12 リンの修行とレンのトラウマ その4
いぜんとして私はレンの首に肘を当て締め上げている。私達はギルドがオフ会をしている部屋から出た所にいるので、ギルドの人達には見られていない。しかし、当然のことながら近くにいる他のお客さんや店員さんには丸見えだ。
「カッコいいって言ってたよな?」
「言ったよ、言った。それがどうしたんだよ。」
「あれのどこがカッコいいんだ?」
私はさらに力を入れた。
「なんなんだよ?カッコいいって別に顔とかじゃねーよ。いろんなこと知ってて教えてくれるし、金ないっていったらおごってくれるし、小遣いもくれるしすげー優しいからカッコいいって言ったんだよ。」
・・・そういうことか・・。私はレンの首を絞めていた腕をはずした。
「ゲホッ、ゲホッ、何考えてんだよ~。」
レンは震えた声で言っている。そんなことは気にせず私は窓に映る自分の顔を見て思った。私の恋は終わった・・。
窓に映る自分の顔には涙がこぼれていた。そして鼻水もみっともなく流れていた。でもそんなことをどうこう言っていられないほど泣きたかった。
ギルドの人達には情けない顔で泣いている私のことは見られていない。しかし、窓の外を歩いている人達には丸見えだ。
もういい、戻ろう。そう思った私はレンを見た。レンは怯えている。あぁ・・しまった。またやってしまったか・・。レンのトラウマがまた出た。
一度だけ過去にレンは私を本気で怒らせた事がある。中学一年のとき、レンは私の大好きな男性アイドルのポスターに落書きをしたのである。
そのポスターはレコード店で使われる広告用のポスターで非売品のものであった。私は友達の従兄弟の兄弟の奥さんの後輩のお父さんの飲み友達が働いているお店に納品されたポスターをもらうことができた。正直まったくの赤の他人からもらうことができ、奇跡であった。
最後の飲み友達の人からポスターを受け取ったとき私はうれしくて泣いていた。
このポスターを部屋に貼り、朝起きるのが少し楽しくなってまだ間もないころ、レンはポスターの私の大好きな男性アイドル歌手の顔に油性マジックで落書きをした。
「タハハハハッ、このほうがイケメンがもっとイケメンになるだろ。」
ケラケラと笑いながらレンはポスターの前で愕然とする学校から帰ってきたばかりの私に言った。
「あ、どした?リン。マジで怒った?キレた?泣きそう?泣く?」
その瞬間私の頭の中でカチッという音がした。その音とほぼ同時に私はレンの顔をめがけ、師匠から教わった人泣かせ蹴りを放った。
バチンという音がして、グギっという感覚が足に伝わった。レンの体はなんと言うかこう、かっこ閉じるの記号 ) みたいな感じに曲がった。そしてなにも言わずにドテっと倒れた。
はっと我に返った私は床に倒れているレンを見てしまったと思った。やりすぎた。とういかレン死んだ?
しかし、この人泣かせ蹴り・・・すごい威力だ・・・。私はハイキックのポーズのままふと昔のことを思い出した。
「よいかリン、今日はお前にわしが持つ必殺技の一つを伝授する。心して聞くがよい。」
「・・・いいです。遠慮しておきます。」
「ふ、ためらうでないリンよ。おぬし、わしの技を会得するなどまだまだ自分には100年早いと思っておるのであろう。ぬはっはははは、よいよいその謙虚な気持ちはいい心がけであるぞ。だがこれから教えるのは今のまだ未熟なおぬしでも会得できる技じゃ。安心するがよい。」
「・・・・・はぁ・・そうですか・・。」
「よいかリン、今から教えるのは人泣かせ蹴りという技じゃ。」
「ひとなかせけり?・・・ですか・・・。何それ。」
「一見百聞に如かず、まずは見るがよい。」
そう言うと師匠は人泣かせ蹴りを実演して見せた。
基本はハイキックだが、蹴る前に体をスピンするように一回転させ、より多く遠心力をつけてから蹴りを出している。老体ながらも一応道場を持っているだけあって、体のキレと動きはすごい。
「これが人泣かせ蹴りじゃ。おぬしなら一度見れば解ったであろう。」
「・・・ただの一回まわってからの蹴りですよね。」
「ちがぬーー!ただの蹴りにしてあらず。これは人泣かせとは言っておるが一つ使い方を誤れば人を殺してしまう。殺人蹴りとも呼べるのだ!」
・・・ちがぬーーって、何がよ。つーかそれ、否定してるの肯定してるのどっちよ。そんな危ないものなら教えなきゃいいじゃん。私は心の中でそう思った。
「これまで多くのこのわしの修行に耐えてきたおぬしじゃ。これまで同様簡単に会得できると思っておるだろうが、どれ、まずはやってみい。」
めんどくさい。もう家に帰りたい。とにかく今日のところはこの蹴りをやれば帰らしてくれるだろう。さっさと終わらせて帰ろう。
私は師匠の見せた蹴りをやろうとした。が、回転して蹴ろうとして見事に転倒した。
「い、痛~~。」
「うむ、最初はこんなものじゃ。」
「やってみると結構難しいですね・・・。」
「当然じゃ、危険な技であるほど会得は難しい。しかしながらこの程度の技で音を上げるようでは先の技は会得できぬぞ。」
・・・・この技もそうだけど先のもいらないし、早く帰りたい。
「では、できるようになったらわしを呼びなさい。わしはちぃと用事をすませてくる。」
「用事って師匠、また2ちゃんねるの書き込みですか?」
「む、うむ・・まぁそうじゃの。」
「師匠いったいなんの掲示板に書き込みしてるんですか?」
「う~む、・・・おぬしにはまだちと知るには早い。では出来るようになったらそこから大きな声でわしを呼ぶがよい!」
「え、なんでですか?何で教えてくれないんですか!」
師匠は逃げるように走って屋敷のほうに消えていった。
「は~~もうどうしようか、無視して帰ろうか。でもな~、この状態で帰るとあいつ家に来るんだよな~。前も勝手に帰ったら家まで来て娘さんはおりますかって現れて、どうしたリンよ、なぜ修行をおろそかにした~とか言いだすし、半分泣きながらお母さんにもう格闘技なんてやだって言おうとしたらお母さんはお母さんでリン、だめよ、ちゃんと先生の言うこと聞かなきゃとか言ってるしもうだれもあたしを救ってくれない。やるしかないか・・・。」
私は独り言を言いながら人泣かせ蹴りの修行を始めた。30分ほど練習をしてようやく形になってきた。
もういいだろう。私は師匠の命令どおり大きな声で師匠を呼んだ。師匠の家の中・・・というか2ちゃんねるを見ている師匠には近づいてはいけないという暗黙のルールが私と師匠にはある。
「お、お、お~、もう出来たの?・・・ちょっとまって。」
明らかに普段のと比べると小さい声の返事が聞こえてきた。半分めんどくさ!っというような感じが伝わってくる。軽くイラつきながら私は師匠を待った。
「どれ、見せてみるがよい!」
スイッチが入りいつものテンションに戻った師匠の言うとおり、私は蹴りをやって見せた。
「うむ、いいだろう。見事じゃ。」
「やった。じゃぁ、今日はもう帰っていいですか?」
「ならん。次は実戦での修行じゃ。」
・・え・・・まだやるの?
12 リンの修行とレンのトラウマ その5へ続く
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