第十章 悪ノ娘ト召使 パート8

 初めに意識を取り戻したのはアレクだった。自らがまだ生きていることに不信感を覚えながら立ち上がったアレクは、近い距離で気を失っているメイコに駆け寄るとすぐにメイコを抱き起こし、少し焦る様な声でメイコに向かってこう声をかけた。
 「メイコ隊長。」
 まさか、もうこと切れているのではないか、という恐怖に身を焼かれそうになりながらアレクはメイコの頬を軽く叩く。すると、僅かな呻き声と共にメイコが瞳を開けた。
 「アレク・・?」
 少し焦点の合わない瞳で、メイコはそう言った。その言葉に安堵したアレクは、続けてメイコに向かってこう言った。
 「お身体に不調はございませんか?」
 その言葉に促される様に頷いたメイコは、アレクに支えられながら立ち上がると、アレクに向かってこう言った。
 「一体、どうなったの?」
 「分かりません。」
 その疑問はアレクが一番訊ねたいことだった。ルカの魔術により吹き飛ばされ、意識を失った所までは記憶がある。それから意識を取り戻すまでにどれほどの時間が経過したのかは分からないが、あれだけの攻撃を仕掛けて来たルカが自分達を見逃した理由が判断できなかったのである。見ると、同じように気を失っていたらしいグミが少し離れた場所で、よろける様に立ち上がる姿がアレクの視界に映った。一体、反乱はどうなった。戸惑った様に周囲を見渡したアレクの視界の上空、第三層へと続く螺旋階段を優雅に下りてくる人物の姿を目にして、アレクは不信感が強まることを自覚した。アクである。どうやら我々が気絶している間に先を越されたらしい、と考えたアレクの目の前で玄関ロビーに降り立ったアクは先程のルカの魔法で破壊されたシャンデリアを興味がない様子で眺めた後に、メイコに向かってこう言った。
 「リン女王を拘束した。」
 「いつの間に・・。」
 その言葉に、メイコが戸惑った様に声を上げる。
 「先程。今はリン女王の私室にいる。確認を。」
 アクはそう言うと、そのままの足取りで玄関から外へと歩んで行った。その背中に向かって、メイコが声をかける。
 「アク、どこに行くの?」
 その声に首だけで振り返ったアクは、無表情な瞳のままで、静かにこう言った。
 「反乱は成功。カイトの所に戻る。」
 そう言い残すと、アクは再び歩き出した。そのアクの後ろ姿を見送ったメイコ達は、思わずと言った様子で互いの顔を見合わせたのである。何ともいえず、拍子抜けする結末だった。自分達が気絶している間に勝負がついたらしい。ミルドガルド史上最も滑稽な幕引きだったな、と誰もが考えたのである。その戸惑った沈黙を破ったのはグミであった。
 「とにかく、リン女王の私室へと向かいましょう。」
 そのグミの言葉に頷いたメイコは、かつて歩きなれた螺旋階段を一歩一歩上って行った。先程壁と衝突した時にどこかが内出血したのか、体のそこかしこが痛む。それでも気丈に痛みに関する言葉を吐かずに、メイコは王宮第五層に到達した。この階層に来るのはメイコも初めてであった。王族専用のフロアとして用意されている第五層にはたとえ赤騎士団団長であっても侵入することが許されていなかったからである。そして、誇らしげにメイコに向かって敬礼をした反乱軍兵士に労いの言葉をかけながら、メイコはリン女王の私室へと入室した。その部屋には兵士が十名余り。部屋の中央で両腕を拘束されている少女は、確かにリン女王の姿であった。
 「親子揃って反逆するなんて。やはりあの時処刑しておくべきだったわ。」
 リン女王は強い調子でメイコに向かってそう告げた。それに対し、メイコは冷静に答える。
 「国民の為です。」
 そして、メイコは奇妙な程の不信感を味わった。リンの私室に、戦った形跡がまるでなかったのである。その感覚はアレクも共有するものであったらしい。直後に、アレクが兵士に向かってこう尋ねたのである。
 「レンはどこに行った?」
 その言葉が飛び出した時、リン女王の表情がほんの僅か、瞬きする程度に変化したことをメイコは見逃さなかった。そして、かつてアキテーヌ伯爵がメイコに伝えた言葉を思い出す。即ち、リンとレンは双子。そして、レンの右手に刻まれた痣。その痣を確認しようとメイコが視線をリン女王と名乗る少女の右手に映した時、リン女王は何かを隠す様に身をよじり、そしてこう言った。
 「召使のレンならあたしを置いて逃げたわ。剣は強くても、所詮は自分の生命の方が大事だったのね。」
 その言葉に白けるような感覚をメイコは味わった。だが、今一瞬見えたもの。それは彼女がレンであると言うことを如実に指し示すものであった。おそらく、逃亡したのはリン女王。手引きをしたのはルカ殿だろう、とメイコは推測を立てたが、そのことをメイコは口に出さなかった。代わりに、メイコは兵士達に向かってこう告げる。
 「いない者を追っても仕方あるまい。とにかく、リン女王を牢獄に幽閉しろ。」
 その言葉に、アレクは僅かに不満そうな表情を見せたが、メイコは敢えてその視線を無視した。レンと話をする時間ならまだある。その時に話を聞けばいいだろう、とメイコは考えたのである。
 
