次の日、朝早くからクロスは教会へと向かった。そしていつものように説教を始める。だが、彼の心は晴れなかった。昨日のアリスの言葉が脳裏から離れないのだ。
(彼女の言葉は正しいかもしれない。だが、だからといってこのまま放置しておくわけにもいかない。せめて原因だけでも突き止めなければ)
「皆さん聞いてください。最近この村では奇妙な出来事が起こっています。何者かによって、様々な物が壊されているのです」村人たちの表情が曇る。当然の反応だろう。彼らにとって、クロスの話など聞く価値も無いものだからだ。しかし、クロスはそれを気にせず話を続けた。
「そして極めつけはこれです」
クロスは一枚の紙を取り出した。そこには「魔女はここにあり」と書かれている。「これは魔女を名乗る人物が書いた手紙です。これが本当かどうかは私には分かりませんが、もしも本当ならば大変危険な事態です。皆さんは魔女という存在を知っていますか? 魔女とは人々に災いをもたらす恐ろしい力を持った女性です。皆さんの中に魔女という方はいないでしょうか? 私は皆さんの身を案じているのです」
村人たちがざわめく。皆互いに顔を見合わせていた。やがて一人の男が手を挙げる。「質問してもよろしいでしょうか」「構いませんよ」男は立ち上がると言った。「あなたが本物の神官かどうか証明できますか?」
「いいでしょう。まずは神に祈りを捧げましょう。アーメン」クロスは目を閉じて祈った。すると男の顔色がみるみると変わっていく。「どうかしましたか?」「な、なんでもありません」
「それなら良かった。これで私の話は終わりです」クロスは席に着いた。その後、何人かの村人が手を挙げたが、どれも同じ内容だった。結局誰一人として、本当のことを話す者はいなかった。だが、それでよかった。
(やはり、誰も信用していないようだな)
その日の夕方、アリスがクロスの元にやってきた。彼女は満面の笑みを浮かべて言った。「今日は来てくれてありがとうございました! やっぱり来てくれないんじゃないかと思いました!」「約束したからな」「えへへ」
「そうだ、これお土産です!」アリスは大きな袋を差し出した。中にはたくさんのお菓子が入っている。「こんなものまで用意していたのか。悪いな」「いえいえ、大したものじゃないですよ」「ところで、何か収穫はあったのか?」「うーん、特に何も無かったですね」
「そうか。まあ、仕方ないだろう」「はい。それに、まだ犯人だって決まった訳でもないし」
「その通りだ」「でも、いつか絶対に捕まえたいと思ってます」「なぜそこまで?」「それは……」
アリスは少し言いづらそうにした。「私があの人を許せないからです」
「どういうことだ?」「実は、あの人には弟がいたんです。でも流行り病で亡くなってしまったらしいんです。それからあの人はおかしくなったみたいで……」
「なるほど」「だから、早く犯人を見つけないとって思ってるんです」「そうか。君はとても優しいんだな」「そんな事無いですよ」
アリスは照れたように顔を赤らめた。「とにかく、これからも協力してくれると嬉しい」「もちろんです!」
二人はその後もしばらく話していたが、やがて別れることにした。「それじゃまた明日」「ああ、また明日会おう」
次の日もクロスは教会に向かった。そしていつものように説教をする。彼はアリスとの会話を思い出していた。(彼女は僕と違ってとても強い子なんだな。自分の意志を持って行動している)
彼の心の中で、アリスへの尊敬の念が増していった。だがそれと同時に、アリスに対する不安も増していった。
(もし彼女が僕の考え通りの人だったら……)
だが、その時はその時だと自分に言い聞かせた。数日後、クロスは再び教会で説教をしていた。すると、一人の女性が彼に近づいてきた。「こんにちわ。少しよろしいですか?」「はい。なんでしょうか?」女性は辺りをキョロキョロと見渡して言った。「ここではちょっと話しづらいので、向こうの方に行きませんか?」「わかりました」
クロスは女性と共に村の外れにある小屋へ向かった。中に入ると、そこは薄暗く埃っぽい場所だった。「ここでなら大丈夫かしらね」
「何がです?」「ふふっ」
女性の目が怪しく光る。「魔女さん」「あらどうして分かったのかしら? あなたとは初対面よね」
「一目見た時から怪しいと思っていたんですよ。あなたからは魔女の気配を感じます」
「まさか本当に気付くとは思わなかったわ。さすがはケソアッソーリ様のお告げを聞いただけのことはあるわね」「僕はあなたの正体を知っています。あなたの正体は……」
クロスはポケットからナイフを取り出して、自分に向けて構えた。「お前は『白雪姫』に出てくる悪役・王妃だろ?」
「驚いたわ。私の名前を知っているなんて。どこから聞いたのか知らないけど、どうやらただの神官ではないようね」
クロスはにやりと笑った。「僕の名前はクロス=アッソーリ。ケソアッソーリの神官であり詐欺師だ」「そう、私はあなたのことをよく知っているわよ。だって、ずーっと昔から見ていたもの」「そうだろうな。この村にいる間ずっと監視されていたからな」「気付いていたのね。いつ気づいたの?」「最初の頃だ。君は時々視線を感じたからな。最初は誰かが見ているだけなのかと思ったが、だんだんそれが君のものだと確信するようになった。そして、今日ここにやって来た時にようやくわかったというわけだ」「そう、やっぱり最初からわかっていたのね」「当然だ」
