「線香花火、買ってきたんだ」
結月君が、線香花火を買ってきた。
「普通に花火やってもよかったけど?」
「コッチの方が好き」
「なんか寂しい気もする」
私は線香花火は嫌いだ。ぱちぱちと、光が飛んではすぐ消えて。太陽も消えてしまって。僅かにしか輝かない。刹那にしか輝かない。暖かい光だけは好きだけど、たったそれだけしか無いのが、嫌い。
「一夏の終わりには、ちょうど良い花火だと思うんだ」

--

「お祭り?」
夏の終わり頃に、私の住む町ではお祭りがある。いろいろと賑やかなことでは有名だけど、他の町でもお祭りはあるので、さほど気にはとまらない。
「そう、今日あるの。で、あの、一緒に……行かない?」
結月君を誘った。夏の終わりの登校日、ちょうどその日がお祭りの日だった。
「……いいよ。どこで待ち合わせようか」
 精一杯のおめかしをする。浴衣も、いつか使うからと言って、しばらく着なかったけど。今日は絶対に着ていく。学校に行くときには外してる髪飾りも、ちゃんと付けて。
「お、お待たせ結月君」
「ん、大丈夫」
思いの外、着付けるのに手間取ってしまい、ほんの少し遅れてしまった。歩きづらいと言うか、綺麗に見えるように気を使うと、結構遅くなってしまう。
「本当にごめんね、あの……」
「浴衣、似合ってるね」
「ありがとう」
「歩きづらそうだしね、気にしないよ?」
「う、うん、あ、ほら、屋台出てるよ、行こう」
褒めるときにはきちんと褒める。そう言うところが素敵だって思う。素直に感想を言われたのなら、素直に返すべき。そう思っていても、やっぱり、照れてしまう。照れ隠しみたいな言葉で、どうにか、平静を保って。
手を引いて、お祭りの喧騒へと、真っ赤になりそうな顔を見られないように、入っていく。


ーー


「お祭りに誘ったの、迷惑だった?」
線香花火に火をつけて、結月君に聞いた。
「いや、嬉しかったよ」
そうっと、火の玉がついて、火花を散らし始めた。
嬉しいというのは本心なんだと思う。相手へ抱いた気持ちを、特に、明るい感情はきちんと出すのが結月君だから。でも、暗い感情は出さない。どんなに寂しいと感じても、悲しいと感じても。そう言う人だから。
「寂しそうな顔だった」
「気のせいだよ」
寂しそうな顔をする瞬間は何度もあった。気のせいな訳ない。だって、私は、知ってるから。


ーー


お祭りの中を歩いて見ていく。まだまだ暑いのはしょうがないけど、やっぱりこう言うときには……。
「かき氷!」
これしかないよね。
「はいはい」
「結月君は何にするの」
「え、あー、グレープで」
「私レモン!」
シャリシャリと、冷たく甘い味が喉を通る。キーンと冷たいおいしさは、格別だ。
「あかりちゃん、そんな急がなくても」
「ん、うあ……頭がぁ」
「ほらもー」
頭と言うよりは、鼻の方がキーンとなる感じがする。すぐに収まるから良いとしても、これだけは苦手。
「うー、でも夏の風物詩だから」
「ちょっとわかる」
「でも、グレープ味って有るんだねぇ。初めて見た」
「変な味ってわけじゃないけど、見かけないよね」
「どんな感じ?」
「んー、ほら、食べてみ」
かき氷を差し出された。
「んー、んん?」
「微妙かな」
ちょっと、好みの味ではなかった。けども、冷たくて、おいしい。
「うん……。あ、結月君、あーんして」
ちょっとやってみたかったので、ストロー匙を結月君に向ける。
「僕にはいいよ、あかりちゃんが食べな」
「……」
「僕のことは気にしなくて良いよ」
一緒にいて、気にするなって無いんじゃないの?冷たい。こういう冷たさは好きじゃない。何にも代え難い時間なのに。
「紫になってる」
「うぇ!?」
「べーっだ」
「そっちこそ黄色っぽくなってる」
「あはは」
「ふふっ」
考えたくないから、茶化すしかないんだ。


ーー


「私のことが嫌いなら、そういえばいいのに」
お祭りの時に感じていた、思い。結月君には事情がある。だから、あまり私に付き合わせているのは、迷惑なんじゃないかって。それだったら、いっそ、私のことを否定してくれていいのに。
「……」
線香花火の火の玉は、だんだんと大きくなりながら、ぽとりと落ちる。思いが募ったように大きくなって、心を乱すような揺れがあって。
「何もいってくれないよね」
「……ごめん」
落ちた火の玉からは、火花は散ることはない。ただ消えていくだけ。私が、聞きたいのはそうじゃないのに。私のことを、私を、ちょっとで良いから言って欲しかった。わがままだらけの風に吹かれてしまえば、心の炎も、落ちてしまうのに。私は貴方からその言葉は欲しくない。でも、私だって、真っ向からは、聞けないんだ。


