だった。その兵装からして青の国の兵士だろう、と判断したレンが素直に立ち上がると、兵士がレンの両腕を拘束した。そして、兵士達に押し出される様にレンは牢獄から歩み出した。脚が、僅かに震えていることを自覚する。恐れているのか、と気が付き、レンは大きく息を吸い込んだ。今更、何を考えているんだ、僕は。そう考えた。僕がこの手で殺したミク女王は、最期まで立派だった。死をも恐れぬ強さを持って、僕に戦いを挑んできた。そして、その死に顔まで、彼女は美しかった。彼女は、全てを包み込む優しさを持つ女性だった。それに比べて、僕はどうだ。緑の国の兵士を殺し、緑の国の民衆を虐殺し、黄の国の民衆からは略奪を働き、それどころか愛する女性をこの手にかけた。全ての願いが断たれてもおかしくはない程の罪人であるにも関わらず、一つだけ、僕の望みが叶う。メイコなら必ずレンの望みを叶えてくれると言う自信が、レンにはあった。だから、反乱軍も、青の国の兵士達も皆僕に惑わされるはずだ。リンは静かに、この後の人生を生きてくれる。そして、必ず幸せになってくれる。
 やがて、レンと兵士達は牢獄塔から外へと出る。秋晴れが綺麗な一日だった。この時期にしては珍しく優しい風がレンの身体を静かに撫でる。澄み切った青空を瞳に収めたレンは、この青空を見るのも今日で最後か、と考えた。緊張しているのか、妙に喉が渇く。一度、水を飲みたいな、と考えながらレンは兵士達と共に南広場へと向かうことになった。

 これで、全てが終わる。
 カイト王は南広場に設置された専用の席から既に設置が完了されている断頭台の様子を眺めて、その様に考えた。思えば、長い道のりだった。ミルドガルドの統一を志したのはいつのころだっただろうか。そう考えながら、カイト王は普段と同じように隣で護衛に努めるアクの姿を瞳に収めて、そしてこう言った。
 「アク、ようやくお前の望みが叶うな。」
 その言葉に、アクは一つ頷き、そしてこう言った。
 「お父さんも、喜ぶ。」
 山賊に殺された父親のことを思い出しているのか、アクにしては珍しく目元を緩めながらそう言った。ミルドガルドが統一され、戦争が無くなることで治安の向上が図れれば山賊は跋扈しない。そうなれば、アクのような不幸な少女は今後発生しなくなる。たった一人で森の奥で生活をしていた、当時十代も前半に過ぎなかったアクと出会った時にカイトはそう考えた。それがミルドガルド大陸の統一を意識した初めてのことだったな、とカイトは考える。その間に、リン女王が断頭台へと固定される姿がカイトの瞳に映った。
 「意外と抵抗しなかったな。」
 カイト王は独り言のようにそう言った。その言葉に対して、アクと同じように近くに控えていたメイコが、寂しげな言葉でこう返答した。
 「おそらく、既に諦めていらっしゃるのでしょう。」
 その言葉に、ふむ、と頷いたカイト王は不意に時計台の時刻を読んだ。
 午後、二時五十分。
 後十分か、とカイトは考えた。
 
 首を固定する木の板が苦しいな、とレンは考えて、前面に集合している群衆の姿を眺めた。もうすぐ、僕は殺される。黄の国の滅亡の象徴として。彼らの期待に満ちた瞳に嫌悪感を覚えたレンは、一度瞳を閉じた。そして、気がつけば口ずさんでいた。いつもリン女王に聴かせていた詩を。『海風』である。
 
 風が吹けば、
 実りを迎えるでしょう。
 実りを迎えれば、
 人が育つでしょう。
 そして、人は
 子を産むでしょう。
 子はそして、再び
 実りを迎えるでしょう。
 海から吹く風を、
 我らは称えましょう。
 
 口ずさみながら、レンはもう一度群衆を眺めた。見つからないとは理解していた。もう、遠くへ逃亡しているはずだった。もし、何かの都合で逃亡できていないとしても、ルカ様がリンをこの場につれてくるとは考えられない。それはとても危険な行為だから。それでも、レンは捜さずにはいられなかったのである。最愛の妹の姿を。自身の未来と、僕の未来の二つを背負っている、リンの姿を。
 だから、レンは当初、何かの見間違いだと思った。思わず詩を止めて、何度か瞬きをしてから、もう一度レンはその姿を瞳に収めた。だが、見間違いではなかった。フードで顔を隠してはいるが、その蒼眼を忘れる訳がない。間違いない。リンの姿だった。群衆の一角に埋もれるように、それでも必死にレンの瞳を見つめ続けているリンのその姿を見て、レンは笑った。暗い表情をしている、リンに向かって精一杯の笑顔を見せた。そして、レンは小さく呟いた。
 「笑って。」
 その声が届くとは思えなかった。だけど、何かはリンに伝わったのだろう。リンは泣き出しそうな表情のままで一つ頷き、そして。
 笑った。
 レンが望んでいたままの、自然な笑顔で、リンは笑った。
 その時、大きく時計台の鐘が鳴る。
 木造二層立て、白く塗られた南大通沿いにあるその時計台の時刻をレンは横目で確認した。午後、三時。大きく三つ、その時計台は鳴り響いた。
 「最後に、何か言い残すことは?」
 時計台の鐘が鎮まると、両手に剣を構えた兵士がレンに向かってそう言った。その剣で断頭台の紐を切り裂けば、それで終わり。上空に構える刃が自身の首筋を襲い、そして僕の生命は終わりを迎える。最後に残す言葉なんてない。僕は最後に、リンの笑顔を見られたから。だからせめてリン女王らしい言葉を告げよう。午後三時、本当なら、今日もこの時間だったはずだ。僕とリンは、静かで楽しい時間を過ごせるはずだった。
 「あら、おやつの時間だわ。」
 その言葉の後に、兵士が剣を振り上げて。
 直後に、重い金属音と骨を断つ音がが城下町に響いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン63 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

