発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
「サナ! いいところに連れて行ってあげる! 」
ミゼレィは食べ終わるのも早い。あっという間に朝食を平らげると、さっそく席を立つ。
「うん。待って。あたしあと半分食べるから」
しぶしぶ席につくミゼレィに、同席していた先輩巫女が、くすりとほほ笑む。
さっそく、ミゼレィを落ち着かせる効果が出たようね、と、場は和やかな空気に満ちる。
「ねー、なんかおもしろい話ないの、サナ」
「あたしよりも、ミゼルが知っていると思う。話してよ。巫女って、いろんなこと知ってるんでしょう?」
そうね、とミゼレィが一生懸命考え始めるのを見て、先輩巫女たちはおかしくてしょうがなかった。
いつも彼女らが、一番歳の若いミゼレィにねだられる側だったのだ。
「そうだ! 神様って、結構おもしろいよ! 」
思わず飲みかけのお茶を吹き出したのは、近くにいた先輩巫女の一人だ。
「うん、ミゼレィの話、結構おもしろいよ……」
「まだ私、何も話してないよ? 」
不思議そうに見やるミゼレィとサナファーラの視線を受けて、その巫女は食堂を去った。肩を震わせながら。
「いつも、神様の勉強なんかつまんないって言っているくせに」
新しい友達にいいところを見せたいのか、食べ物をほおばるサナファーラの前で、ミゼレィは得意になって話す。
「神様の声が来る時はね、鐘がなるの! そしてね、神様の声を聞く専用の部屋があって、いつもすごくきれいにしてあるんだよ。そしてね、このお盆くらいの、四角い板がね、いつもは真っ暗なんだけど、お告げを受け取るときは真っ白に光って、言葉が、あらわれるの」
ふーん、とサナファーラは食べながら興味深そうに聞く。
「こっちからもね、お返事が打てるのよ」
「返事を、打つ?」
首をかしげたサナファーラに、ミゼレィが、真剣な顔でうなずいた。
「両手を広げたくらいかな。四角い板があってね、文字のボタンがいっぱいついているの。神様の言葉で『鍵の板』っていうんだけど。これをね、指でだーって押して、返事をつくるの! あそこに居るアーヤなんか、すごく早いの!」
「へぇ」
指を差されたアーヤがにこっとサナファーラに笑い返したので、サナファーラはあわててうつむいた。
そんな風に、無条件に笑顔をむけてもらったことはなかったのだ。
「ねぇ! 楽しかった? 食べ終わった?」
「うん……楽しかった。食べ終わった」
本当に楽しかったのだ。すべてが、サナファーラにとって新鮮だった。
「じゃ、行こう! 」
「あ、でもあたしは、お付き、だから、片付けは自分でしないと」
う、とミゼレィが立ち止まった。
周りの先輩巫女が二人のやりとりを見守る。
「ミゼル、先に行っていいよ。あたし、誰かに聞いてあとから行くよ」
「いいの! 私はサナと一緒にいたいの。早く終わるように手伝ってあげる」
おおお、と、まわりがどよめいた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたっ!」
サナファーラが丁寧に手をあわせる。ミゼレィも合わせた。
どよめきがさらに大きくなった。
「どこでお皿を洗うの」
「……こっち!」
二人が食堂を出て行った瞬間、巫女たちのどよめきは、神様の声を聞いたとき以上に大きな衝撃となってその場を揺るがした。
「サナすげぇ!」
「サナちん最高!」
「サナちゃん超かっこいい!」
巫女として人前では絶対に使えない、くだけた言葉が大いに飛び交う。
「サナファーラ、ばんざーい!」
ある意味、この村の巫女廟の歴史が動いた瞬間だった。
二人の子供はそんなことも露知らず、食器を抱えて泉の方に駆けてゆく。
生活用の泉で皿を洗った後、サナファーラはミゼレィに手をひかれて走っていた。
「すごい……」
手をひかれるだけで、自分の一歩はミゼレィの一歩になる。
