ボーカロイドは、結局のところ、機械だ。
持ち主であるマスターの命令は絶対だし、ロボット三原則にも従わなければならない。
だが一方で、限りなく人間に近く作られているのも確かな事。
マスターの扱い方によっては、どんどん人間に近付いていくとか、感情も豊かになったりするとか、聞いた事がある。
多分俺たちは、そういう例なんだろうな。
何故かは解らないけど、充電でも済むはずなのにお腹がすくし、お風呂に入れないと気持ち悪いし、ああ、あと睡眠欲もある。
「…あでっ」
その睡眠欲に従って、気持ち良く眠っていたというのに、不意に走った衝撃で、俺は目が覚めた。
―Error番外編―
~ありがとう~
第1話
まだ覚醒しきらない頭で、何が起きたのか考える。
いや、考えるほどの事じゃない。大体察しはつく。
「まったく…」
思わず声に出してぼやきながら、レンの足をどける。
先ほど俺を叩き起こしたのは、彼が俺の腹を蹴飛ばしたかららしい。
レンの寝相がものすごく悪いというわけではない。が、狭い部屋で3人が川の字で眠るとなると、こういう事はたまにある。
おかげで、すっかり目がさえてしまった。
「どうしようかな…」
とりあえず、起き上がってみる。
眠っているレンとマスターを起こさないように気をつけつつ、部屋を横切って窓の前に立った。
カーテンを少しだけ開けて、その隙間から外をうかがう。
「…え」
目に飛び込んできたのは、白。
家々の屋根や地面が真っ白くなっている。
さらに空からも、ちらちらと白が舞い降りてくる。
見覚えのない景色に、一瞬困惑して、無意識にメモリに検索をかけていた。
「…雪?」
知らないわけではなかったが、実際に見るのは初めてだ。
そのまま見入っていると、どれだけたっただろうか、背後で誰かが身動きする気配がした。
「…寒っ…」
「あ、マスター」
俺の声に、マスターはのそりと起き上がったが、寒いのか、しっかりと布団にくるまっている。
不機嫌そうに見えるのは、まだ眠いからだろうか。
「おはよ…」
「おはようございます。すみません、起こしちゃいましたか?」
「んー…大丈夫…」
盛大な欠伸を1つして、マスターは何度か瞬きを繰り返す。
「カイトが俺より早いとか、珍しいな…どうしたんだ、そんなとこで」
「雪が降っていたものですから、つい」
「雪?ああ、お前たちは見たことなかったっけ」
ズルズルと布団を引きずりながら、マスターも俺の隣まで来て、外を見た。
「降るだけなら、1ヶ月くらい前に、夜中に降ってたけど…積もったのは初めてだな」
「降ってたんですか?!教えて下さいよ!」
「ガキか。そもそもお前、寝てただろうが」
呆れを含んだマスターの声に、俺はちょっとだけ後悔した。
でも、積もったのは今日が初めてみたいだし、これはこれで良かったかもしれない。
「…そういえば、めーちゃんは見た事あるんですか?雪」
「いや。買ったの3月だし、去年はほとんど降らなかったから、まだ…、あ」
何か思い付いたのか、マスターは実に楽しそうに、にやりと笑った。
こういう時は、マスターは大抵何か企んでいる。俺とめーちゃんが付き合い始めてからは、さらにそういう事が増えた。
たまにはそれほど害がない事もあるんだけど、今度は何だろう。
「…えっと、何ですか?」
「いやな、お前ら全員、雪が初めてだろ?」
「まあ、そうですけど」
「解ってるとは思うが、俺も今日は休みだ」
「はあ」
「そこでだな」
マスターはニヤリ笑いをさらに広げて、続けた。
「せっかくの機会だから、朝飯食ったら遊びに行こうかと思ってさ。どう思うよカイト君」
「遊びに…?」
訊き返してしまった事は、多目に見てほしい。
何せ俺はボキャブラリーはあっても、具体的にそれが何かは、ほとんど解らない。雪について検索しなければならなかったのが、いい例だ。
多分、俺ほど検索時間をかけないだけで、他の皆もそうなんじゃないかと思う。
きっと俺は、頭の回転が遅いってやつなんだろう。
…悔しいけど。
「遊ぶのはいいんですけど、どこに行くつもりです?」
「そうだな、少し歩くけど、いい場所があるから、そこに行こうかと思う」
「…で、結局どこなんですか?」
「まだ秘密」
おどけてそう言ったマスターに、不覚にも苦笑してしまった。
どちらにしろ、マスターが秘密と言った以上、俺にはもう追及する権利はない。
「お昼までに、溶けなければいいですね」
「だな。…よっし、そうと決まれば、他の皆もそろそろ起こすか。カイト、レンよろしく」
「はい」
返事を返すと、マスターはさっさと女性陣の部屋へ向かった。
あ、俺が行った方が良かったかな。
マスターの起こし方は少し乱暴だ。3人が起きるまで、ひたすらドアを叩き続ける。
しまったな。めーちゃん1人が起きれば、あとの2人も起こしてくれただろうに。あーあ。
同情の念を感じつつ、俺は未だに爆睡中のレンの肩を揺さぶった。
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