みのり「第六十三弾、です。」
満「コメント、しなくていいか?」
みのり「・・うん。次から、白ノ娘に入ります。では、次回をお待ちください。」

閲覧数:614

投稿日:2010/05/09 11:36:46

文字数:2,390文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    盛り上がりましたともっ!少なくとも私の中で大ヒットです!
    正直、レンが悲劇的な最期を迎えることはもうわかってしまっているので、もしそれだけだったなら、おそらくなにも思わなかったと思います。
     が!!……この、何気ない平和な歌が、効きました。

     勝手な想像ですが、レンは、もっとリンに王女らしくしてほしかったのかな、とか……今は無理でも、いつか国民にしっかりと向き合えるような、立派な主君になってほしかったのかな、と思っていたのかな、とか……『リンにいつも歌ってあげていた』あたりから、想像の翼が飛んでしまいました。

    もしこの歌が黄の国の昔からの伝承ならば、黄の国は、この歌の通りに美しく豊かな国であるか、もしくは、気候の厳しい国に生まれた民の心に、そういう国を作りたい、という切なる気持ちがあるか……どちらにせよ、戦争と革命で荒れ果てた現在の状況とのギャップに泣けます……!

    感性、すごいっすね!!

    でも、私のコメは、論理とは程遠いですよ……^^;;勝手なこじつけばかりしてしまってすみません;;

    2010/05/25 00:26:38

    • レイジ

      レイジ

      ようやく一週間の戦いが終わりました^^;
      お返事遅れてすみません?!

      >大ヒット
      そう言って頂けると凄く嬉しいです!
      歌詞とのギャップから悲壮さが増せばと思って記載したので・・。書いた甲斐がありました☆

      >レンとリン
      そうですね・・。少なくとも、もっと良い国にしたいとレンは考えていたはずです。その為にリンがもっとしっかりしないと・・と考えていた節はあります。
      ちなみに、僕の設定では黄の国は美しく豊かな国だった、という想定で記載しています。

      >こじつけ
      そんなことないですよ!
      wanita様のコメントから作品を見直すことが出来るので、本当に貴重な意見を貰っているなあ、と思います。作品自体まだまだ続くので、今後の話の展開の参考になります!

      では次回もお願いします☆

      2010/05/29 07:19:12

  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    『海風』はゆったりとした民謡風ですか……いいですね。
    周囲との喧噪に対して、レンの心静けさが引き立つようなカメラワークかなぁ、と、なんだか、アニメのように、景色が浮かびます。

    歌詞が「めぐり歌」になっているのも、黄の国に生まれた自分たちをなぐさめる歌、きつい気候のなかで希望を見つけようとして発生した民謡のようだ、と、勝手に世界が展開して遊ばせていただきました。歌ひとつで、他の人の頭の中に、歴史を描くこともできるんだなと、技術的にも楽しませて頂いています☆ 

    そういえば、この一連の悲劇の引き金のひとつになっているのは、不作による飢饉でしたっけ。
    そう思うと、この場面のレンの歌、感慨深いですね。

    2010/05/23 14:35:51

    • レイジ

      レイジ

      コメント(しかも沢山)あじゅした?!
      『海風』は民謡風のつもりなのですが・・。ええ、僕には作曲のセンスがないんですよorz
      (元吹奏楽部員として情けないセリフww)
      読まれる方がそれぞれ楽曲をイメージして頂ければ幸いです。
      誰か曲を付けてくれたら死ぬほど喜びます。

      そして言えません。
      実は何も狙っておらず、ただ歌を歌わせたら盛り上がるだろうな、という感性だけでレンに歌わせたことなんて言えません!!

      wanita様のコメントを見ると改めてwanita様すげえと思います。
      流石理系出身というか・・。仰ることに筋道が通っていて、逆に、あ、そんな効果があったんだ^^;、みたいなことが良くあります☆
      法学部出身のはずなのに論理的思考をしない人間で済みませんorz

      >飢饉
      そう言えばそうでしたね・・・。
      そう言えば忘れてましたね・・。(メイコが反乱を起こした時点で飢饉のことを忘れた俺って何者ww)
      駄目な作者でごめんなさいorz

      2010/05/23 21:11:57

  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    レンの歌、「海風」、素敵ですね。
    処刑シーンにレンが歌を口ずさむ描写は、ほかの誰の「悪ノ」描写にもなくて、新鮮で、好きです。
    曲がつかないかなぁ、とひそかに思っています。……イメージしたメロディなど、ありますか?

    2010/05/20 00:50:56

    • レイジ

      レイジ

      ありがとうございます☆
      実は前作から続く布石の一つとしてレンに歌わせたのですが・・。確かに他の作品では見られませんね^^;斬新さを求めた結果ではなかったのですが、思いもかけずにお褒め頂いて、嬉しいです☆

      それよりも『海風』の歌詞おかしくないですか??
      どうも歌詞を書くのが苦手で・・。長文に変に慣れ過ぎているせいか、短い言葉に内容を込めるというやり方がどうも苦手なのですww
      メロディは・・なんとなくはありますが、一言でいうと民謡です。
      ゆったりとしたメロディラインを俺は妄想していました^^;

      ではでは、ようやく週末を迎えたので気合入れて執筆して行きたいと思います!
      今後もお願いしますね☆

      2010/05/22 01:47:09

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