悪食娘コンチータ 第三章 暴食の末路(パート2)

 「グリス先生?」
 不思議そうな口調でそう言った少女の声で、グリスは漸く我に返ったかのように瞳を瞬かせた。
 「ああ、フレア君。なんだったかな?」
 やれやれ、私としたことが情けない。そう思いながらグリスはそう答える。ヴァンヌとの面談を終えて数日後、表面ばかりは普段どおりに受け持ちの講義を終えた直後の出来事であった。目の前には才色兼備の麗人、フレアの姿が見える。
 「今日の講義で、質問が。」
 「ああ、うん。良い心がけだね、フレア君。」
 さて、どうしたものか。
 ぼんやりとフレアの言葉を聴きながら、グリスは今一度、ヴァンヌから耳にした情報を整理するように思索をめぐらせた。あの後、情報を確認するために信頼できる者をコンチータ地方へと派遣してはいるが、その情報が手元に戻ってくるにはまだ軽く見積もっても二週間程度の時間がかかる。かといって、この件ばかりはマーガレット伯爵に相談することも出来ない。ただでさえ最近バニカ夫人からの連絡がないとぼやいているのに、それが毎日のように悪食というには酷すぎる食事を楽しんで食べているなどと話したら今度こそ卒倒してそのまま帰らぬ人になりかねない。それにしてもあの美食家のバニカ夫人が、食事を食べられなくなったという話は聞いているが、どういう流れで虫食や爬虫類食などに手を出したのだろうか。
 第一、ヴァンヌが言っていた男の死体とは、一体何者なのか。その死体入りのワインをバニカ夫人は飲んでいたというが、その事実をバニカ夫人は認識しているのだろうか。
 「先生?」
 一人でうんうんと唸っていると、もう一度フレアが、今度は明らかに不満そうな口調でそう言った。しまった、今は指導中だった。
 「ああ、すまない、何の話だったかな?」
 「四輪作付ですわ。モデルケースとしてコンチータ地方の農村を取り上げられましたけれど。」
 「ああ、そうだった。コンチータ地方で四輪作付が始まったのはおよそ二十年前なのだが。」
 「それまでは三圃制を利用していた、ただし休耕地が生まれるために効率が良いとはいえなかった。」
 「そう、良く勉強しているじゃないか。」
 「・・今日の講義で先生が仰いましたわ。」
 フレアにしては珍しく、呆れきった様子でそう言った。思い起こしてみれば確かにそうだ。つい三十分ほど前に、その話は図解入りで丹念に説明したばかりではなかったか。
 「少し、お疲れになられているのですか?」
 続けて、フレアが少し心配するようにそう言った。
 「いや、大丈夫だ。それですまない、質問はなんだったかな?」
 「ですから、今度の秋休みにお姉様のお見舞いをかねてコンチータへ向かおうと考えているのです。その際に、四輪作付の状況を見学したいと思いまして。先生のお知り合いの地主の方はいらっしゃらないかと。」
 「ああ、それなら地方長官を紹介しよう、いや、なんだって?」
 「ですから、四輪作付けの見学に。」
 「ではなく、バニカ夫人の?」
 これはまずいことになった。そう考えながらグリスはそう訊ねた。
 「はい。お姉様が王都を離れられてから、一度もお見舞いに行ってませんもの。久しぶりにお見舞いに行こうと思いまして。」
 さて、どうしたものか。グリスは瞬時にそう考えた。ヴァンヌの話を聞く限り、どうにもバニカ夫人は今まともな精神状態であるとは思えない。かといって、ヴァンヌの情報をそのままフレアに伝えるのも憚れる。もう少し情報が集まってから単独で行動する予定だったが、フレアが行くとなると話は別だ。特にこの少女が適当な誤魔化しで自身の考えを改めるとも思えない。結局、今の段階で語れる言葉は精々無難な言葉でしかありえない。
 「きっとバニカ夫人も喜ばれるだろうね。それでは地方長官に一筆書いておこう。コンチータ地方にはいつごろ向かう予定かな?」
 「十月の二十日ごろ到着する予定ですわ。」
 「では急いで書面を認めなくてはね。」
 さて、益々困った。
 グリスの言葉に、嬉しそうに応えるフレアの姿を見つめながら、グリスは心底そう考えた。

