(なんなんだ、こいつら……!)
ゲームのコントローラーを握ったまま、俺は戦慄にうち震えていた。
「つ、強すぎるだろ……」
現在、画面では他にミク、リン、レンの使用する四人のキャラが入り乱れている訳だが……俺の使用するキャラ「偽装英雄 シグルド」は、他の三人とは距離を置いた場所に退避していた。
(様子見で手を出したら半分持ってかれたぞ!?なんなんだ、なんなんだこいつら!!)
俺だってこのゲームは自信がある方だったが、なんというかこいつらの動きはもはや次元が違うのだ。
「落ち着け……落ち着け……!」
若干パニックに陥りかける自分に、必死に言い聞かせる。
(考えろ……打開策は必ずある……!)
俺のキャラは、一撃の威力は高いが隙もデカい、言わば重量級だ。ゲームに慣れれば慣れる程大抵の奴は一撃の威力は低いが隙は少ないキャラを使う傾向があるが、俺は敢えてこのキャラで戦う事を選んだ。
それで多くの戦いを勝ち抜いたからこそ、あんな二つ名が付いたのだ。そのプライドにかけても、負ける訳にはいかない……!
(まず、リンの使う「エレクトロクイーン リンメル」は典型的な遠距離型だ、近づければ問題はない。次に、レンの「ダンシングハンター アレン・オーサー」は攻撃回数が非常に多いが、その分一撃一撃が軽いからスーパーアーマーを駆使すれば少々強引だが突破もできる。最後にミクの「ポップマスター ミライ」だが、こいつが一番厄介だ。いわゆるバランス型で、大抵の奴は使うと器用貧乏になる筈なんだが、プレイヤーの実力が高すぎてまるで隙がない!やはり今のうちにゲージを溜めておいて、後で必殺技で削りきるのがベストだな……)
脳内で敵の情報を整理していると、次第に冷や汗も収まって落ち着いた思考ができるようになってきた。
大丈夫だ、まだ十分に勝機はある……!
改めてコントローラーを握り直し、リンのキャラに狙いを定める。
(ここからが、本番だ!!)
◆◆◆
『Winner,PopMaster‘Mirai’!!!!』
「はは……」
負けた。普通に負けた。勝利のポーズをとっているミライの後ろで落ち込むシグルドの上に浮かんだ順位は、四位。
要するに最下位だった。
「シグ、言ってた割に案外大した事ないんだねー」
「ぐはぁ!」
リンの言葉が突き刺さる。結局俺のキャラはリンのキャラの体力をほとんど削る事なく退場したのだ……
「大丈夫、シグさんもとてもうまかったですよ?」
「その優しさが痛い……」
ミクが慰めてくれたが、あの後リンとレンのキャラに狙われほぼ二対一の状況に陥りながらも危なげなく勝った奴に言われても傷口を抉られるようなものだ。
「ああ、もう見てらんない!貸しなさい!!」
観戦していた雑音が俺の手からコントローラーを奪う。
雑音が「ノイズィノッカー ミレイ」を選択し、再び戦闘が開始された。
(うわあ……)
なんか雑音もやけに上手い。リンとレンとはかなりいい感じに渡り合えそうな動きだ……まあミクのキャラしか眼中にないご様子だが。……ってか、あれ?何これ?俺以外全員達人級なんだけど?むしろ俺が弱いの?
