- 序 -


高くそびえる針葉樹林の奥深く、目立たず僅かに開けた場所でソレは出現した。
大気を震わせる重低音が一瞬辺りを支配し、先ほどまで何も無かった空間に無数の塵が吐き出されたのである。

薄ぐもりの空を走る亀裂からは幾筋もの光が差し込まれ、その光線を浴びる形で様々な色にきらめいた塵のシャワーが降り注ぐ。ほぼ無風のお陰で同じ地点に降り積もった塵は山となるのにそう時間を必要とはしなかった。

その塊が質量を増した時、唐突に蠢き始めた。

もし人が通りがかれば、地を這いずり出した不気味な物体を前に嫌悪を抱いたに違いない。得体の知れない不定形な謎生物。幸いそれを目にしてしまう不運な輩はこの森深くには存在していなかったが。

空中に吐き出された大量の塵全てが地面へと到達した時、一片たりとも無駄にせず完全に吸収しきった謎生物は感極まったか、更なる激しい動きを見せ始める。上下左右に伸縮を繰り返し、勢いの頂点で上方に伸び上がった。

どのような仕組みか、不定形な揺らめきは特定の形で固定され、ついには人の姿を形作っていたのである。上方に限界まで伸びきったのは人が立ち上がった姿となった訳か。


「ぷはっ」


吐息と共に発音されたのは明らかに知性を有するものによる『言葉』だ。


「これってホントに安全が保証されていたんでしょうね、ルカのこと信用してるけど正直足の力抜けそうなくらい怖かったんだけど」


澄んだ声音。身体にメリハリは少ないが、その姿は明らかに女性の人型をしていた。
後頭部からは装飾品で束ねられた髪が左右へと下り、腰よりも低い位置で身体の動きに合わせて揺れていた。
ノースリーブでタイトな衣装は華奢な身体をしっかりと包み込み、やや短すぎるきらいのあるミニスカートが腰を飾る。そこから伸びる足は細く無駄な肉づきもなく、されどもしっかりと大地を踏みしめていた。


「この転移機能は欠陥品じゃないかって思っちゃうよ。さっきも粒子化した自分のどこかが風に飛ばされていっちゃわないか、そりゃもう必死だったんだよ……笑い事じゃないってば」


彼女が会話しているのは同じ場所にはもう居ない相手であった。頭部のヘッドセットから聞こえる声に対し、そこから伸びるマイクに向かって言葉を紡いでいるのである。


「後悔はしないかって?そだね、怖いけどもう決心はしちゃったからね。迷ってはないよ」


天に向かって切っ先を伸ばさんとする高い木々を見上げ、その向うに望む山々の裾野へと目をやる。灰色が濃い厚い雲が出てきている。更に周りの暗さも増し風も出てきていた。これ以上遅くなると雨に濡れる覚悟をしなければならないだろう。


「ここに、わたしへと繋がる原典の一片があるんだ。絶対見つけ出さなきゃって、そこはもう変わらない……さて、もう切るね。それとさ」


吊り目気味の彼女がふと表情を緩める。散々反対して説得しようとしてくれた大事な友達を目の前にするかのように儚い笑みを浮かべて口を開く。


「ありがとルカ、大好きだよ。わたしがどんな結末を迎えることになってもずっと応援する気持ちは変わらないから……これからも歌を好きでいてね。わたしみたくならないでね」


相手の声で心を挫いてしまわないよう、思い切って耳元のスイッチを切る。さすれば後は目的にむかって前進するしかなかった。


『今行くんだから……待ってなさいよ!』


暗雲立ち込める先に待つ未来を今は恐れずに歩く。

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不死鳥と鳳-アゲハ-蝶 (歌姫異聞)

こちらに登録する時、今している創作を『小説』と挙げた以上、何もしないままなのも申し訳ないので、勢いで書き出してみたり。最終的にはボカロ曲あてたり、DIVAf2のPVへ活かしてみようかと考えています。

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投稿日:2014/04/06 04:16:31

文字数:1,443文字

カテゴリ:小説

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