約束の時間まではまだ少し時間があるから。
私はもう一度だけ鏡の前に立った。
顔がこわばっているが自分でもわかる。
でも、それも仕方ない。
朝からずっと今日のことが頭から離れなくて、考えるほどに緊張していく。
まだ会ってもいないのに、これで大丈夫?
そう自分に問いかけている私がいる。
スカートも髪飾りも今日のために買ったもの。
多分ちゃんと着れていると思う。変じゃないはずだ。
切ったばかりの前髪はまだ少しこころもとないけど、これはもう気にしてもしょうがない。
もう一度、もう一度だけ確認をする。
うん。大丈夫。大丈夫だから。
そう自分を励まして、私は家を出る。
いつもの集合場所。
いつものメンバー。
もちろん彼もそこにいた。
そして、――彼と目も合わせられない私がいた。
なんでだろうって……、
そんな答えはもうとっくに出ているのに。
その気持ちに正面から向き合うのが怖いから、見ないふり。
それでいいんだと思う。
だけど、
こうやってみんなで遊ぶのは今日が最後になるかもしれないけど、
多分この気持ちはこれからも胸の中に残り続けるんだと思う。
でも今日が思い出になればそれでいい。
――「好き」というこの気持ちが思い出になれば、それでいいから。
そう自分に言い聞かせる私がいた。
だって、言葉になんかできないから……。
残された時間はあと少ししかなかった。
もしかしたらなにかあるかもしれない。
そんな淡い期待も、期待のまま終わってしまった。
いつもと同じように一日が過ぎていった。
みんなと……、彼と一緒にいるのはとても楽しいことだ。
今日も楽しかった。とってもだ。
……それでよかったはずなのに。
胸の中でくすぶっている想いが、たしかにあった。
そんな私の気持ちを知ってか、帰ろうという時に雨まで降り始めてくる始末。
しかも結構本格的に降っている。
みんなも、今日は晴れじゃなかったのかって悪態をついている。
それでも、もう帰る時間。
私と、それとあと何人かは折りたたみの傘を持っていたから、
――傘が無ければもうちょっと一緒にいられたのに。
そう思って傘を指ではじいた。
みんなにまたねって言ったけど、多分かなりの浮かない顔をしてたと思う。
気持ちの切り替えができなかったんだ。
そんな気持ちのまま空に向かって傘を広げる。
不意に傘が奪われた。
お前も駅までだろって多分そう聞かれたんだと思う。
突然のことに思考が止まって、頭に入らなかったから。
でも……、そう聞いたのは彼だった。
何とか頷くのが精いっぱいだったけど、
それを見ると彼はしょうがないから入っていってやると私に笑いかけた。
――私も自然と笑っていた。
緊張も驚きも憂鬱もどっかに消えていって、
そして、気持ちがあふれて止まらなくなって――。
そして、自分の気持ちに気が付いた。
私は彼とこのままサヨナラをしたくないんだって――。
この想いを、伝えたいんだって――。
彼は……傘を奪ったまま私に早く入れって言って、
私の傘だよって言いながらも、胸の高鳴りはおさえられそうもないみたいで、
半分、ふわふわしたまま私は彼のもとに行く。
そして……二人で歩きだす。
すぐ隣には彼がいる。
二人で1つの傘をさして、相合傘で。
耳を澄ませれば息遣いも聞こえそうな距離。
傘を持つ手に力が入っていくのが分かるくらいに。
こんなチャンスはもうないかも知れなくて、
でもそう思うだけでも胸は張り裂けそうになる。
顔も多分赤い。と思う。
彼は私に話しかけているけれど、私はちゃんと会話できてる?
それももう分からない。
それぐらい頭の中が真っ白になってるみたいだし、
でもどこか嬉しい。そう感じる。
そうなんだ。
やっぱり今日で最後なのは嫌なんだ。
贅沢なのかもしれないけど、
もっとこうやって一緒にいたくて、
いっぱいいっぱいしゃべっていたくて、
遊びに行きたいし、手もつなぎたいし。
そしてこの気持ちを君に伝えたいんだ。
この気持ちを届けたいんだ。
でも、でも……。
――もう、時間切れみたい。
気がつけば、私たちはもう駅の前にいた。
彼はありがとうと傘を私に返す。
それを受け取ると何故か涙がこぼれそうで、必死にこらえた。
最後はせめて笑顔でいたいから。
サヨナラをするまでは……。
精一杯の笑顔を作って、私はゆっくりと顔をあげる。
この気持ちを伝えるために、
じゃなくて、
サヨナラを言うために……。
「……それじゃあ、またね!」
それだけ言って私は改札へと歩きはじめた。
これで……いいんだ。よかったんだ。
サヨナラ――。
そう思った瞬間だった。
私の手に手が重ねられて、
「ちょっとだけ、待ってくれないか」
と彼は言った。
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