 一方、ザルツブルグでは未だに激しい戦闘が続いていた。
 メイコが反乱を起こしてから既に二日の時が経過していたが、ロックバード伯爵の元にはまだその報告がもたらされていなかったのである。しかし、それとは関わりなく、ロックバード伯爵は勝負を焦り始めていた。僅か一週間程度の戦闘で兵糧が枯渇し始めたのである。そもそも戦いに出ること自体に無理が生じる程に黄の国の国力が落ちていたことを実感したロックバード伯爵は心から絶望を味わうことになったが、かといってここで軍を引く訳には行かない。引いた瞬間に、青の国からの追撃を受ける。無理を承知で、勝負を仕掛ける必要があった。
 即ち、カイト王の首を獲る。それ以外に戦闘を終結する手段はない。ではどうするか。ロックバード伯爵はそう考えて、用意した地図に視線を落とした。今までの戦闘の様子から、カイト王は青の国の軍の一番奥に本陣を構えているはずだとロックバード伯爵は推測していた。一週間余りの戦闘の中で、カイト王自らが前線に出て来た試しは一度もない。おそらく、本陣の最後尾で全軍の指揮をしているのだろう。後ろに回り込めさえすれば、一撃でカイト王を討ち取るチャンスが発生する。ロックバード伯爵はそう考えて、目の前でロックバード伯爵の言葉を待つガクポに向かってこう言った。
 「死ぬ覚悟はあるか?」
 その言葉に、ガクポははっきりとこう言った。
 「無論。」
 「ならば、全ての騎兵をガクポに預ける。」
 ロックバード伯爵はそう告げると、ザルツブルグ南方に広がる森林地帯を指さしながら、更に言葉を続けた。
 「最早我が軍の兵糧は数少ない。貴殿は騎兵を率いてこの森を突破し、背後からカイト王を急襲してほしい。それまでは儂が敵軍を抑える。」
 その言葉に、ガクポは一つ頷くと、ゆるりと床几から立ち上がって本陣から退出して行った。ガクポが森を突破するまで、およそ三時間か。その間、気取られぬようにこちらから総攻撃を仕掛ける。そう決意したロックバード伯爵は、疲労した身体に鞭を入れるように立ち上がった。そのまま前線へと赴く。ここの所、青の国との前線が膠着している。冬を前に戦を焦る思いは青の国にもあるだろうが、それにしても不審な行動だった。まさか既に王宮が陥落しているとは露にも想像していなかったロックバード伯爵は、騎乗を済ませると、ガクポの騎兵隊を見送り、そして残された歩兵部隊に向かってこう叫んだ。
 「青の国へ総攻撃をかける。全員一人一殺のつもりで戦え。」
 青の国は常に火砲の射程圏外に位置している。今から火砲を移動させれば妙なことで気取られる可能性があるな、と判断したロックバード伯爵は歩兵部隊だけでの突撃を決意したのである。残された兵力は一万。対して、敵軍は少なく見積もっても二万の兵力を誇っている。正面からの突撃において勝敗を決するのは兵力に他ならない。その兵力が絶対的に少ない状態ではあったが、僅か三時間。それだけ耐えればガクポならばカイト王の首を上げてくれるはずだ。ともすれば疲労の為に萎えてしまいそうな自らの胆力に気合を込めると、ロックバード伯爵は黄の国に残された全軍と共に青の国へと突撃を開始した。距離が迫る。騎兵隊の様なスピードは出せない。徐々に近付いて来る青の国第二軍の姿を目に捕えた直後に、敵軍から煌めく銃撃が湧き起こった。その攻撃に、数百人の歩兵がのけぞりながら倒れる。火縄銃の一斉射撃だった。その後、暫くの沈黙。二発目も覚悟しなければ、とロックバード伯爵が考えた直後に、二発目の銃声がカルロビッツ郊外に響き渡った。直後に、左肩に焼ける様な痛みが走る。どうやら火縄銃がかすったようだな、とロックバード伯爵は考えたが、そのままスピードを緩めずに敵陣へと飛び込んで行った。左腕はもう使えない。だが、片腕だけ使えれば十分だ。そう考えながら、ロックバード伯爵は右腕だけで敵の射撃手を一撃で葬り去った。槍では却って戦いにくいな、と判断したロックバード伯爵は槍を投擲してもう一人の射撃手を串刺しにすると、腰に佩いているバスタードソードを抜き去った。そして、上空から剣を振り下ろす。その勢いに乗る様に、次々と黄の国の兵士達が青の国第二軍へと襲いかかった。槍が唸り、剣が空を裂き、そして至る所で血飛沫が舞い散った。最後の抵抗。その言葉にふさわしい戦いぶりを黄の国の兵士達は演じて見せたのである。目の前は敵だらけだった。何も遠慮することはない。ただ剣を振るえば敵兵を切り裂くことになる。無我夢中で、黄の国の兵士達はその持てる力の全てを投じて青の国の兵士との戦いを進めて行ったのである。その内に合流したのか、青の国のオズイン将軍が率いる青騎士団が側面からの攻撃を開始する。その青の国の猛反撃に遭い、黄の国の兵士達は急激にその数を減らしながらも、一糸乱れぬ統率を維持したままで戦い続けた。その中心にいるロックバード伯爵の気迫に、全ての兵士が飲み込まれたかのように。

