「あら?」
やっとコップを空にしたレンと、それをずっと見守っていたミク。二人が揃っている図を見て、居間に入ってきたメイコが声を上げる。
「二人とも練習は良いの?」
「あ、お姉ちゃん」
「メイ姉…」
自分への呼び声と、レンの手元にあるコップで事情を察したらしく、小さく笑って言う。
「なにやら大声で喧嘩してたみたいだけど」
「うぐっ…」
「えとえと、色々、あったみたいで…」
「そっか。ああ、ちょうど良いわ」
「どうかしました?」
「練習しないんならちょっと付き合いなさい、二人とも」
「へ?」
「はい?」
メイコの手招きにきょとんとする二人。とはいえ逆らうなど思いも及ばず、長女の言に従うことにした。
湿って暑い空気は質量を伴ってまとわりつく。照りつける太陽は全てを焼き焦がしつくそうとしているのかと思われるほど。
響き渡る蝉の声が耳を貫く。緩やかに吹く風もねっとりと重い。
「うっわ、あっつ…っ」
「夏ですねー…」
外に連れ出されたレンとミクは顔をしかめていた。
「夏よねー」
連れ出したメイコの方は嬉しそうに庭を見回す。
「…メイ姉、なんか楽しそうだな…」
「まあ、不快な部分もあるわよ? でも、こういう感覚をマスターも味わってて、それで夏の歌を作ってるんだな、と思うと、ちょっと嬉しいのよね」
「…あー…」
「そうですかー…」
メイコほど完璧にVOCALOIDたろうとしているVOCALOIDはいないのでは、とレンは思っている。
ぼんやりとした口調で答える弟妹に、メイコは笑顔を向けた。
「夏の歌なんだから、迷ったら、夏を感じるべきよ」
「…え」
「どうしてその音を選んだのか。どうしてその言葉を選んだのか。折角感じられるんだもの、感じてみたら分かるかもしれないでしょ?」
「あ、なるほどー」
ミクが一転笑顔になる。レンの方はいまだ眉根を寄せたまま。
「お庭でも、だいぶ、家の中とは違いますねー」
「家の中はエアコン効いてるからね。熱暴走しない程度に堪能してらっしゃい。辛いなら帽子持って来ること」
「はぁいっ」
ぱたぱたっと駆け出す妹を見送って、メイコが顔をしかめたままのレンに声をかけた。
「レンは?」
「俺は…」
「夏は嫌い?」
「いや…」
じりじりと焼かれる感覚。ふと見上げた青空は…あまりに高くて。
「…やっぱ、遠いなあ…、って…」
「そう」
穏やかな声と共にぽんぽんと頭を軽く叩かれる。目線を移すと優しい笑みが映った。
「それが『レン』の感覚よね。大事にしなさいな。辛くても投げ出しちゃダメよ? ゆっくりでも良いから向き合ってあげて」
「…え?」
「同じような思いを抱えているヒトだって居るかも知れないでしょ。なら、そのヒト達に届くように、歌えると良いわよね」
「あ…」
迷うことだってある。悩むことだってある。息苦しさに閉じこもってしまうけれど、それでもそんな君はひとりじゃない。
レンの中でまた少し、何かが解けていく。
「…歌える、かな…」
「大丈夫よ。『レンの歌』、楽しみにしてるわね」
リンにもちゃんとフォロー入れたげなさいよ、と忠告を残して、メイコもまた夏の盛りの庭へと歩き出す。
その背を見送ってから、レンもまたゆっくりと、夏の中へ踏み出した。
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