「それで、一体何をしに来たんだ?」「決まってるじゃない。復讐のためよ」
「ほう、どんな復讐をするつもりだ」「それは言えないわ」「なぜ?」「それは、あなたを殺すためだからだわ」
クロスは一瞬目を見開いた後、高笑いをした。「あはははは! これは傑作だ!」
「なぜ笑うのかしら?」「いやすまない。あまりにも予想通り過ぎて面白くなってしまって」「どういうこと?」「つまりこういうことだ。君の目的は、まず第一に僕の殺害、第二に君の弟を殺害した犯人を突き止めること、第三に魔女狩りの再開、第四に君自身が魔女であることを認めることだ」「全部お見通しって訳ね」「その通り」
「だけど、あなたもなかなかやるみたいね。私の正体に気付いた人は今までいなかったわ」「そうだな。君は優秀な魔女らしい」「ええ、そうよ。私は優秀だったわ」
「それなのに、今は落ちぶれてしまったようだな」「うるさい!」クロスは余裕の表情を浮かべている。「まあいいわ。とりあえず死んでもらうことにするわ」「やってみるといい」
次の瞬間、クロスの首筋に鋭い痛みが走った。「ぐっ……」
見ると、クロスの目の前には、白い肌の女が立っていた。「残念だったな。僕の勝ちのようだ」「くそっ、こんなところで死ぬのか」
女は手に持った包丁を何度も振り下ろした。「死ねぇぇ!!」
クロスの顔がどんどん赤く染まっていく。そして…… バタンッ!! クロスは倒れた。「やったわ。ついに殺したわ。これで私が本物の魔女だということがわかるはずよ」
すると、そこにアリスが現れた。「姉さん、何かあったんですか?」「ああアリス、今そこでクロスを殺したところよ」「クロスを!? 本当ですか?」「ええ、見てごらんなさい。これが証拠よ」女はクロスの死体を指差した。しかし、そこには血まみれになった死体があるだけだった。「あれ? どこに行ったのかしら?」「ここだよ」
背後から声が聞こえた。振り返ると、クロスが立っているではないか。「そんな馬鹿な、確かに刺して死んだはずだわ」「残念だが、僕は不死身なんだ」「何ですって?」「僕が死んだふりをしている間に、君は毒リンゴを食べさせたつもりだったかもしれないが、実は違うんだ。僕はあらかじめ自分の体に解毒薬を打っておいたんだよ」「そんな……」
「さてと、次は君の番だ」クロスはナイフを構えた。「きゃぁぁぁ!!!」
「やっと見つけましたよ、王妃様」「あなたは?」
「私はケソアッソーリ様に仕える神官、クロス=アッソーリと申します」「ケソアッソーリ様に仕えている者なら、私の敵ではないわね。ちょうどいいわ。この男を殺してちょうだい」「かしこまりました」
「おい、やめろ。お前の相手はこの僕だ」クロスはナイフを構えて叫んだ。「邪魔しないでもらえませんかね?」「それはできない相談だな。なぜなら、彼は僕の獲物だからだ」「じゃあ、こうするしかないですね」
二人は同時に走り出した。クロスは一直線に、神官はジグザグに走って相手の隙をつく作戦に出た。しかし、クロスはその考えを読んでいたかのように神官に向かって突進していった。
(かかったな)クロスはニヤリとした。しかし、次の瞬間、突然視界が変わった。気づいた時には、地面に転がっていたのだ。「いったいどうなっているんだ?」
立ち上がろうとしたその時、背中に激痛が走った。後ろを振り返ると、そこには神官の姿があった。「どういうことだ?」「簡単なことです。あなたはわざと僕の挑発に乗ってきたんですよ」「まさか……」
「そう、あなたの罠に引っかかったフリをしていただけですよ」「なんてことだ……」
クロスは膝から崩れ落ちた。「終わりだな」「そうだな」
「最後に言い残すことはあるか?」「そうだな…… 一つ頼みを聞いてくれ」「なんだ?」「ケソアッソーリ様に伝えてくれ。魔女は白雪姫ではなく、君自身だとね」「わかった。必ず伝える」
「さらばだ」「待ってくれ!」
「ん?」「最後に名前を教えてくれないだろうか?」「私の名前はアリス。アリス=クロネストだ」「アリスか。覚えておくぞ」
クロスはそのまま息絶えた。
一方その頃、魔女は森の中で一人考えていた。「なぜクロスが生きていたのかしら? 確かに心臓を貫いて殺したはずなのに。それにあの神官も、私が殺そうとしたのに逆に殺されてしまった。これは一体どういうことなのかしら?」
「まあいいわ。それよりも、早く白雪姫を見つけないとね」魔女はゆっくりと森の奥へと消えていった。
~完~

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

悪役令嬢と神父

閲覧数:126

投稿日:2022/11/20 16:34:26

文字数:4,127文字

カテゴリ:小説

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