 永遠とも思える時間だった。
 森の切れ端が見えた瞬間、ガクポはそう考えて安堵するような笑みを浮かべた。なんとか、間に合ったと考えたのである。どう考えても今のロックバード伯爵自身が死を覚悟しての突撃を行っていた。だが、アキテーヌ伯爵を失い、今後の黄の国を支えるにあたってロックバード伯爵を失う訳にはいかない、とガクポは考えて、苦笑するように口元を緩めさせた。本来、自分は傭兵であったはずだ。国家に属することなく、自由の元に生きていた自分が、一つの国家の未来について思考する時が訪れるなどとはこれまで一度も考えたことが無かったのである。人は変わろうと思えば変われるものなのかも知れない、と考えがガクポは、直後に愛用の倭刀を抜き放った。そして、後ろに続く黄の国残存騎兵三千名に向かってこう叫ぶ。
 「行くぞ!狙うはカイト王の首ただ一つ!」
 そして、ガクポは馬の腹を力の限り蹴った。その衝撃に反応して、愛馬が跳ぶような勢いで青の国の第一軍へと向けて駆けだしてゆく。側面からの突然の攻撃に戸惑ったのは青の国であった。予想だにしなかった攻撃に戸惑い、何の反撃もなくガクポ達によってその身体を血に染めることになったのである。その中を、ガクポは駆けた。抵抗しようと槍を繰り出して来る兵士目掛けて倭刀を振り下ろし、その脳髄を破壊する。一団となった騎兵隊はまるで無人の荒野を駆ける様な速度で青の国第一軍そのものを切り裂いていったのである。たった三千の騎兵による攻撃で、青の国第一軍の統率は一瞬にして失われた。各個ばらばらとなって抵抗を試みるが、全てがガクポ達によって文字通り蹴散らされたのである。そして、ガクポは一層厚い幟に囲まれた地点を発見した。あれが本陣に違いない、と踏んだガクポはもう一度馬の腹を蹴る。更に速度を上げた愛馬が巻き起こす砂埃がガクポの視界を僅かに遮ったが、それを意識することなくガクポは本陣へと乱入した。そして、ガクポの視界に青みがかった黒髪を持つ、二十歳程度の若者の姿を目に収める。忘れもしない。遊覧会の席で一度見た、カイト王であった。アクに父親殺しをさせ、ガクポが生涯で唯一忠誠を誓ったリン女王を誑かし、そして黄の国を滅亡させようと画策する悪ノ権化。奴を討ち取り、黄の国を救う。ガクポはそう決意して、そしてこう叫んだ。
 「全軍、カイト王を討ち取れ!」
 その直後に、屈強な兵士達がカイト王を守るよううに壁を作り、ガクポの前に立ちはだかった。その兵士の一人を一撃で葬り去る。その隙に、カイト王が馬に駆けより、そして騎乗した。逃がす訳にはいかない。そう考えて、ガクポはもう一人の敵兵を黄泉の国へと送り届けると、更に馬の腹を蹴った。不満そうに一つ嘶いた馬は、それでも戦で興奮しているのか、カイト王の馬へと瞬時に近付いてゆく。そして、ガクポは今一度叫んだ。彼にしては珍しく、喉を嗄らす様な大音量で。
 「カイト王、ご覚悟!」
 振りおろした倭刀を、しかしカイト王は抜き放った剣で受け止めた。成程、一筋縄ではいかぬ、と考えたガクポがもう一度倭刀を振り上げた時、ガクポの予想していなかった声が戦場に響いた。
 「ファイア!」
 背後から襲いかかったその魔術を紙一重で交わしたガクポは、その人物がカイト王の目の前に跳び出してきた瞬間に思わず馬の脚を止めた。その人物は、アクだった。そして、アクは静かにこう告げた。
 「黄の国の王宮は陥落した。もう、戦争は終わった。」
 アクはそう言いいながら、長剣を抜き放った。これ以上の戦闘行為を続けるならば、たとえガクポが相手でも容赦しない。その意志を感じたガクポは力なく倭刀を下ろし、そして馬鹿な、と力なく呟いた。アクが自らの前に立ちはだかったことよりも、黄の国の王宮が陥落したという事実が闇夜に落ちるような絶望感と共にガクポの戦意を急激に冷やして行った。

