とうとう、この夜が来た。
蓮は、下弦の月を見据えながら、先ほど、かったるい儀式で、賜(たまわ)ってきた、剣の束を、ぎゅっと、握った。
蓮の肩に、ポンと、手が置かれる。見やれば、“僕がいるから”とでも言うように、海渡が、微笑んでいた。
頷いて、自分も、軽く微笑む。それで、肩の力が緩んで、必要以上に、身体に力を入れていたことに、気が付いた。
もっとも、今宵は、運命の夜なのだから、緊張するなという方が、無理というものだ。
蓮と海渡は、この夜までに、正式な出立の用意とともに、コツコツと、準備をしてきた。
鈴とも、ちゃんと、打ち合わせを重ねてきた。
彼女も、今頃、出立の時を待っているだろう。
その鈴のことを想うと、今にも、蓮はかけ出したくなる。
だけど、妙な行動をして、疑われるわけにはいかない。
蓮は平静を装って、出立の儀式をこなし、水の男(おのこ)たちに、跪(ひざまず)かれて、ほとんど、儀式用の大門を、鈴月とともに潜った。
しばらく、無言で、蓮と海渡は、かけていた。
鈴とは、空の月の下で、落ち合うこととなっている。
水の月と空の月は、鏡映しに、向かい合っているから、水の月の上を、まっすぐに、上昇して、空を翔ければいい。
早く、鈴と逢いたい。
しばらく、かけた頃、唐突に、青彦丸が止まった。
「海渡?」
「蓮君。ちょっと、忘れていたことがあるから、先に行ってくれる?」
「ああ。構わないけど?」
「蓮君。僕も、全力で、後を追うけど、待たなくていいから。鈴ちゃんと、二人で、力を合わせて行くんだよ。絶対、無事でいて」
「ああ……海渡も、無事でいろよ」
穏やかな声に、込められたモノを、まっすぐに、受け止めて、蓮は言った。張り詰めたものがあっても良いはずなのに、自然と、笑い合っていた。
「もっちろん。まだ、鈴ちゃんに、逢わせてもらっていないしね」
「気をつけないと、人生変わるぞ」
「あははは。蓮君で、人生、始まって、鈴ちゃんで、人生、変わっちゃうなんて、おもしろいね」
笑いながら言った蓮に、海渡も、また、笑いながら、言った。その未来が、今の蓮には、見える気がした。そして、それが、とても、当たり前のことのような気がした。
「どんな人生だよ」
「こんな人生さ。じゃあ、またね」
「おう! また、後でな」
手をパンと、叩き合わせて、蓮は、水龍と、かけ出した。
後ろを振り返らなくても、海渡が、大きく、手を振っているのが分かった。
きっと、自分の姿が見えなくなるまで、振り続けるのだろう。
「もういいよ」
手をおろして、海渡は、そう言った。
その言葉とともに、海草や珊瑚の陰から、硬い顔の澪音と海九央が現れた。
そして、澪音は、口を開くと、言葉よりも、先に、深々と、ため息をついた。
「海渡。お前の気持ちは、わかんないでもない。俺だって、蓮が好きだし、蓮は、人を殺せるような奴じゃない。でもっ!」
「残念ながら、どうしようもないんだよね。蓮が、いくら、空の国の月の神子を殺したくないって思っても」
苦しそうに、呻くように叫んだ澪音の言葉を、海九央が、いつも以上に、淡々と、感情を落としてきたように、結んだ。
「それは、わからないよ。僕は、蓮君たちを、信じているから」
「“たち”な……とにかく、お前は、しょっ引くことになっている」
渋面で言って、澪音は、懐から、銃を二丁、出した。
「あはは。だろうね。でも、素直に、しょっ引かれる気なんて、毛頭更々ないんで、本気でいかせてもらう」
武器を出した澪音に、海渡は、明るく笑った。その顔が、言葉とともに、人の良いそれから、不適なそれに変わってゆく。
「甲速!!」
手を十字に結んで、海渡が叫ぶと、強い波しぶきとともに、青い守り帯が棚引いた。
そして、青彦丸が、嘘のような、すばやい動きで、頭や手足を引っ込めて、円盤のように、くるくると、回った。
「甲速の海渡登場。甲速の海渡は、普段の、とろさをどこにおいてきたのか、水の国七不思議の一つになるほど、無敵に素敵」
海九央が、海草に腰掛けながら、人事のように、語り始めた。
「くそっ! こうなったら!!」
燃え上がれ 太陽 俺を焼き尽くせ!!
澪音が歌うと、光が、太陽のように輝いて、視界を焼き尽くした。
そして、次に、姿を現した澪音の肌は、いつものように、白くなく、黒く、輝いていた。
「おー。こちら、黒澪音の登場だ。黒澪音は、通常澪音の全ての能力値が、三倍。さらに、気を貯めたりすると、二十五倍」
棒読みのまま、海九央が、若干、声を張り上げる。
「間も無く、試合開始。解説は、僕、海九央で、お送りいたします」
「海九央!! 解説はいらないから、お前も、加われよ!!」
「甲速の海渡と黒澪音の戦いって、速すぎるし、熱すぎるし、着いていけないんだよね。だいたい、僕、平和主義者だし」
怒鳴る澪音に、水母(くらげ)の中で、完全防備体制をとった海九央は、どこ吹く風で、そう言った。
「お前のは、平和主義者じゃなくて、事なかれ主義者だろ!!」
「やだなー。事なきを得れば、平和じゃん」
澪音が、ぎゅっと、唇をかんだ。そして、舌打ちを付くと、髪をかき上げた。
「お前の説得している時間がもったいない。わかった。加わらなくていいから、他の状況を見ていろよ! 何か、起こったら、報告しろよ!」
「了解。では、解説、並びに、見張り、海九央でお送りいたします」
「解説はいい! 解説は!! あー、全く! とにかく、開始だ!!」
そう叫ぶと、澪音が、銃を撃った。二つの銃が、続けざまに、はじき出される。
「了解! 澪音と、本気で、戦うなんて、久し振りだね」
跳躍して、楽しそうに、そう言いながら、海渡は、銃の玉を、手の甲に、ついた、六角形の甲羅から、飛び出た、六枚の刃で、軽々と、防いでゆく。
その刹那、自由になった甲羅が、手裏剣のように、澪音に襲い掛かる。
「余裕でいられるのも、今のうちだぜ!」
甲羅を、縄で撥ね返しながら、澪音は、ニヤリと笑うと、歌い出した。
歌と武器の舞う、戦闘が、高らかに、始まったのだった。
双子の月鏡 ~蓮の夢~ 十一
普段の海渡は、わりと、だぶだぶっとした格好をしていますが、甲速の海渡の時には、ぴったりしたものになります。ちょっと、忍者っぽいかもしれません。
ちなみに、手の甲羅の刃は、何本でも、出てきますし、長くもできるので、手裏剣や刀として、使うこともできます。
澪音は、銃と縄で、少し、カウボーイをイメージしています。最も、縄は、伸縮自在だったり、銃からも、LEONの望む通りに、何でも、飛び出しちゃったりしますが。
黒澪音は、今、LEONのイメージは、白人の方が一般的みたいですが、もともと、黒人のソウル歌手のイメージだったということを知って、考えました。
ちなみに、海九央は、無駄な労力を使うことが嫌いなだけで、弱いわけではありません。
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