「おりゃー!バグボムを食らえーっ!!ミクは私がたおーす!!」
「甘い!ノイズキャンセルですっ!そう簡単にはやられないです!!」
「あれを防御とかさすがミク姉……うわっ!いきなり酷いよレン!」
「ふっ、戦闘中によそ見は禁物だぞ、リン!!」
「……本当になんなんだ、こいつら……」
プライドを粉々に砕かれた俺は、楽しそうに次元の違う戦闘を繰り広げる四人の後ろで体育座りをしていた。
「……」
何だろうこの疎外感。みんなの笑い声が妙に遠く聞こえる。雑音はいいなぁ普通に楽しめて。俺もあの輪の中に入りたいなぁ……そういえばガキの頃引っ越しで中学転入した時もこんなんだったっけ。田舎者だったから周りと上手く会話出来なくてなんか壁があったんだよな……
「あの……」
「……うわっ!な、なんだ!?」
ちょっと鬱モードに入りかけた俺は、声をかけられて勝機に戻った。
顔を上げると、申し訳なさそうな顔をしたミクが目に入る。
「あ、すみません、驚かせちゃいましたか……?」
「いや、大丈夫だ、こちらこそすまん……ってあんたあれやらないのか?」
俺の質問に彼女は困ったような笑みを浮かべた。
「ああ、強すぎてダメっていわれちゃったので……代わりにやりますか?」
「いや、止めとく。俺も場違いなんでな」
実力が近い三人はミクが抜けても楽しそうにゲームを続けている。
いくらミクがいないとはいえ、あそこに入っても俺がまともに戦えるとは思えない。
「ところで、わざわざこんなポンコツになんの用だよ?」
「シグさんはポンコツじゃないですよ。暇そうだったので話しかけてみたんですが、お邪魔でしたか?」
「いや、別に」
ミクは、ならよかったと俺の隣に腰かけた。俺に合わせ律儀に体育座りをしている。
「あんたは、俺が今日ここに来る事は聞いてたのか?」
「はい。シグさんの事は色々聞いていましたが、思ってたより普通の方だったのでほっとしました」
「そっかー……」
その感想を聞いて、俺は思わず遠い目になった。
まあ、そりゃあ不安にもなるよね、流れてる情報が「悪の組織からの刺客、という設定を常日頃から守り、最初に出演した番組で見事にオカマの怪人を演じきった人」だもんね……ああ、なんでこんな事になったんだろう俺……
「シグさん?」
「おっとすまん。気にするな、ただちょっと己の辿った数奇な運命を思い出していただけだ……あ、そうだ、そういえば今度あんたの量産化祭があるんだっけな。おめでとう」
「あ……はい」
「?」
俺の祝いの言葉を受け、ミクは微笑んだ、のだが……どこかぎこちない。笑顔に、どこか違和感を感じる。
そう、あの顔はまるで……
「どうしました?さっきからボーっとしてますけど……大丈夫ですか?」
「ん、いや、なんで本家がこんなに可愛いのにあの黒いのには可愛いという要素が一欠片も見当たらないんだろーなーとぐふぁっ!」
突然飛来したコントローラーに額を打ち抜かれ悶え苦しむ俺。もちろん投擲したのは奴だ。リンとレンはいきなりの雑音の動きにびっくりしている。
「私のどこが可愛げがないのかしら?」
「こういう所に決まってんだろうがあああ!!!これ絶対明日こぶできるぞおおおおおお!!!!」
「……ぷっ」
俺と雑音のやりとりを見てミクが吹き出した。もうあの違和感はない。
「何笑ってんのよあんたは!見せ物じゃないのよ!!」
「あ、すみません……でも、面白い人ですね、シグさんって」
ツボに入ったらしく、そういって彼女はまたクスクスと笑い出した。その間も俺は悶え続けている。
「だから、見せ物じゃないって……ってちょっ、何やってんのよ鏡音姉弟!!私コントローラー離してたでしょうが!!」
「戦闘中にコントローラーを手放す奴が悪いのさ。なあリン?」
「うんうん。人の家の物を勝手に投げるのは私もよくないと思うよ、レン」
こんのクソガキどもおおおおおお!!!!という叫び声と共にHPをがっつり削られた彼女のキャラが画面内を暴れ出した。本当楽しそう。
漸く痛みも引き始めたので、なんとか俺は起き上がった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫とは言えないがまあなんとかなるレベルだ……全く、ひどい目にあったぜ、せっかく鏡音と地獄のドライブに行かなくて済んだっぽいのに……」
