「遅れてしまって御免なさい、あいりん;愛凜さん、れんじ;蓮二さん」
「御姉様のわけ;戯奴をお待たせになるはいとも稀なり。いかがなさいましたの?よもや道すがら、同心が伏せて刃を立てて侍りぬとも」
「ありがとう、愛凜は心配性ね。でも違うわ、ちょっと;一寸お喋りしてただけ」
「しかして四半刻程も遅れるなぞ、御姉様らしからぬ在り様」
「ふふ、愛凜たら可愛い子」
電波塔に着けば、二人の学友は既に着いていた。外套をかけていた男は寝不足なのか、丸い眼をきっと細くして、手にした学帽で口元を覆いつつ欠伸をしていた。隣にいる女は襞のある大きな頭巾を乗せ、頭巾の縁を皺が寄るほど握り締め立ち尽くしていた。学友とはいえ、美紅より幾分か幼く見え、さして上背もないこの二人は、齢十七にして同じ帝大に属する双子の天才である。女のほうは、小柄な美紅よりも更に一回り小さい。
「今生の学連を為し得るは、御姉様がこの広い都を幾度となく巡り巡りけりにて、今に至れば率ゐる学徒の大半が御姉様を崇敬すればこそ。敬愛はげに大勢の学徒を惹き付け学連の原動力を為す一方で、その啓蒙を身に植ゑて同心と夜毎の酒盛りよろしく切り結びにけるごろつき;破落戸とも見らるる輩も傘下に来にける次第に御座います。都の空気はその煌びやかな韻律裏返して崩壊を怖るるのみ、まさに張り詰めて振るるピアノ;洋琴の弦の如し。奏でる学徒の足音も華やかなれどその緊張はそのまま学徒総員の御姉様が御身を慮る心そのものに御座います。一重に今の学連は御姉様ありきですわ」
「ありがとう。あら、頭巾が捲れているわ。じっとしてて」
「は、はい!?お、御姉様、御首下が、ちち近う御座いますっ」
「お静かに…っと、これでよし。ふふ、愛凜はくるくる;廻々と顔を変えてしまってお忙しそうね。勉強も大変なのに学連に参加なさって、目が回ってしまわないかしら」
「い、いえいえ!日々遠近を奔走なさっていらっしゃる御姉様のご苦労とは並ぶるべくもなく瑣末な所用に御座います!お気遣いいただきまして光栄の至りに御座います!御姉様こそ、恐縮ながら御顔色が優れぬ御様子、何卒ご自愛下さりますよう!」
「愛凜の心配性はいつものことですよ、美紅さん。ただでさえ美紅さんにお会いして興奮しております故…それに、がくほ;学帆様も美紅さんがいらっしゃるのをお待ちになっておられるかと」
「あらいけない、ただでさえ遅刻してしまっているのに。ありがとう、連二もいつも御付合いして下さって」
「御姉様のいざな;誘い頂くのみ、戯奴には恩恵の二文字に尽きぬ」
「いえいえ、これでも僕も学連の一員ですから。美紅さんには日々お世話になるばかりです。それに、こうも熱っぽい姉ですので、右眼の事も忘れていつ怪我を増やしてしまうやら」
「あらあら、どちらが年長か分かったものじゃないわね。こちらこそ御二人にはいつもお世話になりっぱなしね。それでは、参りましょうか」
「有難き幸せに御座いまする」
【五項目】二次創作小説『近代歌姫浪漫譚 千本桜 ~学徒が華ぞ咲きにける~』【胡蜂秋】
黒うさP『千本桜』の自己解釈・二次創作小説です。
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