夜空を見上げる男の傍らで、その横顔を見つめる少女。
彼は得意気に、ライセンスが取れたことを話している。
傍らの少女は相槌を打つ一方で、時折寂しそうな表情を見せた。
彼は、彼女のそうした仕草に気づかない。
見える星を指さし、探査船のクルーになったらどの星に行きたいか、という話を続けている。
彼は、故郷の星を離れたがっていた。
発展性を失い、人々が離れ、衰退の一方を辿るその星を、彼は棄てようとしていた。
星に残る人間は、古い物事にしがみつく愚かな連中だと考えていた。
「ね、」
少女が彼に問いかける。
「他の星を探して、遠い宇宙を旅して……もう、帰ってこないつもりなの?」
「惑星探索なんだから、当然じゃんか」
彼が即答する。
少女はその後、
「わたしは……この星が好き。嫌なこともいっぱいあるけど、この星を離れるのはイヤだな」
ひとりごとのように言ったその言葉を、彼は聞こえなかったふりをして黙っていた。
♪ ♪ ♪
一日の業務を終えてコロニーの事務所を出ると、ミクが立っていた。
彼の姿を見とめ手を振る。
「ごめんなさい、勝手に待ってたりして」
「いやそれはいい、どこかおかしくなった?」
彼の一番の懸念はそこだ。
むかし勉強した知識を頼りに、ミクの身体に侵入したウイルスを取り除いたが、そのせいで不具合が生じていたら大変だ。
「いいえ、違うんです。おかげさまで体はすっかり良くなりました♪」
屈託なく笑う姿は、誰かによく似ていた。
「じゃあ、今日はどうして」
ミクは、おずおずとチケットを差し出した。
「今度、ライブがあるので……もし、お暇なら来ていただけたら、って……」
恥ずかしそうに顔を伏せ、消え入りそうな声で言う。
「……」
彼はチケットを受け取り、しばし呆然とする。
「あ、あの、ほら、また何かあったときに、助けてもらえたらいいな、なんて……」
慌てて弁解するように言うミクの姿がおかしくて、彼は笑った。
「行かせてもらうよ。それで、場所はどこ?」
「えっと……」
告げた星は、彼の故郷の星だった。
♪ ♪ ♪
男が故郷の星を飛び出して、5年が経っていた。
もう一生、戻らないつもりだった。
眺めていると、吸い込まれそうな気分になる青空。
空を鮮やかなオレンジに染め上げる夕陽。
静謐に輝く月。
神秘的な稲光。
その星で、あらゆる美しい現象を見てきた。
はっとするほど美しい風景は、見慣れたはずの空にあった。
彼は、かつて恋人だった少女のことを思い出す。
彼女と出会った頃、彼は現実の生活に埋もれて、空を見上げることすら忘れていた。
そのことに気づかせてくれたのが、彼女だった。
天空の美しい現象を眺めるとき、彼の側にはいつだって彼女がいた。
「いいものを見せてあげる」
そういって彼女は、彼をある場所へ連れ出す。
言われたとおりに頭上を見上げ、彼は、息を飲んだ。
大きな月が、夜空に青く輝いている。
その神秘的な光に、言葉も出ない。
「条件がいいとね、すっごく綺麗に見えるのよ」
彼女は嬉しそうに言う。
「美しい景色って、案外身近にあるものなんだよ」
彼女はいつだって突然に、彼を誘う。
――ね、夕陽を見に行かない?
――今日、流星群があるって、知ってた?
――回り道しようよ。きっと、いいものが見えるよ。
――夕立ちは好きだよ。止んだ後、きっといいものが見られるからね。
その悉くが、言葉に出来ないほど美しいものを、目の当たりにする経験となった。
そして、そうしたものを見つめている彼女の目は、比喩でなく “輝いて” いた。
彼は、そんな彼女が、好きだった。
♪ ♪ ♪
ヨットのコクピットに座り、チケットを眺めながら、まだ迷っていた。
その星へ行くのはあまり気が進まなかった。
再び故郷の土を踏むことは、夢に敗れて逃げ帰ってきたような気になる。
――けれど、ミクのライブには行きたい。
あの澄んだ歌声を、もう一度ちゃんとした形で聴きたい。
前に聴いたフリーライブ、そしてミッド・シップの通信から聴こえてきた歌。
彼は意を決して、その星をヨットのコンソールに打ち込んだ。
その時だ。
コクピットハッチが、誰かに叩かれた。
開けると、そこにいたのはミクだった。
「間に合った!」
「!? 何してんだ?」
びっくりする彼の傍らで、ミクは舌を出しながら
「乗るはずだったミッド・シップに乗りそこねちゃって……もしかしたら、と思って。
ゴメンなさいっ! 今回だけ!」
拝むような仕草を見せる。
「……ったく」
呆れながらも、彼はミクの腕をとって中へ引きこむと、ヨットを出した。
コクピットに並んで座る。
ミクはなんだか、楽しげだ。
そして彼もまた、こんな状況を楽しんでいる。
「じゃー、急がねぇとな!」
宇宙空間に出て開帆すると、ラムジェットを噴射した。
♪ ♪ ♪
A sort of Short Story ~ by 『Light Song』 3/4
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同じくピノキオPの『 oz 』、『恋するミュータント』、そして童話『オズの魔法使い』との三つ巴ミックスです。
あろうことか前・後篇あわせて12ページもあるので、どうぞお時間のある時に読んで頂ければ幸いです。
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