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数日後の、夕方のやや暗い喫茶店。授業が全て終わり、幸宏は由佳里に頼まれていた講義の不明点を解説し、昨夜即興で作曲したインストゥルメンタル曲を、モバイルパソコンを介して彼女に聴かせてあげていた。
「今までの乃木君の作った曲にしては、角々しくないというか、少し余裕を持たせているというか、とにかく雰囲気が変わっているね」
栗色のセミロングを小刻みに揺らし、風変わりした彼の曲を評価する、バンド『AEMEATH』のボーカル、河瀬由佳里は幸宏に言う。
「数日前から自分の音楽のことについてもう一度考えてみたんだ。原点復帰ってやつかな」
もう、彼女の歌唱力についても細かいところにはあまり気にしないことにした。彼女は何を言おうが上手いことには変わりないし、ミクと歌い方の点では、比べるベクトルが違うと幸宏は改めて考え直したのだ。
「ほら、俺って完璧主義や実力主義みたいなところが強いだろ? それだと元々の音楽に対する考え方を見失ったり、価値観がどうしてもおかしくなったりする。だから、考え方を補正したんだ」
「とにかく、自分の音楽の考え方に穴を見つけて塞いだ、ということなのね」
確認するように彼女は言った。幸宏は「そういうことさ」と頷いた。
「そういえば、前に転がり込んできた居候の女の子がどうとか、音痴だ、とか言ってたけど、あれから上手くいってるのかしら」
「ああ、いざこざが差し挟んだが、もう解決したよ。彼女、良い原石の持ち主だ」
口元が綻んだ幸宏。由佳里も釣られたように微笑した。
「そう、それはよかったね。いつか、今の斜陽する音楽シーンに光を齎す、女神のような歌姫になるんじゃないかしら」
「ああ、彼女の才能を磨き込んで君のような魅力ある歌姫にしてみせる」
幸宏の瞳には、溢れる闘志と熱意が現れ、拳をぐっと握りしめた。
一人の青年と一人の音痴少女の物語が始まる――。
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