[第18話]~別れ
私とりんは二人で霧岐屋さんから頂いた大福餅を食べていた。
何故だか、りんは巡屋さんがどうなったのかを訊いてこない。
きっと、自分が巡屋さんという一人の人間の人生を、捻じ曲げてしまったと思っているのだろう。
まだ、あまり花は咲いていない。
庭の木には、葉が一枚も無く、悲しげだ。
もうすぐ、りんがこちらへ来て一年になる。
りんは、すっかりこちらの生活に慣れてしまっているようだ。
「りんは、何処へも行ったりしないかい?」
急に不安になって、隣に居るりんに問い掛けた。
りんは、とても驚いた様子を浮かべてから
「行かないよ」
と、笑った。
きっと、向こうには、りんの家族が待っている。
一年もこちらに居ればりんも、少しは心配になっているだろう。
「もうすぐ春だ。」
私は、遠くを見て言った。
空は、少し曇っていた。
とても清々しい、いい天気とは言えない。
「花が咲いたら、花見に行こうか。」
りんは、どんな顔をしているだろう。
「夏になったら、花火を見に行こう。」
きっと、りんは私にかける言葉を探しているのだろう。
「秋になったら、紅葉を見に行こう。」
「うん、行こう。」
私が冬を言う前に、りんはそう返した。
「めい子さんたちと、霧岐屋さんも呼んで。」
何故だかその言葉にとても安心して、私はりんに笑いかけた。
不器用で、とても遠まわしだが、
「ずっと、此処に居てほしい。」
と、言ったつもりだった。
まだ少し肌寒い風邪が、部屋を通り抜ける。
夜になると、雨が降り始めていた。
雨が屋根を叩く音を聞きながら、眠りについた。
* * * * * * * *
昨夜の雨がまだ降っている。
この調子だと、昼には本格的に降り出しそうだ。
私は今、りんがいつまで経っても起きてこないので、様子を見に行っているところだ。
りんが来てから、もう一年が経とうとしていた。
めい子がいなくなって、私も少し寂しい。
どうしても、りんがどこかへ行ってしまうのではないかと、不安になる。
りんには今までずっと、小さな空き部屋で寝起きしてもらっていたのだが、めい子の部屋が空いたので、そこがりんの部屋になっている。
私は、りんの部屋の襖をがらりと開けた。
「りん、いつまで寝てるんだい。じきに朝餉の時刻だ…」
言い終わる前に、自分の目を疑った。
そこには、敷かれた布団だけで、りんの姿はない。
心の臓が、止まるくらいに跳ね上がる。
布団を剥がしてみても、りんはいない。
うなじを冷や汗が流れる。
「りん…?」
呼んでみても、聞こえるのは外で降る、雨の音だけ。
「りん!りん!何処に居るんだい!!」
どたどたと音を立て、店中を捜しまわった。
誰に訊いても、何処を見ても、りんは見つからなかった。
疲れ切った私は、りんの部屋でひとり、立ち尽くしていた。
「何処にも行かないと…言ったじゃないか…!」
へたりとその場に座り込む。
りんは、もう居ないという現実が私の上にのしかかる。
「どうして、私の大事なものばかり、なくなっていくんだい…。」
姉さんも、みくさんも、めい子も。
もういいじゃないか。
まだ私から、とってゆくつもりなのかい?
頭を抱えた。
何も聞こえないように、耳を塞ぐ。
その時、なにか聞き覚えのある音がしゃらりと小さく鳴った。
そのほうへ目を向けると、あの簪があった。
「何も残してくれなければ、忘れることもできたのに。」
目の前が滲んでいく。
頬を涙が伝う。
「お前を思い出してしまうじゃないか…。」
雨の音が一層大きくなる。
姉さんの時のような怒りではなく、ただただ、悲しかった。
私は今まで出したことのないような声で泣き続けた。
緋色の簪を握りしめて。
コメント2
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メ「みんなのために朝ごはん作らなくちゃ。今日は...記憶の赤のページ(20th前日)前編
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ご意見・ご感想
しるる
ご意見・ご感想
そか…簪を置いてきちゃったのか…
まぁ…寝るときにはつけないしねw
蓮はいつかリンもいなくなるってわかってたんじゃないかな…
だから不安になって、どこにもいかないよね?なんていっちゃったんだよね…
いなくならないとわかっていれば、そうはいわないもの…
2012/05/01 14:55:47
イズミ草
置いてきちまいました…。
その通りです!!
しるるさん、エスパーですか!?
2012/05/01 20:24:09
将君@とっち
ご意見・ご感想
連が不遇すぎるなw
2012/05/01 01:55:52
イズミ草
ああ、ああ、そうだともさww
2012/05/01 20:22:57