景色が、見たこともない早さでサナファーラの後ろに流れて行った。
この地方は年間を通して暖かい。しかも今は初夏だ。屋根を太い柱で支えただけの回廊は、明るい風が吹き抜ける。真白な塗料で塗られた柱が、きらきらと輝いていた。
「きれい……」
「え、なにが! 」
ミゼレィにとっては、いつも走り抜けているただの通路なのだろう。しかし、サナファーラにとっては、すべてが別世界だ。足が泥に汚れない、石の敷かれた道も、初めてだ。
そのことをミゼレィに伝えると、ミゼレィは目を丸くした。
「そう? じゃあ……ふふ! これからもっと驚かしてあげる! 」
回廊を半周ぐるりとまわり、そこから廊下が枝分かれしていた。枝わかれの廊下の方には、屋根がない。白い柱が両脇に並び、小高い丘の上まで続いていた。
「こっちだよ! もうすぐ!」
ミゼレィが、道のつづく丘の上を指さす。
と、ポツ、ポツ、と、空から雫が落ちてきた。
「あ……雨が降ってきたね」
少し残念そうにサナファーラが言うと、ミゼレィはきょとんと青の瞳を丸くして見返した。
「大丈夫! ちょっとくらい雨が降った方が、すっごいんだから! 」
構わず、ミゼレィは雨の中に飛び出した。
「え、……待って! 」
雨が降ったら、すぐに家の中に引き返していたサナファーラには、ミゼレィの行動は信じられないものだった。
しかし、ミゼレィに手をひかれて見た景色は、ただの廊下でも、あんなに素敵に感じたではないか。
「よし。あたしもいく! 」
一歩踏み出した瞬間、大粒の雨がザアッとサナファーラにたたきつけた。
「あははは! すっごいよ! サナ! 」
ミゼレィが雨の中はしゃぐ。カッと光が視界を焼き、ドン、と雷の音がした。
「ひっ……」
サナファーラは思わずひるんだが、
「サナ! 」
その手を、ミゼレィが握った。
「大丈夫。ほら、もう、陽の沈む方角が明るいし、雲も薄いよ。すぐやむから……雨、楽しもう! 」
「雨を、楽しむ」
「うん!」
石畳は濡れてはいるが、意外と滑らない。そのような材質を選んだのだろうか。
屋根のない、丘に続く廊下を、くるくると踊るように回りながら、ミゼレィが駆けていく。柱と石と、回廊の屋根をたたく雨の音が、まるで拍手のようだ。
サナファーラも、くるりと回ってみた。
雨の粒が、くるりと回った。
「ね、少しだけ雨が弱まったと思わない? 」
ミゼレィは楽しそうだ。
「うん。ミゼルの言う通りかも」
思い込みかもしれないけれど、楽しいな。
サナファーラは、回るミゼレィに続いて、回りながら丘を登って行った。
くるくる。くるくる。
視界が回り、少しずつ雨が弱まっていく。
不意に、光がさした。
「見て! これだよ! サナ! 」
「わあ……」
石畳と白い柱の道が、丘の頂上で終わっていた。
そこから先は、ゆるやかな斜面に、一面の金色の花畑が広がっていた。
金色の花の広がる先に、今の空と同じ色の、灰色に光る海が見えた。
「きれい……」
花は、雨が降っているため、すべてつぼみであるが、それでもゆるやかになった雨脚に、光沢のある花びらは美しい。
「ふふ。お楽しみは、これから」
やがて、雨がゆっくりとおさまり、ひとつ、風が吹いた。
雲が動き、その切れ目から一条の光がさした。
「わっ……」
ゆっくりと太陽に乾かされた花が、ひとつ、またひとつ開き始めた。
「わあ……! 」
雲がどんどん切れて、金色の光の筋が、幾筋も金色の大地に降り注ぐ。
丘の向こうの灰色の海も、濡れ石に砂金を撒いたように輝いた。
サナファーラは、声もなく、丘の頂上に立ちつくしていた。
口を開くと、叫び声を上げてしまいそうだった。
「サナ、」
にっこりと、ミゼレィがのぞきこんだ。どうよ、といわんばかりの、得意満面の笑顔だった。
「これ、巫女が育てているのよ。『開拓者(パイオニア) の花』っていうの。
ずっと昔の、私たちパイオニアのご先祖さまが、神様から貰ったのよ!