「あ、そういえばそういう話でしたね。リンちゃん、ドライブ行かなくていいの?」
「ちょっ!?」
俺の呟きに敏感に反応し、止める間もなくミクはリンの肩を叩いてしまった。
「ドライブ……?あ、そういえばそうだった!!よし、さあシグ、こっちに来なさい!!」
「いや、ほらアレだよ俺はもうこのままゲームやってていいと思うよ!?」
俺は急にやる気になってしまったリンの説得を決死の思いで繰り出した。
「えー?でも思った以上にシグ弱くてつまんなかったしー、あたしまだ前の事許してないしー」
「いやそもそも前の事はお前がレンのバナナを喰ったのが原因、つまり基本的にお前が悪いのにそれをレンに伝えない方がよくないだろ!?」
「ああ、でもそれ元々オレに嘘つくつもりで失敗した結果なんだろ?雑音から聞いたぞ」
「何言っちゃってんの雑音ええええええええ!!!?いや本当待とうぜそして冷静に考えてみよう俺がやった事が本当にダメだったかどうかを!!」
「あたし、人を裏切る事だけはしちゃいけないと思うんだけど……シグはどう思う?」
「い、いや、どう思う以前になんかリンお前目がヤバいなんか病んでる感じなんですけどってか誰かマジで助けてええええええええ!!!!!!」
交渉決裂。その後二人に引きずられていった俺がどうなったかと言えば……
「ひいいいいいい!!!!」
「おらおらー、もっと速く走れー!」
「いや、マジこれ以上はムリ、走れなっうおおおおおおおおお!?」
「なんだ、まだ行けそうじゃんか」
「鬼かお前らああああああ!!ってぎゃああああいだいだいだいだいだいだ三つ編みちょっと巻き込まれてるバックバックバックプリィィィィィィズ!!!!」
「全く、仕方ないなあ……あ、これアクセルだ」
「ぐえええええ首がっ!首がもげるうううううう!!子供には見せらんなくなっちゃうからああああああああ!!!!!!!!!!」
……何があったかはご想像にお任せしよう。
◆◆◆
身も心もボロボロな俺が宿舎に帰る頃には、なんだかんだで辺りは暗くなっていた。
「漸く、帰って来た……マジ首いてえええ、てかそこら中いてえええええ……」
「ふん、いい気味よ」
ミクに会ったのが原因か、まだ雑音は不機嫌だ。意外と楽しそうにゲームやってた癖に……もろミク狙いだったのは置いといて。
「制止役が言う台詞じゃねえよなそれ……ああ、もう今日は俺寝るわ……どうせ明日なんもないから風呂とか明日でいいや……」
「不潔ね……」
「ゴミ屋敷に住んでる奴にだけは言われたくねーよ……ミクとかに言われたら仕方ないと思うがな」
言い返し押し入れに入ると、珍しくあいつは神妙な口調になって語り始めた。
「……やっぱり、本家は凄いわよね。なんて言うか、格が違うっていうか。私とは違って普通に人気とれそうな性格だし、挑発しても眼中になし、嫌がらせしてももろともしない。元々勝てるとは思ってないけどさ、ここまで勝ち目がないと、やっぱりキツイわ……」
「……」
それは、彼女が、雑音ミクであるが故のジレンマなのかもしれない。初音ミクに対抗する者として生み出された彼女も、結局の所は公式ボカロの人気がなければこの世に存在する事もなかっただろう亜種のうちの一人に過ぎない。
彼女が異常な程に初音ミクを苦手とする理由も、その辺りにあるのだろう。せめて自分の挑発に乗ってくれれば嫌いもしやすいだろうに、それもないのでは、格の違いを感じさせられるばかりではないか。
「あそこまで行かれると、もう本当どうしたらいいのかしらね。やりづらくて仕方ないわよ……なんであいつらってあんなに完璧なのかしら」
(完璧……か)
その単語を聞き、俺はなぜかあの時のミクの笑顔を思い出していた。
そう、あれは、あのぎこちなさは……まるで、何かを恐れているようでは、何かに追い詰められているようではなかったか。
「……なあ雑音」
「なに?」
「……いや、なんでもない。お休み」
「?……相変わらず変な奴ね……」
襖を閉め、完全に暗くなった押し入れの中で、俺は雑音にしようとした質問を呟いた。
「……お前がもし初音ミクだったら、何を恐れるよ」
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中川 清燕
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