UV-WARS
第二部「初音ミク」
第一章「ハジメテのオト」
その20「追跡開始」
静寂の時間が流れて、テッドはテトの声に起こされた。
「テッド君、起きて。先、行くよ」
慌ててテッドは起き上がると、思わず昔の癖が出た。
「うわっ、遅刻する!」
次の瞬間、頭上からテトの拳が降りてきた。
「いてっ」
「寝ぼけるな」
「え?」
テッドは辺りを見渡した。
そこには二人以外、誰もいなかった。
そして、当人にしかわからない寂寥感を煽る風が通り過ぎた後、テッドの頭は猛烈な自責の念の嵐にもみくちゃにされた。
「てっ、テト姉!」
テッドは震える手でテトの二の腕を掴んだ。
その声はややうわずっていた。
「ど、どうしよう。か、彼女が、拐われて…」
「ああ、分かってる」
テトはテッドに握られた手の反対の手を、テッドの手に重ねた。
テトの手の温もりがテッドを少し冷静にした。
「そ、そうだ。警察に電話しよう」
テッドは、テトの腕から手を離すと、ポケットを探ってスマートフォンを取り出した。
それをテトは制した。
「?」
虚を突かれたように、テッドはテトを見た。
「警察では間に合わない」
テトの目に静かな怒りの炎が見えた気がした。
「最低でも二十四時間以内に救い出さないと、命が危ない」
「な、なに、言って…」
「話の続きは車で」
テトが指差した先の道路脇に、テッドの車、ダークグリーンのワンボックスが停まっていた。
「運転はボクがする」
テトは素早く車に乗り込んだ。
テッドはふらつく頭を抑えながら助手席に乗り込んだ。
「テッド君、ナビ、出して」
テッドはスマートフォンを取り出し、コンソールの中央のホルダーにセットした。
「がくぽ」
テッドの声でスマートフォンの画面のロックが解除され、すらっとした侍姿のキャラクターが現れた。
「はい、マスター」
行き先をセットしようとして、テッドはテトを見た。
「テッド君、追跡モードで、データはブルートゥースでボクのスマホから」
「がくぽ、追跡モード。データはブルー」
「了解」
「電話帳」
テトの声でテトのスマートフォンも動き出した。
「桃ちゃんをコール」
テトのスマートフォンから呼び出し音が聴こえてきた。
「位置情報受信」
テトの声でスマートフォンの音が変わった。
「がくぽ、受信できたか?」
「リンクがまだでござる」
「テッド君、慌てない」
少し間を置いて、がくぽが声を出した。
「データ受信、開始。標的、確認。距離計算中」
また間を置いてがくぽが声を出した。
「標的、西南西に時速57キロメートルで移動中。距離、5キロメートル」
テッドはあることに気付いて大声を上げた。
「あいつら、フェリーに乗る気だ!」
しかし、テトはそれに耳を貸さず、車を東に進めた。
「テト姉! 反対だよ!」
テトが早口で外国語のようなものを話した。
「え?」
思わずテッドは聞き返した。
「タイムライン、マイナス、5」
「なに、を?」
「ボクのを見て」
テトは自分のスマートフォンを指差した。
道路を俯瞰した写真がテトのスマートフォンに写っていた。
「これは」
白い乗用車の後ろにグレーの軽自動車が止まっていた。
その乗用車の脇で寝転がっているのが自分だと、テッドは気付いた。
〔じゃあ、乗用車からはみ出してるのは、彼女の足か…、って、この写真、衛星写真?!〕
「タイムライン、プレゼン」
テトの声でスマートフォンの写真が変わった。
写真の中央に先ほどと同じ、グレーの軽自動車が写っていた。
テトは一瞥して、スマートフォンをテッドに投げ渡した。
「やっぱりね」
テッドは写真を見て首をひねった。
「なんで、白い車が、写ってないんだ?」
「簡単なことさ。白い車は彼女を運んでいる。グレーの車は、彼女の携帯を運んでいる」
「グレーの車は、おとり?」
「正解」
「じゃあ、白い車は?」
「今、検索してる」
玄関のチャイムのような音が、テトのスマートフォンから聞こえた。
スマートフォンを拾って、テトは画面を確認し、またテッドに渡した。
「これは?」
「白い車は近くのショッピングセンターの立体駐車場に入った。割りと用意周到な連中だな」
「呑気な…」
「今から、ショッピングセンターのセキュリティにアクセスする」
「へ?」
「できるね、GUMI?」
テトの一言で、カーナビだった画面に、緑の髪をショートカットにしたキャラクターが現れた。
ニッコリと笑顔を輝かせて、久しぶりの出番に、少し興奮した表情が、テッドを不安にした。
「おまかせ下さい!」
敬礼のポーズの後、テッドに視線を移してから、 GUMIは「しまった」という顔をして、言葉を継ぎ足した。
「マスターの許可があれば、って、てへぺろ」
「OK。テッド君、運転、替わって」
テトは車を停め、シートベルトを外した。
テッドは助手席から出て車の前を回って運転席に乗り込んだ。
テトは体をスライドさせ、助手席に移った。
テッドはサイドブレーキを踏んで外し、車を発進させた。
「テッド君、場所は判ってるんだから、安全運転でね」
「了解」
「あ、それとこれ」
テトはテッドのスマートフォンを差し出した。
スマートフォンの中でGUMIが手を振っていた。
「マスター、合言葉を」
「今日は木曜だから、モック54!」
「了解。ターミナル、起動します」
テトがぷっと吹き出したが、テッドは気にしなかった。
テトは早速と言わんばかりに、キーボードを叩き始めた。
テッドは車を運転しながら、不思議な感覚に捕らわれていた。
〔なぜだろう。既視感がハンパない〕
テッドにはもうひとつ不思議なことがあった。GUMIの本来の機能は、外出時のイベント情報やグルメ情報の管理にあった。
それ以外のターミナル(主にSSH)機能はつい最近組み込んだばかりで、テトに話してはいなかった、はずだった。
「そう言えば、まだ話してなかったね」
テトはテッドのスマートフォンを操作しながら、切り出した。
「何を?」
「ボクが研究所でどんな仕事をしているか」
「博士の発明の手伝い、じゃないの?」
「広い意味ではそうさ。実際は、セキュリティ担当なの」
「もう少し具体的に」
「研究所を守ることさ。物理的にも、データ的にも、人的にも、ね」
「それは、ボディーガードみたいなことも入ってるの?」
「そう。だから、今回の件は、わたしの油断だ」
テトはそっとテッドの肩に手を置いた。
「責めるならボクを責めろ。絶対にテッド君のせいじゃない」
一瞬、テッドの胸にこみ上げてくるものがあった。
右肩に残る痛みをこらえて、テッドは奥歯を噛みしめた。
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