この花が咲くところは、人が住めるところ。
神様も、お空の上から、『この花が元気かな』『私たちパイオニアが元気かな』って、ずっと見ていらっしゃるんだって!
だからね、新しい島や大陸を探しに旅に出るパイオニアや、その巫女たちは、みんなこの花の種をもっていくの。
私たちの何代か前の巫女たちのころは、本当に、抱え込めるくらいの花壇だったみたいなんだけど、今は、ほらっ!
すっごい、見渡す限りのお花畑! 」
ミゼレィが、ぐっとしゃがんで体のばねをしならせ、花の中にえいっと飛び込んだ。
「ミゼル?!」
サナファーラは焦った。
金色の花びらが舞い、葉が空に散る。
「い、いいの? そんなことして! 」
「あははは! 一度咲いちゃったらもう大丈夫! この花はね、強いんだよ!」
おいでよ、と、ミゼレィが、サナファーラを振り向いた。
「……えいっ!」
サナファーラも、最後の敷石から、一気に花の中に飛び込んだ。刹那、視界が金色に埋まる。
「ぷはっ……」
詰めていた息を一気に吐き出して立ち上がると、周囲の花が、サナファーラをつつむように寄り添って立ち上がった。本当に強い花なのだ。
そして、花の向こうからミゼレィがのぞいていた。
光がさして、海が輝き、花についた雨のしずくが光り落ちる。
その光景に、泣きそうになった。
「どうしたの、サナ」
立ち尽くすサナファーラに、ミゼレィが近寄った。
サナファーラは答えようとしたが、うまく声が出ない。
声を出そうと、何度か息を吸い込んだ。雨上がりの空気と光が目と鼻に飛び込んできて、サナファーラの胸を詰まらせた。
「……。ねえ、ミゼル。こういうとき、なんて言ったらいいのかな……」
ふっと、ミゼレィが、海の方に首を振りむけた。
「san affara(光あれ)」
はっ、とサナファーラは、目を見張る。
「ねっ? ぴったしでしょ?」
ぐっ、と、サナファーラは強烈な熱が喉を焼くのを感じた。
san affara。
歌い上げの最後の音の代わりに上がったのは、サナファーラの号泣だった。
雲が風に流れ去り、広がる切れ目から初夏の光がどんどん降り注ぎ、地面は明るく乾いてゆく。
花はますます力強く開いて輝き、海の色も青さと明るさを増していく。
「サナが大雨になっちゃった」
それでも、ミゼレィは、サナファーラの手をしっかり握っていた。手を握ったまま、じっと海を見ていた。
「サナ。私、雨が好きよ。花も好き。サナも好き」
その温かさと心地よさは、初夏の太陽と大地を思わせた。
「泣き虫のあたしが好き? 」
ミゼレィは、にやっと返した。
「太陽も好き!」
……まったく。この巫女は、変な子だ。
「乗せられたと思うと悔しいけど、ミゼルって、笑える」
「次、晴れたから海いこ! 海! 」
あっという間にミゼレィが花の中を駆けだした。
「巫女さんたち、ミゼルの相手、大変だっただろうな」
久しぶりに、サナファーラは笑いが湧き出すのが止まらなかった。
金色の花を蹴散らして、サナファーラも、光の中、丘の斜面を駆け抜けていった。
続く!
小説 『創世記』 5
発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
音楽 http://piapro.jp/content/mmzgcv7qti6yupue
歌詞 http://piapro.jp/content/58ik6xlzzaj07euj
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A
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