 グリスの苦悩を他所に、日々の軍事教練と、内務省から委託されている王都内の視察業務を終えたオルス=ロックバードは一仕事を終えた開放感に浸りながら、王都の一角に用意されている、兵士用の独身寮へと歩いているところであった。同様の施設は王宮内にも勿論用意されて入るが、そちらは主として夜勤用として確保されているものであり、明日は非番である今のオルスには全くもって用の無い施設であった。無論、もう少し役職と身分が高くなれば、王城内に専用の私室程度が用意されることになるのだが。
 そのオルスが前方を歩く麗しい女性の姿を見て、思わずその肩を硬直させたことは深い意味はない。ただ、恐ろしいほどに頭が切れ、それでいてどんな花束よりも美しい完璧な少女、即ちフレアがオルスに向かって歩いていたのだから。
 最早随分と長い昔のように感じてしまうが、バニカ夫人の見舞いを偶然にも二人で行って以来、道端でも会えば多少は、精々挨拶程度はする仲には発展している。だが、どうにもあの女性は苦手だ。オルスはつい、そう考えてしまうのである。以前グリスがフレアを口説き落とすことは相当に苦労する、云々の話をしてはいたが、確かにその通りだと最近は感じていたのであった。一目見て誰もが振り返るほどの美貌を誇っているにも関わらず、周囲に男の気配を感じないのは彼女の男勝りな性格が大分影響しているところなのだろう。
 「ちょっと聞きたいんだけど。」
 だから、普段どおり挨拶だけをして別れると考えていたオルスにとって、フレアから発せられたその言葉は相当に予想外の台詞であった。
 「なんだろう?」
 どうして俺はフレアに対して身構えているのだろう。無意識に反応した身体を疎ましく思いながら、そう答える。
 「グリス先生、何かあった?」
 「何って、何が?」
 意味が分からずにオルスがそう訊ねると、フレアにしては珍しく、少し考えるように軽く握った右手を自身のみずみずしい唇の上に置いた。そのまま、言葉を選ぶように答える。
 「最近、何か様子がおかしいの。四、五日前くらいからかな、講義中とか、私が質問している時にぼんやりしていることが多くて。」
 その言葉に、確かに、という様子でオルスも首を傾げた。成程、考えてみれば殆ど毎日のようにちょっかいを出してくる、あの何かと五月蝿いグリスがここ数日間は顔を見せていない。
 「そう言えば、最近会っていないな。」
 「あんた、グリス先生の舎弟じゃないの?」
 呆れきった様子で、フレアはオルスに向かってそう言った。
 「幼馴染だが、舎弟になったつもりはない。」
 むっ、としながらオルスはそう答えた。だが、フレアはそれ以上の興味をオルスには抱いていなかったらしい。
 「分からないならいいわ。またね。」
 そう言って、何事も無かったかのように立ち去ってしまったのである。
 いつも、何なんだよ、一体。
 オルスは一度そう考えたものの、あのグリスのこと、仕事が詰まっているか、或いは気になる女性でもいるのか、いずれにせよ余計に心配することもないだろう。それよりも、久しぶりの非番はゆっくりしたい。
 オルスは結局その様に考えて、再び一人、家路へと急ぐことにしたのである。

ライセンス

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小説版 悪食娘コンチータ 第三章(パート2)

みのり「ということで、第三章パート2です!」
満「第○弾という表現は諦めたのか・・。」
みのり「だってもうわかんなくなっちゃったもん。。」
満「仕方ないな。」
みのり「ということで、次回もよろしくね☆」

閲覧数:331

投稿日:2011/12/03 22:47:46

文字数:3,048文字

カテゴリ:小説

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