ピピピ、という味も素っ気もないコール音に意識がクリアになった。
時計を確かめると朝の4時。
こんな時間に何だってんだ。非常識。

誰から、と画面を確認して、ちょっと唇を持ち上げる。
見慣れた表示。


なんだ、お前かよ。


通話ボタンを押して、流れ出してくる声に耳を傾ける。滑らかな、落ち着いた声だ。
年上で、美人で、スタイルもいい「恋人その1」。気も利くし割と当たりクジではある。
ま、でも最近ちょっと欝陶しいかな。
どうやってあしらっておこうか。選択肢なんていくらでもあるわけで。

謝ろうか?
突き放そうか?
それとも愛してるとでも囁いてやろうか。
はは、リップサービスってやつ?ってかそれで落ちる奴多過ぎ。

懇願するような声。
本当、女ってのは「愛」を欲しがる。
あーあ、訳わかんねえ。なんでそんなに重いもの欲しがるんだか。
まあそこが付け入りやすくてありがたいんだけど。

まあせいぜいご機嫌を損ねないようにはしようかな。気が向いたとき摘めないのは勿体ないし。


なあ、「恋人」なんてそんなもんだろ?


だいじょーぶ。
欲しがってる言葉はあげるよ。言葉なんてどうにでも操れるし。いくらだって紡げるさ。
だからほら、安心して。
まだ、俺の居心地良い居場所の一つでいてよ。ねえ。
淋しいのはイヤだろ?だからヒトは肌を寄せ合うんだよ。
でもあんまりしっかりくっつかれると、今度は邪魔になる。それだけのこと。
わかってるのかな?そこんとこは。
でも今はあげるよ。
口先だけの安心をね。


「愛してるよ」

(まあ、嘘ではないし)





~~~

眠れない。
私は通話を終えた携帯電話を手にして床に座り込んでいた。
軽薄な声とそれに相応しい適当な受け答え。その合間に彼は私への愛情を語る。
でも、どうしよう、信じられない。
縋り付きたいのに、縋り付けない。心が壊れてしまいそう。

分かってはいるの、彼はとても人気があるし、彼自体恋多き男だって。
だから分かっていたはず。こんな日が来るなんてことは。
覚悟、できていたはず。
ああでも、でも!
こんな、頭が狂いそうな想いにはもう堪えられない!
私はあなたの恋人の筈。
なのにあなたは私を躱してばかり。
どうして?
彼は突き放して、期待させて、去っていく。
その繰り返しだなんて、惨めにも程がある。私は本当に彼の心に影響力が無いんだって感じてしまうもの。

ああ、いっそあなたをこの手で殺してしまいたい。私だけのものにしてしまえるように。

そうしたらもう苦しまなくていい筈でしょう。

視界の端がぼやける。
本当は何も考えたくない。彼の行動の意味なんて、特に。

世界の全てが純化されていく。あなたと離れたくない、ただそれだけが残っていく。

この感情は何?
独占欲?依存心?中毒状態?
ああでも感情に名前を付けたところで何かが変わるのかしら。いいえ、何も替わりはしない。充分分かっていることなの。


少しずつ思考が形になっていく。


これからずっとこのままでいなければならないのなら、そんなことになってしまうのなら、いっそ、


の全てがズタズタになってしまう前に、
私の全てがバラバラになってしまう前に、


(君の喉を切り裂いて)

(私だけのキミに―――・・・)




~~~

はあ、と私は溜息をついた。
身勝手なやつが目の前でなにやらほざいている。

街でかちあったのが運の尽きで、反抗する間もなく喫茶店に連れ込まれた。
私の都合なんてお構いなし。変わってないわね。

やつは恋人だからどうのとかこうのとか喋りまくる。
ああそういえば付き合っていたっけ。まだ別れてなかった気もするし。
でもあんた彼女作ったって言ってたわよね。てことは何?また二股?それとも私が知らないだけで四、五人彼女がいるの?

うわやだ。ありそう。

微かに眉を寄せて、喫茶店のやたら氷の入ったコーヒーを啜る。
薄っ。
冷静に見ればにこにこした笑顔は確かになかなか綺麗。それで可哀相な獲物を騙すだけある。

でもわかってるわよ。羊の皮を被った狼もいいところだってのはね。
結局わたしのナカなんてちょっとしか知らずに離れていったろくでなし。
あんたとのことは、思い返す度に本当に悲しくて哀しくて仕方なかったわ。なんてね、阿呆らしい。
私的には終わってたつもりなんだけど。


ああ馬鹿みたい。あんたのことなんて全部忘れてやった筈なのよ。面倒だもの。


なのに手を取られれば体が動いてくれない。しょうもないのは私も同じなのかも。認めたくないけど。

「今夜、家に行ってもいい?」
「好きにすれば」

この女たらしの浮気男。いつか可愛い彼女に刺されちゃいなさい。私には出来そうにないのが残念だわ。

ああそうよ、なんでも好きにすればいいわ。
私があんたに言ってやりたいのは一言よ。
全てを終わらせてくれる一言。
なのに言えないのはどうしてなのかしら。




(どうせそっちは今までのことなんて忘れてるんでしょ?)
(だからこっちも忘れてやったのよ)
(「じゃあね」)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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しょうがない話

クラフトPの13cmがツボすぎました。レンが大概酷い奴ですみません。
あとルカさんはもっと格好いいと思うんだ・・・
名前は敢えて出しませんでした。

閲覧数:1,443

投稿日:2009/10/15 15:53:07

文字数:2,110文字

カテゴリ:小説

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