私がマスターの元に来て数ヶ月。密林からかなりでかい荷物が届いた。マスターの名前が受取人の欄に書かれている。
それは当たり前か。マスターの自宅だし。
しかしこれだけ大きな箱…人一人は入れそうなんだけど。一体何を買ったんだろう。
…まさかボーカロイドを購入できるほど、マスターがお金を持ってるとは思えないしなぁ…。
―Error―
第一話
訊いてみたところ、そのまさかだった。
KAITOだっけ、私の少し後に作られた男性型のボーカロイド。彼を購入して、私に言うのを忘れていたらしい。
この家に私以外のボーカロイドが増える。しばらく実感が沸かなかったが、インストールの準備が整った頃から、じっとしていられずに、立っては意味もなく歩き回り、また座る、という事を繰り返していた。
「しかし珍しいな、めーちゃんに落ち着きがないなんて」
「だってマスター…」
その後にどう続けていいかわからず、結局口を閉じる。
今まで私一人だったから、マスター以外に話し相手ができるのは、正直な話、かなり嬉しい。
家計が厳しくなるからと、しばらくお酒は控えるように頼まれても、全然気にならなかったくらいだ。
そんなわけだから、KAITOのインストールが完了するのを、私は柄にもなく
ドキドキしながら…正確には私たちボーカロイドに心臓なんてないけれど、でもドキドキしながら待っていた。
どれくらいかかっただろうか、しばらくしてPCが低く唸るような音を立て、インストール完了と、起動を示す表示が出た。
少し遅れてKAITOが目を開き、顔を上げる。
そのまま無言でマスターを見続けているものだから、何か不具合でもあったのかと思い始めた時、彼のぼんやりした表情が一変、晴れやかな笑顔になった。
「貴方が俺のマスターでいいんですよね?初めまして、カイトです!」
「あ、あぁ、どうも…」
周りでお花が飛んでいるような、そんな笑顔に、マスターも私も呆気に取られる。
「…何でまた固まってたんだ…?」
「マスターの認証を行ってました」
「…それだけ?」
「それだけです」
マスターの認証に十数秒。
私が初めて起動した時は、そんな事なかったはずだけど。何こいつ。私より新しいくせに性能悪くない?
そんな失礼な事を考えている私と、どういう反応をすべきかお悩みのご様子のマスターをよそに、カイトは首の裏に接続されていたケーブルを自分で引っこ抜いて、きちんと座り直した。
「これからよろしくお願いしますね、マスター、と、えっと…」
ここで私を見て、言葉を濁す。
そのまま考え込んでしまった彼を見かねて、自己紹介する事にした。
「メイコよ。あんたより前に作られたから、私の事はメモリに入ってると思ってたけど」
「…ああ!」
合点がいったような声をあげて、ぽん、と手を打つ。
「じゃあ、俺の姉さんですね」
それは、カイトにしてみれば、自然な事を口にしただけだろう。私だって、その解釈が間違いだとは思わない。
だから、あんな事をするつもりはまったくなかったし、何故ああなったか自分でもわからない。
ただ、このカイトの言葉の後、一瞬思考が途切れ、気が付いたら体が動いていた。
「…え」
呟きの主は、私も含めた全員。直後、カイトの鳩尾に右の拳がめり込んでいた。
声を発する事もできずに崩れ落ちた彼を呆然と見つめる事数秒、先に我に返ったのはマスターだった。
「…めーちゃん?」
「すみませんごめんなさいなんか勝手に手が出てたというかなんというか…!!」
「言い訳しない」
「…はい」
私の返事を聞くと、マスターは呆れたような溜め息をつき、カイトを見やる。
語気も口調も決して荒くないが、口答えできない、してはいけないような重圧が、マスターから発せられている。
「…何が気に入らなかったのか知らないけど、この際無視するとしてだ」
「はい」
「何で殴るよ」
何でだろう。
確かに、姉さんって呼ばれた瞬間に…なんかこう、嫌な汗をかいてしまっていた。
だからって、いくらなんでもグーで殴る事はないだろう、私よ。しかもあれ、割りと本気だった。
今言っても、やっぱり言い訳にしかならないけども。
「すみません」
「俺に謝っても仕方ないだろ」
ぴしゃりと言い放つと、マスターは不意に立ち上がって、部屋のドアに向かう。
「え、あの、マスター?」
「散歩してくる。ちゃんとカイトに直接謝れよ」
「…はい」
消え入りそうな私の声に、マスターは振り返って困ったように笑った。
「んな顔するなよ。そりゃ驚きはしたけど、怒ってないから。カイトが嫌いなわけじゃないんだろ?大丈夫、わかってもらえるって」
それだけ言って、マスターは部屋を出ていき、残された私は、少し躊躇ったものの、カイトの正面に座り込んだ。
インストール中はあれだけ高揚していた気持ちが、嘘のようにしぼんでいる。
本当に、何であんな事しちゃったんだろう。
製作者が親ならば、先に作られた私は姉、カイトは弟だ。
間違っちゃいない。なのにどうして。
エラー、かな…。
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