ーー


「わたあめかぁ」
「結月君、買うの?」
「買うかな」
結月君は意外と甘い物が好きらしい。さっきもイチゴ飴とか、ベビーカステラを買っていた。ほんのりと嫉妬する。
「甘いね」
「え、あ、僕の分……」
「私より甘い物か」
「んぇ?え?あ、ごめん?」
「……声でてた?」
「あ、うん」
赤面する。こんなつまらない嫉妬を、結月君に聞かれるとは、というか、声にでるほどだとは……。
「ちょっと飲み物買ってくるね!?」
一回、リセットしよう、ちょっとだけ、ほんのちょっと落ち着くために。
「まってまって、はぐれちゃうから」
結月君に捕まる。確かにはぐれたら会えなさそう、かといって、この心地のままでは落ち着かない。
「ねぇ、ちょっと疲れちゃったから。どこか座れるところ無いかなあ」

一回場所を変えて、喧騒から離れて心を落ち着かせる。
「落ち着いた?」
「うん。とりあえずね」
神社の階段近くに座って、少しだけ喋る。
「次はどこ回りたい?」
「どうしようかな」
「結月君の行きたいところが良いな」
きっと、遠慮してるんだろうと思う。いろいろと、隠していたいこともあるだろうって思う。でも、今だけはどうか、一緒にいることを楽しんで欲しい。
「今は良いよ、お祭り終わった後でいい?」
「……いいけど?」
判断の付かない提案をされた。お祭りのあと、行きたいところ? 分からないけれど、楽しんでくれるのなら。でも、今をもっと。複雑な気持ちで答える。
「そういえば、飲み物だっけ」
「あ、うん」
「自販機で良いなら、駐輪場の方にあったよね、行こうか」
「うん。でも、わたあめ先に食べれば?」
「屋台のわたあめって一人分には少し辛いよね」
「私食べちゃうけどなぁ」
「ちょっと食べてみて?」
ざりざりとした触感がする。かたまって固くなっていた。
「時間を置いちゃうとこうなるんだよ。何だってそうだけどね」
間をおいて、間を空けて。誰にも構ってもらわないように。そうして、人を遠ざける。結月君がよくやってる手法。
「だからってまずいわけではないよ?」
そうしたって、どうしたって、変わらない物もある。


ーー


「嘘つき」
小さく、呟く。嘘や時間で、何でも遠ざけて。事情があったとしても、いつか人らしさが無くなってしまう。
「もう少し、やっていこう」
そう言って、自分の花火をつけた。私も、もう一本つけた。どうせ儚く散る運命だとしても、一瞬の輝きだとしても。一生に残るものになることもある。そうできるのに。
「結月君、いつ居なくなるの?」
忘れられないその表情に、胸を痛める。隠してたのに、知られたくなかったのに、忘れたかったのに、逃げたかったのに。そんな顔。私の一言が、刺さったんだ。
「……何で知ってんだ」
「偶然、ね。そんなに、知られたくなかったの?」
「あぁ……。他のが、聞いてても気にもしないさ。でも……」
「何も言わず、誰にも言わず。結月君らしいと思うよ」
「……あぁ、ありがとう」
「褒めてなんかないよ」
「だろうな」
もしも、私がこのことを知っていると、分かってたら、結月君はもっと楽しそうにしただろうか。それとも、悲しそうにしてただろうか。
……いや、そんなのはいいんだ。そんなことは。