 アクがもたらした黄の国陥落の報は、その後すぐにカルロビッツで戦闘をしていた両軍に伝わることになった。全ての戦闘行為が終結し、そしてロックバード伯爵とガクポはカイト王に一時的に囚われることになる。捕虜となったロックバード伯爵は、その直後にこう言ったと伝えられている。
 「結局、儂は何も出来なかったのだな。」
 その言葉には、深い後悔が刻まれていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ハルジオン60 【小説版 悪ノ娘・白ノ娘】

みのり「・・とうとう六十弾に到達したけど。」
満「歯止めが効かないな。」
みのり「で、今日はこれが最後だよね。」
満「ああ。とりあえずこう言いたい。ガクポ惜しい!」
みのり「本当だよね。」
満「まあ、これは銀○伝のとあるシーンをまねしたんだけど。」
みのり「ネタばれね。」
満「そういうこと。」
みのり「では、次回投稿をお待ちください!次は今度こそ週末です!それでは!」

閲覧数:555

投稿日:2010/05/05 22:45:44

文字数:5,967文字

カテゴリ:小説

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  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    っっっ運命のっ
    うわぁぁぁん
    レンがぁぁぁ!!
    ↑すいません><
    悪ノ娘、終わりに近づいちった>、<
    白ノ娘はまだありますよねっ!?

    どっちも終わったら
    泣きますよ、ほんと←

    がっくん、どんまい☆(ぇ
    カイトよかったねぇ(命拾い

    次を楽しみにしてますっ^^

    2010/05/07 22:32:45

    • レイジ

      レイジ

      そうですね・・。もうすぐ『悪ノ娘』は終了します。
      もちろん『白ノ娘』まで続くので物語はまだまだ続きますよ?!

      ここから非常に重要なシーンになるので、頑張って書きます!
      続きも宜しくお願いします☆

      2010/05/08 21:33:54

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