この街には、あなたと見た雪が今日も降っている。
12月15日、私は大切な人を失った。亡くなる前日に彼と喧嘩をし、折角の記念日に渡すつもりだった手紙は、部屋の隅にある窓際に置かれたまま。死を受け入れられないまま、時間だけが過ぎて往く。私の心に雪は積もり、大事なはずの気持ちを紛らせている。
12月17日、告別式が終わり、二人暮らしだった家についた。みんなから慰められたけど、泣けなかった。後悔だけが先に立っていた。
周りから見ればそれは大層な悲しみに見えたのかもしれない、でも私から見たら慰謝なんかじゃなくて生温い嗤いなんだ。彼らは同情をくれても、悲しみに責任を取ってはくれない。
ネガティブな感傷に浸りながら、夜まで家の窓から降る雪を眺めていた。
思い出が蘇る。喜んで、怒って、哀しんで、楽しんだ記憶も、腐る気配がないほどに新鮮で、死の立ち入る隙もない程だった。
雪だ霙だって他愛もない話も、まだ一月も経たないのに、もう彼はこの世の何処にもいない。気が付けばぼんやりとした意識の中で、遺品をワンルームの角に寄せていた。
はっと息を呑む。新しい日常を考えた途端に、遠くの街灯が消える。考えるのをやめた。中途半端な私はまだ、優しい記憶の中で、留まっていよう。
なんて嘘を並べて平然としていたつもりだったのに、涙が止まらない。
泣いてる?恥ずかしい。
もう嘲られていたのか、優しい笑顔だったのかも判らない。
寒い。凍えて死にそうなのに、心臓の音は静かな夜を劈いて煩く鼓動した。涙は手紙を濡らし、ふと私にその存在を思い出させた。
我に返り、自分で書いた手紙を読み返した。なんて明るい文章だろう。
このまま読み進めたらおかしくなってしまいそうだ。忽ち、真夜中だというのに、向かいの店に明かりが灯った。
そうか、もうすぐクリスマスだ。こんなこと考えてる場合じゃないんだ。と、悲しみをツートンカラーの季節に隠すように、手紙を破り捨てようとした。力いっぱいに、一思いに切り裂こうとした。
でも、できなかった。心の折れた人間に紙1枚を破る力も余裕さえもなかった。結局彼のことを思い出しては泣き、笑ってしまう。会えない人への想いが行き場なく募る。
そんなどうしようもない気持ちに、降り頻っていた雪は手に溶けた。今までの自分とは比べ物にならないくらいの冷たさに、何か蟠っていたものが解けた。
何を思ったのか、もう一枚手紙を書き出した。意識のない内に筆は進み終わっていた。其処には、こう書かれている。
"ごめん、やっぱり受け入れられないや。でもね、一つだけ分かったの。
あなたといた時間は、こんな私のことを間違いなく動かす力になるって。
せっかく手紙を渡したかったのに喧嘩なんてして、馬鹿みたいだよね。
丸三日、凍えて死にそうだった。それさえ嗤うように周りは私を慰めた。
悲しみは街中に降り積もって、あなたの好きだった冬の景色を霞めたの。
思い出も。未来も。足元も。
もしかしたら、また立ち直れなくなる日が来るかもしれない。
待っている明日は明るくないかもしれない。
決めたそばから弱音吐いてばっかだけど、これからはもう泣かない。
だって、この街には、あなたと見た雪が今日も降っているから。"
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