また、屋台の方にいく。私は食べ物が好きだけど、浴衣だとあまり食べれない。何よりも、結月君と一緒だから。
「射的だって」
「品ぞろえ良いな」
「結月君、あれ当てて」
ほんの少しの意地悪。
「えっ、いけるかな」
だとしても、結月君は断らないだろう。冷たくしても、遠ざけようとしても、どうしても変えられないのは、心の根底。意地悪だけど。
「ええっと、ちょっと他の人が終わるまで待とうか」
「うん……うん?」
結月君の目が、真剣になった。見ているのは、他の人のコルク銃。小声で空気圧がどうとかバネがどうとか呟いてる。果てはコルクの方も見つめている。
「あかりちゃんハンドクリームとかって持ってる?」
「え、あるけど?」
「ちょっとちょうだい?」
目を射的屋から放さず、ハンドクリームを手に塗って……。いや、きちんと延ばしきってない。手にムラを残したままだ。
「じゃあ、やってくるね」
そう言って、お願いした景品の他、お菓子、5発のコルクが全て、獲物をかっさらっていった。
「とれると思ってなかったけど、ほら」
「すごーい」
忌憚ない意見を述べる。5発全部当てた上に落としているのだ。周りからも既に賞賛の声が挙がっている。しかし、私は見てる。銃を選ぶ際にはさっきみた中で一番飛ぶ奴を選んでいる。さりげなくコルクを詰めたときにハンドクリームを塗っている。細かい他のテクニックは知らないけど、確実に当てていた。
「そんなに欲しかった?」
「ちょっとね」
結月君から、受け取る。小さい箱の中の、おもちゃみたいなネックレス。青い樹脂にきらきらとした銀紙の入っている。
「うん、そう。欲しかったの。とても」
どうしても、わがままで、意地悪だけど。物として、一個でも、欲しかったんだ。


ーー


「結月君は、私のこと嫌い?」
本当は、逆のことを聞きたかったんだ。最後に会えたのだから。どうしても、聞きたかったけど。でも、自信がなかった。結月君は、優しいから。こういう聞き方したら、困るって分かってるのに、答えられないって分かってるのに。ずるい言い方しか、できなかった。
「……最後の一本、あかりちゃんがやったら?」
「私は……」
結月君のことが、と言いかけた。
「ねぇ、さっき渡したネックレス、まだ持ってる?」
「……うん」
「後ろ向いて?」
後ろを向いた。いったん家に帰ろうと思ったけど、そのままここに来たから、まだ持ってる。夜の、帰り道の公園。ここから先は、二人とも違う道になってしまうから。近くのお店に売っていた花火をわざわざ買ってきて。
「うん、似合ってるね」
小さな、月のモチーフの、おもちゃみたいなネックレス。これは結月君がとってくれたネックレス。そして、結月君が、私につけてくれたネックレス。

最後の、線香花火は燃えることなく、私の手にあった。今日、私がいろいろと言って、いろんなことがあった。でも、独りよがりで勝手な私はずっと、私のことだけだったんだ。結月君が何でここに誘ったのか、人混みから外れた、最後の分かれ道まで居たのか。考えてなかった。私にとっての太陽は、線香花火みたいだった。輝いて、綺麗で。でも、ふとした瞬間に消えて落ちる。私が悪かったんだ。自分から輝こうとした瞬間に水を差して、消してしまった。
「あかりちゃんは、僕にとって星みたいだったよ」
「……え?」
「輝いて、綺麗で。ずぅっと空に輝いている」
目を伏せた。私の心を見透かされたようで、目を、合わせられない。
「星は自分で輝けないのに」
「輝いて見えたよ」
「うん」
燃えなければ、いつかまた、輝く日を待てるのかな。花火は。手に残った、線香花火は、今日はもう、点かない。

どうせ続くことはないと知ってしまったから、どうにかしたいと思った。出来ないと分かったときは、諦めた。それでも、二人の時間は美しい。線香花火は儚くても、その慎ましい輝きはずっと心に残るから。
だからこそ、今日この日を待っていたんだ。今日の思い出は絶対に忘れない。だって、今日は、今日が、君との最後の日だから。

「さようなら、あかりちゃん」
「さようなら、結月君」

家路についた。本当なら、もっと居たかった。もっとずっと、一緒の時間を過ごしたかった。まだ、話したい。出来ることなら、思いをぶつけてしまいたい。でも、振り向いたら、もう、何もかも終わっていることを、受け入れないといけない。もう二度と会えることはないと、いやが上にも、叩きつけられるようだから。
まっすぐ進むしかない。まっすぐ。

嗚呼、こんな思いをするくらいなら、きっと、好きにならなければよかった。でも、それでも、この想いは宝物だ。大事な思い出が消えないように、大事に心にしまっておくから。家について、時計をみる。もう、今日は、終わってしまう。
さようなら、愛しい人。いつか、また。会えたなら今度こそ。もう一度だけ、チャンスを取ってみせるから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

線香花火【結月ゆかりの双子の弟・紲星あかり】

Pixivで見ました、イデア様の【設定付け注意】線香花火のお誘いを見た瞬間、ビビっと来ました。
元のイラストが結月弟君で、その方の設定ではCP的な相手は別の子なんですが

単純におときず派なので紲星あかりがお相手役になってます。
なんとなく設定がほんのり引っ張られていますが、気になさらないでください。

これ、8年ぶりの投稿らしいのでびっくりしてます。

閲覧数:331

投稿日:2018/09/15 20:18:55

文字数:5,330文字

カテゴリ:小説

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